30話 「三理魔導士(トリロア・マグス)」
(……風が、呼んでる……)
【妖精獣】が消えたあとの、閉ざされた無風の広間。
けれど僕だけが、その奥に隠れた『風の通り道』を感じていた。
【風の適性者】であるカリナでさえ眉をひそめるほど、ほとんど無に近い微風。
「フィオル?」
ラピスが首をかしげる。
「……あっち。何か、ある」
導かれるように壁へ歩み寄り、手を当てる。
そこには淡く光を帯びた結界。
古びているのに強固で、緻密な構造をしていた。
「……この結界は……?」
セレナが目を凝らすが、誰も正体を知らない。
そっと手をかざすと、結界が震え、光を広げて応える。
次の瞬間、封印は音もなく解け、奥への通路が姿を現した。
奥へ進むと、小さな祭壇のような空間。
中央に一つの石碑が立ち、刻まれた封律文字が理力を帯びて揺らめいている。
指先で触れた瞬間、淡い風が渦を巻き、僕の白いローブを包んだ。
石碑が僕に呼応している。
「……風が……」
思わず声が震える。
小さな風の精霊たちが漂い、裾をくすぐった。
石碑の文字が、風に乗って囁く。
それは森の祠で見たものと同じ『誰か』の記録。
――
風ヲ越エシ我ガ次ニ向カウハ雨ノ地。
流レニ従エ、澱マズ、逸レズ……清キ水脈ヲ辿リ、理ノ循環ヲ探ス。
七理ハ散ラバレド、道ハヒトツニ必ズ繋ガル。
――
「……前と同じ書き手か?」
カリナが息を呑み、僕の読んだ封律文字を複写する。
胸の奥に確信が芽生える。
文字を読み終えた瞬間【風の理】が、静かに僕の中へ根を下ろした。
火を掴んだときよりも自然で、誰かの背をそっと押すように優しい。
深く息を吸い、指先に風を束ねる。
「風よ、流れを束ねて……ひと筋になれ」
水平に払った手から細い風が走り、壁をなぞる。
キィン、と乾いた音。
岩肌に浅い線が刻まれ、途切れず弧を描いた。
「……まさか」
カリナが目を見開く。
「今の一瞬で風に適性したのか?
どこまでお前は恐ろしい男なんだ?」
仲間たちが口々に褒めてくれる。
けれど僕は首を振った。
「……違うよ。カリナが風の道を開いたから。セレナが冷静でいてくれたから。スラチャビがラピスを守って、ラピスが戦ったから。みんながいたから掴めた力だ。僕一人じゃ絶対に無理だった」
拳を握り、深く頭を下げる。
「ありがとう。本当に」
カリナが小さく息を吐いて笑い、皆が頷きながら僕の肩を叩く。
再び風がローブの裾を揺らす。
【新しい力】を祝福するみたいに。
壁の風紋は銀の光を残し、その余韻が耳の奥で微かに鳴っていた。
「【三理魔導士】か。
もう前人未到の領域だな」
カリナが真顔で釘を刺す。
「だが、身体への負担を含め分からないことも多い。決して無茶はするなよ」
「……うん。気をつける」
素直に頷く。
セレナはラピスへ視線を向ける。
「ラピス様の【暴走覚醒】も含め、その力を制御する術を身につけましょう。扱えてこそ、力は仲間です」
「う、うん……ぼくも頑張る」
ラピスは拳を握り、スラチャビを撫でる。
「ぷるっ」
広間に柔らかな笑いが広がる。
……そのとき、ふっと澄んだ水の匂いがした気がした。
岩の隙間から滴る音が反響する。
「……水が呼んでる」
風が、そう囁いた気がした。
「お告げか?それなら決まりだ。
次の目的地を探そう」
カリナが短く告げる。
「行くぞ。帰り道、落ちるなよ」
風は僕の背を押し、ローブの裾をそっと持ち上げた。
三理を宿した僕の歩みに、新しい流れが続いていく。
次なる『水の地』へ。仲間と共に。
僕は『光』『火』に続き、『風』の理力を手にした。
【三理魔導士】聞いたこともない二つ名に、ほんの少し自信が灯る。
それは僕だけに許されたものじゃない。
仲間たちがいたから手にできた力が、誇らしく胸の中で静かに旋律を奏でていた。




