23話 「むやみに調べると敵が出る」
夕暮れが迫る頃、僕たちは村を出て東の森へ踏み入れた。
陽が沈むほどに、森は音を失っていく。
風もない。虫も鳴かない。
不気味な静けさだけが広がる。
「ぶるるるるるっ……」
スラチャビが茂みの奥へ低く唸る。
視線の先、木々の間に淡い光。
火でも灯りでもない、波紋のような揺らめき。
間違いない。
村人達の見た『揺らぎ』とは、空間を裂く歪みだ。
「……くる」
僕は息を呑む。
瞬間、煙と肉体が混ざったような曖昧な狼、黒い異形が飛び出した。
牙を剥き、地を蹴って一直線。
「ったく……相変わらず
グロくて、気持ち悪いな」
カリナが剣を構え、全員が戦闘体勢へ。
僕も一歩出て、深く息を吸い込む。
(火の理力。試すなら今だ!)
掌に赤い粒子が集まると、火球が形を取る。
放った炎は赤い弧を描き、黒い異形を直撃。
「―ギィィィっ!」
影は断末魔を上げ、靄ごと弾けて消えた。
「よし……!」
拳に力が入る。
掌には、まだ火の熱が残っていた。
残る二体は、カリナが風を纏った剣で一気に斬り裂き、あっという間に霧散。
静寂が戻る。
「……やれやれ」
カリナが剣を払う。
「このまま放っておけば森そのものが蝕まれますね。目に見えるモーフだけでも全滅させましょう」
セレナも弓を収めた。
ラピスがぱっと顔を輝かせる。
「フィオル!
火の魔法、ちゃんと出せてたよ!」
「……うん。まだ不安定だけど、いける」
思わず笑みが漏れた。
たとえ小さな勝利でも、大きな一歩。
【七理への道】は遠い。
だからこそ、重ねるしかない。
その後、森の奥に進み小さな歪みは、聖光の帳で浄化した。
さらに進むと、木々が不自然に途切れ、ぽっかりとした空間が現れる。
苔むした古い祠。
石で組まれた小さな社。
風雨に削られた石碑には、かすかな文字や紋様。
「……?」
ラピスが目を丸くする。
「随分古いな。手入れの跡もない」
カリナが腕を組む。
「理力の気配は確かにあります」
セレナは眉を寄せ、弓を緩めない。
僕は祠に近づき、石へ手を伸ばした。
「これは、封律文字?」
「おい、それ絶対
”調べると敵が出る”やつだろ」
カリナのツッコミ。僕は苦笑い。
(言われると、もうそれにしか見えない……)
直後、地面の影がじわりと広がる。
黒靄から、狼型の黒い異形が四体、這い出した。
【ダスクパップ】と言われる異形。
【フェルウルフ】が黒い霧で異形化した下級モーフ。
Dランク相当。
素早いが、苦戦する相手ではない。
「やっぱり来たか……!」
カリナが剣を抜く。
「来るよ!」
僕は炎を構え、ラピスは羽をばたつかせる。
「ぷるるん!」
スラチャビも前へ。
セレナの矢が先頭の【ダスクパップ】を射抜き、氷が走って動きを奪う。
続けてカリナの剣が二体を一閃。
黒影は崩れ落ちた。
最後の一体が僕へ跳びかかる。
「フィオル!」
ラピスの声。
両手に炎を集め、迷わず撃つ。
轟、と火焔が爆ぜ、影は断末魔とともに溶け落ちた。
「……はぁ、はぁ……
まだ慣れなくて……すぐバテちゃう」
肩で息をしながら、残滓を見る。
「上出来だ、フィオル」
カリナが笑って肩を叩く。
胸にじんわり達成感。だが。
祠の奥から低い唸り。
濃い影が渦を巻く。
やがて姿を取ったのは、一体の巨獣。
【グロウルウルフ】黒紫の靄を纏う巨大な影狼。
先ほどの【ダスクパップ】の親だろう。
目は赤く、吐息は黒い蒸気。
「おいおい、家族かよ。」
カリナが構え直す。
「今度のは雑魚じゃありません!
油断せずに行きましょう!」
セレナの声が鋭い。
咆哮。森が震え、ラピスが一歩退く。
「う、うわっ……すごい音……!」
「大丈夫だよ、ラピス」
僕は前へ。掌に再び炎。
「本気でいこう!」
「ぷるるん!」
スラチャビも跳ねる。
祠を護るかのように立ちはだかる巨獣。
『中ボス戦、開幕』




