20話 グランド・エヴォーカー
【大歪み戦線】は凄惨な終幕を迎えた。
大歪みから暴走した黒い霧が戦場を一瞬で呑み込む。
術式は軋み、鎧は膨れ、兵は次々と異形へ変じていく。
守るために立った者も、力を求めて進んだ者も黒い奔流の前では等しく塵だった。
王都に戻った僕らが見たのは、出陣時のわずか数分の一に減った仲間の列。
玉座の間に集められた生き残りを前に、王も老臣も言葉を失う。
「……死者の数は、いかほどか」
震える問い。告げられた数字。広間の空気が凍りついた。
死者を数えるより、生き残りを数えた方が早いという光景は誰の目にも明らかだった。
僕は俯きながら拳を握る。
(これ以上……こんな死を繰り返したくない)
(.....。僕がやらなきゃ...。みんなを守らなきゃ)
胸を突き上げる思いに背中を押され、気づけば一歩進み出て膝をついていた。
仲間たちが小さく息を呑む。
「陛下」
声は震えていた。でも、心は迷わない。
「僕は...無益な戦争を終わらせたいです。これ以上、無意味な死を見たくありません。【召喚魔導士】の真実を求め、旅立たせてください」
ざわめきが走る。けれど仲間たちは黙ってうなずいた。
その視線が、僕の背を支える。
長い沈黙ののち、王が低く言う。
「その瞳……迷いはないのだな」
王の声に鋭さが宿る。
「我が国の最終の望みは、黒い霧の暴走を抑え【大歪み】を鎮めること。争いの火種を絶やすことだ。鍵は、おそらくお主の結界。わしも薄々そう感じておる」
「フィオルよ、旅立ちを許可しよう。いずれそのつもりではあった。同行はカリナ、ラピス、セレナ。【特別班】の仲間と共に歩むのだ」
「ですが陛下!」
カリナが一歩踏み出し、声を荒げる。
「ヴァルディアは攻め入ろうとしているはずです。あたしたちが抜ければ、イリシアの防衛が...」
王は目を閉じ、そして静かに開いた。
「軍を動かしても終わらぬ。同じことを繰り返すだけでは戦は止まらぬ。仮にこの国が攻め入れられようと、願うことは変わらぬのだ」
その言葉に揺らぎはなかった。
「ゆえにお主達に託す。【召喚魔導士の足跡】を追い、混沌の源を封ずる術を確かめよ。お主らが掴もうとしているものこそ、この戦を終わらせる唯一の光となろう」
僕は胸に手を当て、深く頭を垂れる。
「必ず...」
王の合図で老臣が古い羊皮紙を広げた。床に七つの紋章が浮かぶ。
火・水・風・雷・氷・光・闇。七理力の輪。外縁には獣や霊の意匠。
「歪みは均衡の崩れ。理が偏ることで黒い霧が溢れ、やがて地表や空間は亀裂を生む」
老臣の声が広間に重く響く。
「お主達も知っての通り、この厄災は百年前にも起きた。その歪みを沈め、世界に平和をもたらした者.....伝説の大賢者と崇められかつての国の名でもある【召喚魔導士アルセリア】だ」
老臣は、アルセリアが残したとされる、歪みを沈める三つの要件を挙げる。
「【七理力すべてに触れ得る素質】。【歪みを浄化する聖域】。そして【召喚の契約詞】」
「フィオル。お主が発現した【聖なる光域】、あれはアルセリアが編み出した高位結界魔法として伝わる。理力の暴走を封じるためにおそらく『必須』の術だ」
「なぜお主に芽吹いたのかは誰にも分からぬ。だがそれが定めなら、お主こそ召喚魔導士の後継へ導かれる存在かもしれぬ」
広間がどよめく。胸が強く締めつけられる。
老臣はさらに続けた。
「さらに、お主は光を持ちながらも二つ目の理力、火を発現させた。【七つの理力を習得し得る可能性】がある」
「詳細は不明だが、条件を満たした者が【契約詞】を詠むことが出来るとされる。そしてその理に応じた召喚獣が現れる。【アルセリア】もまた、七つの召喚獣を呼び出したと伝わる」
(………)
途方もない未来の重さに、息を呑む。
「知っているとは思うが、闇を得るには【闇の適性者】との共鳴が要る。だが、その存在も術も今は不明だ」
老臣の声がさらに低くなる。
ラピスが恐る恐る手を上げた。
「もしフィオルが七理を操れて……七つの召喚獣を呼べたとして……どうやって歪みを鎮めるの?」
老臣は円を描くように指を滑らせる。
「記録は残っておらぬ。ただ【特殊な魔法陣】に【七つの誓い】を重ね、理を束ねた…と伝わっておる。情報は残念ながらそれだけだ」
セレナが小さく息を呑む。
「……困難を極めそうですね」
王が静かに結ぶ。
「旅の目的は二つ。一つはアルセリアの足跡を追い、【契約詞】と【歪みを沈め世界に平和を取り戻す術】を探ること。
もう一つは歪みを見つけ次第、結界で収束させ民を救うこと。今できるのは、この二つだ」
僕は拳を握り、首肯した。
「御意。旅立ちの許し、感謝します」
王は最後に告げる。
「こちらも何か分かり次第、伝令を飛ばそう。お主らも情報を常に共有せよ」
「御意」
胸の奥で光と火が脈打つ。
七つの理に挑む旅が、今はじまる。
広間を辞した四人と一匹。
夜風が石畳を抜け、ラピスの羽が揺れ、それをセレナがそっと覆った。
カリナは肩を回して笑う。
「準備だな。逃げ道なし。だから、面白い」
僕は振り返り、灯に照らされた魔法陣を見つめた。
七つの紋章が、静かに僕らを見つめている様だった。
◇
百年前の厄災を収束させたのは【召喚魔導士アルセリア】。
その賢者は七つの理力すべてに適性し、【聖なる光域】を使い、七つの召喚獣と契約していた。
契約には【契約詞】が必要で、詠むには何らかの条件があり、それは誰にでもできるわけではない。
【特殊な魔法陣】に【七つの誓い】を重ね、理を束ねた。伝承に残るのはそこまで。
手がかりは伝承のみ。正しいかどうかも分からない。
それでも、この限られた手がかりこそが、召喚魔導士への道標だ。




