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19話 黒騎士の正体

結界が解け、僕たちを覆っていた光の壁がすっと薄れた。冷たい空気が一気に肌へ押し寄せ、焦げた鉄の匂いと黒い霧(アビスマター)の残滓が喉を刺す。耳の奥では、まだ遠雷のような耳鳴りが続いていた。


杖を握り直し、荒い息を吐く。視線の先には黒甲冑の騎士が、ただ一人、倒れ伏す兵の間に立っていた。漆黒の鎧の継ぎ目から青白い電が拍動のように明滅し周囲の草をぱちぱちと焦がしている。体に秘める【雷の理力】の含有量の多さを物語っていた。


「生き残りは……あんた一人か?」


カリナが一歩踏み出す。その髪先は黒い霧(アビスマター)の煤で黒く汚れ、足元の土は剣圧で抉れていた。


兜がわずかに傾き、低い声が響く。


「…これだけ多くの命が黒い霧(アビスマター)の元に無残に散った。それでも我が王はなお黒い霧(アビスマター)の力を欲する。」


怒りでも嘆きでもない。ただ事実を告げる声音。僕の胸の奥が冷たく凍る。


「こんな!……こんな敵も味方も関係ない凄惨な状況でもそんな事が本気で言えるのか!?」


カリナのこめかみがぴくりと動き、噛み殺した怒りが喉を震わせていた。


黒騎士は静かに続ける。


「無益な戦、無益な死に意味はありません。だが、王の望みは果たされねばならないのです。どれだけの犠牲が出たとしても.....」


「ふざけんなッ!仮にもお前はヴァルディアの騎士たる者だろ!騎士道ってもんは、ないのか!」


カリナの剣が鞘鳴りを上げ、怒気が弾ける。


「待って、カリナ!」


僕は反射的に腕を掴んでいた。必死に首を振る僕の視線に、彼女は荒い呼吸を繰り返し刃先をわずかに下げた。


そのやり取りを、黒騎士はただ静かに見ていた。鎧の隙から小さな雷がはぜ、迷いがありながらも冷たく言い放った。


「残念ながら、騎士道を語るつもりはない。王命を第一優先とする。どれだけの犠牲が出ようとも。どれだけ無益な死が生まれようとも...王命を全うする。それが今の自分の騎士道だ。」


「ちっ!この野郎!ふざけんなっ!!てめーは一体何者だ!」


カリナが全身に風を纏いながら黒騎士へと突っ込んでいく。しかし、黒騎士は攻撃の意思を見せずとも剣を地面に突き立てた。

その瞬間、剣に蓄積していた雷がカリナ目掛けて轟音と共に流れていくとカリナの身体を風もろとも電流で焼き尽くす。


「ぐっ...。な、なんだと.....」


カリナは電流に呑まれ、ばたりと倒れ込み意識を失った。すぐさまセレナとラピスはカリナに駆け寄りラピスは回復魔法でカリナを包み込む。


「フィオル殿!カリナ殿は無事です!意識を失っているだけです!フィオル殿も気をつけてください!」


僕と黒騎士は正面で向き合い、緊張感が高まる。いまだに攻撃の意思は見せない黒騎士だが、身体には雷の理力が音を立てて軋んでいた。


そして、黒騎士が口を開く。

ゆっくりと....。


()()()()()()()()()()()()()


脳裏に甦る訓練所。埃と泥の匂いが心地よい風に運ばれていたあの日の夕方。


()()()()()()()()()()()()()()


僕の前に立つ少しだけ背の高い黒髪の少年。木剣を空に向かい高く掲げている。その手は震えていた。


()()()()()()()()()()


(まさか……!)


胸の奥を針で突かれたような感覚。忘れられるはずのない言葉。幼い頃、訓練場で何度も交わした合言葉がこの地獄の様な戦場で僕の耳に響いた。


そして兜に手をかけ、金具が外れる鈍い音。ゆっくりと兜が外される。整えられた黒髪がかすかに風に揺れる。


露わになった懐かしい顔に、僕は息を呑んだ。夕焼けに染まった訓練場が胸に蘇る。傷だらけの頬、真っすぐな瞳。どこか照れくさそうに笑う表情。


ずっと…会いたかった。夢を共に追いかけ、励まし合ってきた。目の前に現れたのは大切な、幼馴染だった。


今目の前にいる彼は、昔みたいに強がっている表情などは見せない。黒い髪は凛々しく、騎士らしい精悍さを際立たせている。鋭い瞳は冷たさを帯びているのに奥にある優しさはそのままで、昔の面影を今も残していた。


マントが翻るたびに、その立ち姿は堂々としていて、どこか英雄的ですらある。立派な騎士だった。そんな風に見えるのは....もう僕だけではないだろう。


「ロイ…。」


喉から零れ落ちた声は震えていた。兜を外した黒騎士はわずかに目を細め、懐かしげに笑った。あの時の笑顔が今目の前にある。


「フィオル……久しぶりだな。と言っても3度目か。初めてレーヴの森で君を見た時は、正直かなり焦ったよ。」

切なく微笑むロイ。けれど、その瞳の奥には影が潜む。


「しかし君まで……どうしてこんな無意味な戦場にいるんだ…。無益な戦いなど…」

「違うよ!」


涙で視界が滲む。僕は首を振り、彼の言葉を強く遮った。


「僕だって、無益な死のために戦ってるんじゃない!歪み(アビスリフト)や霧に怯えている人達を、少しでも救いたいから!守りたいから!無益な死を増やさないためにもこうして.....」


沈黙。そしてロイは再び僕を見据えた。


「魔導士は言葉に力を込める。立派に力を込められる様になったんだね。フィオル....。」


「さっき言った言葉は俺たち二人の合言葉みたいなものだったな。あの頃は、()()()()()()()を追いかけて幼かった。だが今の俺は、自分の夢を捨て、王の剣として、王の夢を追いかけている。」


胸の前で剣を立て、礼をする。


「フィオル。君は絶対に生き延びるんだ。俺は王命を果たす。俺は君を傷つけたくない。君と戦いたくない。傷ついた君を…見たくないんだ」


雷光が鎧を走り抜け、ロイは兜を被り直す。


「…また会おう。」


稲光が一本道を照らし、黒い背が森の闇に溶けていった。誰も追えなかった。風が止み、黒い霧(アビスマター)の煤が黒い粉雪のように静かに降る。僕は震える手で杖を支え、立ち尽くしていた。


胸の奥で痛みと熱が絡み合う。喜びでも怒りでもない。ひたすら痛烈な悔しさ。


(叶いもしない夢…?ロイは諦めたの…?)


脳裏を駆け抜けるのは、幼い日の影。バカにされて、泥にまみれて、叱られて、笑って。それでも何度でも立ち上がった日々。


「僕は、まだ夢を追いかけてるよ。」


掠れた小さな声は誰の耳にも届かない。でも揺るがなかった。


「無理だと笑われても、道が遠くても。ロイ、君が叶わない夢だと言ったとしても。僕は……僕の道を行くよ。」


その瞬間、胸の奥で光と火が共鳴する。二つの理力が同じ拍で脈打ち、指先に熱が宿った。涙を拭き、顔を上げる。


『やっと会えたのにまたいなくなってしまった』悲しみで下を向くのではなくて

『生きていた』事が敵だとしてもその事実が何よりも嬉しかったから。


そして、絶対に夢を叶える。夢を叶えて、無益な戦いも無益な死も、全て終わらせたい。そう決心できたから。


ラピスはカリナの傍らで「癒しの雨(イアレイン)」を重ねて彼女のまぶたが薄く開いたことに安堵の息を漏らした。


やがて雷光の残滓が消え、森は夜の色を取り戻す。国境の森道に、かすかな風が戻る。


『魔導士は言葉に力を込める。』

『ならば、その言葉が絶えぬよう』

『騎士は刃で守り抜く。』


【おちこぼれ】と呼ばれた二人の夢と約束は、互いが敵国の魔導士と騎士になったという現実と共に、黒い霧の中に消えていった。


夢を語った日の尊い時間が十年の時を経て戦場で再び動き出した。

 

『19話 黒騎士の正体』を

最後まで読んでいただきありがとうございました。


続きは10/20

夕方17:30に投稿いたします。

予想はできていましたよね?笑

幼馴染ロイ=ヴァルガード。本編合流です。

もしこの話良かったよ!楽しかったよ!

少しでも続きが早く読みたいな!と

思ってくださる方居ましたら

評価の方よろしくお願い致します!

励みになります!


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