14話 二理魔導士(デュアロア・マドゥス)
激戦の余韻がまだ体に残っていた。ラピスはセレナを支えカリナは無言のまま剣の柄を強く握りしめている。僕は肩で荒い息をつきながら、荷袋から取り出した小瓶を手にした。
「……ふぅ……」
小さなガラス瓶に詰められた魔力回復薬。迷わず喉へ流し込むと、体の奥にじわりと温かな光が満ちていく。さらに体力回復薬も飲み干し、ようやく膝の震えが止まった。仲間たちも同じように薬を口にし、互いに視線を交わしてうなずき合う。
その時だった。
【蒼殻竜リヴィオル】の亡骸が黒い霧と共に消えていくと湖の奥から、重々しい気配が押し寄せてきた。明るい部分を呑み込むような黒い霧。小規模ながらも、禍々しさを吐き出す歪みが目の前に現れる。
「……これが、歪み……」
ラピスが息を呑む。その声には恐怖だけでなく、神秘に触れた畏怖の色が混じっていた。亀裂、裂け目、といった言葉のとおり水面はその部分だけが割れていた。溢れ出す黒い霧は触手のように伸び、亀裂の奥で渦を巻く。
僕は震える手を押さえ、一歩前へ出た。
仲間たちの視線が、僕の背に集まる。
「……いくよ」
深く息を吸い、魔力を込めて詠唱を紡ごうとした時、そっと心の奥から、知らない詩が聞こえてきた。唱えたことのない詠唱だったけど僕は言葉に力を込めた。
「来たれ、光よ。穢れを拒み、我らを守護する聖域と化せ……!」
『聖なる光域』
眩い光が足元から奔り出し、黒い霧を押しのけながら洞窟全体を包み込んでいく。それはもはや幕や帳ではなく、聖域そのもの。結界範囲も、【聖光の帳】のように一部分ではなく、より広い範囲を包み込む領域結界だった。光は霧を浄化し、岩肌に刻まれた禍々しい痕を次々と消し去っていく。
「……すごい……」ラピスが小さく声を上げて息を呑む。
だが霧は抵抗するように濃さを増し、歪みの中心から異形の触手が伸び出した。カリナが剣を構え、鋭く叫ぶ。
「ま、まずい!! 無理するなフィオル! 呑まれるぞ!!」
僕は頷き、瞳を閉じる。幼き日に聞いた幼馴染の言葉を胸に蘇らせた。
「お前が安心して詠唱できるように、俺が前に立つ。前は任せろ」
(僕も……守りたいんだ!仲間を!!)
決意が魔力を駆け巡り、身体が熱を帯びる。光は炎と混ざり合い、凄まじい力となって解き放たれた。やがて知らない詩がまた一つ、勝手に言葉となって形になる。
「燃え尽きろ!天の光炎!」
『聖焔降臨』
詠唱の直後、頭上から降り注いだのは、天を裂く閃光の白い炎柱。轟音と共に歪みの中心を貫き、黒い瘴気を焼き尽くしていく。
洞窟全体が震動し、闇の核が砕け散った。霧は悲鳴をあげるかのように渦を巻き、やがて煙のように消えていく。
・・・沈黙。
歪みは完全に燃え尽き、星に開いた傷口は跡形もなく消滅した。その代わりに煌めく光の川が辺りを包み込んでいた。
ラピスは瞳を丸くし、セレナは弓を下ろして言葉を失う。カリナは肩で息をしながら、誇らしげに笑った。
「な、何が起きたんだ……?」
その瞬間、僕の身体から力が抜け、膝が石床に沈む。
重苦しかった空気は澄み渡り、洞窟は静寂を取り戻す。あれほど禍々しかった空間が【聖なる光域】に包まれて今はまるで神話の中に出てくる神殿のような光に満ちていた。
僕は荒い息を吐きながらも、笑みを浮かべた。
「はぁ…はぁ…やったね…」
セレナが弓を下ろし、静かに言う。
「フィオル殿。わたしの見間違いでなければ今のは…光だけではありませんでした。光と火のような」
「えっ……?」
僕は目を瞬かせ、自分の手を見つめる。
カリナは大きく息を吐き、にやりと笑った。
「二つの理力を同時に扱える人間なんて百人に一人いればいいと言われている。今のは明らかに光と火を複合させていた。どちらも高位で使うとなれば、お前はもう凡庸な魔導士じゃないぞ」
ラピスはぱっと飛び出し、両手で僕の手を握った。
「すごいよ! フィオル! 本当にすごい!!」
頬が赤くなる。まだ信じきれずに、僕は呟いた。
「僕が…火の理力まで……?」
セレナが小さく微笑む。
「回復魔法に適性がないと落ち込んでいたのが、嘘のようですね。光と火。二つの理力を操り、確かに複合させていましたよ。」
「だが驚いたのは【二理力】だけじゃない」
カリナは腕を組み、真剣な顔で僕を見据える。
「あの【聖なる光域】。あれはただの結界じゃない。空間そのものを光に上書きして、瘴気を押し返したんだ。【光の適性者】と言えど普通の魔導士じゃまず到達できない結界魔法だろう。」
ラピスが目を丸くする。
「うん。光の川みたいですっごく綺麗だったよ!見てるぼくの心も綺麗になっていくような気がした!」
「そうだ。あれを普通に使えるなら、戦場で何百人も救える力になる。……分かるか?お前はもう立派に人を守れる魔導士になったんだ」
カリナの声には、騎士としての敬意がにじんでいる。
「【二理魔導士】。理導院の書物庫で見た本にはそう書いてあった。ごく一部の者は生来または特異な覚醒によって二属性を同調させる素質を持つと....」
カリナが腕を組んで僕の顔を見ると、セレナも続ける。
「つまり、この一瞬でフィオル殿は特異な覚醒をしたということですか...」
「デュアロア・マグス!!すごい!!なんかかっこいい!ねっ!フィオル!!」
自分のことのように喜んでいるラピスを見て僕も思わず嬉しくなってしまう。
「二理魔導士.....。名前負けしそうで怖いけど、嬉しいよ。ありがとう。みんな!」
仲間たちの言葉に囲まれ、僕の胸には緊張でも不安でもなく純粋に「もっと強くなりたい」という願いが芽生えていた。
湖の夜風が頬を撫で、指先に残る微かな熱を確かめる。光と火。【二つの理力】が確かにここにある。
そしてなぜだろう。この火の理力に目覚めさせてくれたのは、十年前遠く離れてしまったはずの君の様な気がしたんだ。
胸の奥に灯されたこの炎は温かくて…とても、懐かしくて…君が僕の前に立ってくれていたあの頃のような気持ちになれたんだ。
君がどこかで生きている。根拠はないけど、そう思えたんだ。
『14話 二理魔導士』を
最後まで読んでいただきありがとうございました。
フィオルの持つ結界魔法である
【聖光の帳】の上位互換の様な
【聖なる光域】の習得。
そして『光と火』の複合魔法
【聖焔降臨】の習得。
フィオルの魔力に起きていた異常がもたらしたのは
新たな結界魔法と二つ目の理力適性だったのです。
仲間達から【二理魔導士】と
讃えられ、魔導士としての位を明らかにあげた
フィオルの胸の奥には、幼馴染の面影が蘇りました。
そして、目覚めた力により【歪み】は完全に消滅。
フィオルにとってもイリシアにとっても
とても大きな成果をあげた任務となったのです。
次回は『今のあたしは、怖いぞ!』です。
次回でChapter02が終了となります!
お楽しみに!
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少しでも続きが早く読みたいな!と
思ってくださる方居ましたら
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◾️Chapter02:用語解説◾️は
次回エピソード終了時にまとめて投稿いたします。




