13話 BOSS戦『蒼殻竜アビスリヴィオル』
洞窟の中は、一本道が続き苦労する仕掛けやモンスターの襲撃もなく最奥地へとたどり着いた。しかし、奥へ進むほど理力は重くなり耳鳴りのような響きが胸を圧してくる。
目の前には、湖のように広がる水面。
黒い泡が幾つも浮かび上がる。腐った理力の臭いが鼻を刺し、水が震える。やがて、泡が弾け、青白い光が漏れ出した。黒い水が沸き立ち、音を立てて裂ける。
そこから姿を現したのは、かつて湖を護っていた聖獣の“成れの果て”。細長い体が湖の中から持ち上がり、月光を弾くように金属の鱗がきらめく。
背には避雷針のような棘が並び、棘と棘のあいだを稲妻が走る。その閃光が湖面を照らし出し、空気を震わせた。雷鳴ではない。呼吸の残滓。
「で、でかい。こ、これは……!?」
セレナが声を震わせ、弓を握り締める。
カリナは仲間へ短く告げた。
「前に、塔の書物庫で見たことがある。『蒼殻竜リヴィオル』湖を護る守護獣だ。しかも、よりによって黒い異形化してやがる。鱗は鋼鉄より硬い。炎は蒸気に変わり、体を覆う水膜が盾になる。矢も剣も通らない。唯一通じるのは雷だけだと言われてる。」
「正直、今のあたし達ではレベルが違いすぎるぞ。Bランク。いや、下手したらAランククラスだな。なんせこの星の守護獣がなんだからな....。」
「雷……?今の僕たちに【雷の適性者】は..」
僕は息を呑む。
言い終える前に、【リヴィオル】の目が赤く光った。轟音と共に水柱が弾け、豪雨のような水弾が襲いかかる。
「ちっ。来るぞ!フィオル。まずは結界だ!」
カリナが叫び、仲間を庇うように前に出る。
「うん。聖光の帳!」
僕の結界が輝き、仲間を包み込む。しかし凄まじい衝撃に光壁は軋み、身体に痛みが走った。
「スラチャビ!!」
ラピスの声に応え、スラチャビが膨らんで火球を吐く。だが炎は鱗に触れた瞬間にジュワッと蒸気へ変わり、霧散してしまう。
「……効かない!?」
ラピスが驚愕する。
「チッ……やはり剣も弾かれる!」
カリナの斬撃も火花を散らすばかり。セレナの矢も厚い水膜に阻まれ、無力に湖面へ弾かれた。
「……やっぱり雷以外は通らないのか……!」
僕は息を荒げながら結界を張り直す。
「ははっ…どうするか」
カリナが歯噛みした瞬間、蒼殻竜が咆哮。洞窟全体が震動した。轟音と共に衝撃波が押し寄せ、僕たちは壁際へ吹き飛ばされる。
「うっ……どうすれば……!」
僕は必死に「聖光の矢」を放つが、水の防壁に吸い込まれ、光は無残に霧散する。
「前もって対策を考えていればっ……!」
カリナの剣先が震え、唇を噛む。
再び巨体が迫る。赤い双眸がぎらつき、牙を剥き出しに。獲物を仕留める一撃が振り下ろされる。
「は、速い!」
カリナが剣を振るうも、硬い鱗に弾かれ火花が散る。
「ぴぃ~~!」
怯えたようにスラチャビがラピスの足元へ跳ね戻った。
その瞬間、蒼殻竜が身をくねらせ、水刃を飛ばした。
「ラピス様、危ない!」
セレナが叫び、身を投げ出して庇う。
「ぐはっ!」
水刃がセレナの腕を裂き、鮮血が飛び散る。
「セレナぁっ!」
ラピスの悲鳴が洞窟に響いた。
痛みに顔を歪めながらも、セレナはラピスを抱き寄せる。
「ラピス様を……傷つけさせはしません……」
だが、洞窟の奥で荒ぶる怪異は、無傷のまま咆哮をあげる。鱗は鉄壁。物理攻撃も炎も通じず僕の光魔法も水に呑まれて消えていく。僕達の持てる攻撃手段は全て出し切ったが、何一つダメージが通ることはなかった。
唯一のダメージを与えられるのは雷のみ。それだけが、この怪異を討つ手段だった。
「……くっ……魔力が……」
僕は膝をついた。視界が揺れて、呼吸も浅い。これ以上結界を使えば、奥で待ち受ける歪みに結界を張る力が、もう残らない。
カリナが前に立つ。だが怪異の咆哮が洞窟を揺らし、飛沫と霧が僕たちを呑み込んだ。ダメージは与えられない。結界を張る魔力も残りわずかとなり、勝機は完全に奪われた。胸の奥に「全滅」という言葉が、黒い鎖みたいに絡みついてくる。
「……撤退だ……逃げるぞ……」
肩で息をしながら、カリナが低くつぶやいた、その瞬間。
轟音が鳴り響く。背後から奔った閃光が、洞窟の闇を切り裂いた。稲妻の槍が天から降り注ぐように怪異の頭を貫き、巨体を一瞬で焼き尽くす。
「か、雷……?」
思わず息を呑んだ。この場にあるはずのない雷の輝き。僕たちが誰も持たない力が、目の前で暴れ狂った。
蒸気が渦巻く視界の奥。
「……怪異は、討ち果たしました」
低く、機械のように抑揚のない声。イリシアの者ではない。だけど、不思議と敵意の気配は感じられなかった。
黒焦げとなった怪異が声ひとつ上げずに崩れ落ちる。雷の余韻がまだ洞窟の空気を震わせていて僕たちはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……い、今の……」
掠れた声が自分の口から漏れる。蒸気の向こうに浮かぶ漆黒の騎士。兜の奥の瞳は見えない。あの姿は間違いない。レーヴの森で遭遇した、ヴァルディアの黒騎士。
「余計なお世話でしたか?」
洞窟に響いたその声は底知れぬ力を秘めながらも、どこか澄んでいた。足元に転がる怪異の死体を剣で払いのける。
カリナがわずかに剣を構え直す。
「今の雷の一閃……あの速さと威力……ただ者じゃないな。あんな奴がヴァルディアにいるのか?」
戦士の勘が告げているのだろう。目の前の騎士は、自分と同じ騎士と呼ぶには次元が違う存在だと。
「大陸各地の歪み広がっています。理力の奔流は、黒い霧は我らにとっても脅威…。イリシアもヴァルディアも関係ない。何より大切な命を繋ぐことが先決でしょう」
そう告げると、騎士は剣を収めて背を向けた。
「貸しを作りに来たわけではありません。たまたま…この洞窟に調査に来ていた。それだけですので。それでは」
漆黒の背は闇に溶け、やがて消えていった。
「……化け物だらけだな。全く」
カリナが吐き捨てるように言った。
黒焦げの怪異の残骸からは、まだ煙が立ち上っている。洞窟は静寂を取り戻したけれど胸のざわめきだけは収まらなかった。
カリナは深く息を吐き、剣を鞘へ収める。
「……みんな。ヴァルディアの黒騎士は…強いぞ…。なんという屈辱だ。まさか敵の騎士にこの命を救われるとはな...」
革手袋をきしませながら拳を握り締めるその姿は騎士としての悔しさと挫折を隠しきれていなかった。
ラピスは言葉を失い、ただ唇を震わせる。
「……あれ……ほんとに人間……?」
仲間達は呆気にとられその場から動くことができなかった。その中で、僕だけは拳を固く握っていた。
(……なんだろう。胸の奥で、魔力が……疼いてる……)
体の奥から熱のような力が広がる。魔力が脈打ち、掌に宿る光がいつもより強く揺らめいた。まるで、新しい力が芽吹き始めたような、そんな感覚。
「……これって……」
目を見開いた僕の胸に、はっきりと決意が宿る。
絶望と憧憬が交錯したこの戦場で僕は次の一歩を踏み出すしかなかった。
『13話 BOSS戦【蒼殻竜アビスリヴィオル』を
最後まで読んでいただきありがとうございました。
フィオル達特別班にとって
初めてのボスバトルとなりましたが
明らかに対策不足では
勝つことの出来ない詰みバトルとなり
特別班にとっては
トラウマとなる一戦になりました。
雷以外の攻撃は全て無効化され
攻撃力も速度も圧倒的。明らかに場違いなボス。
全滅を意識する中
突如現れたヴァルディアの黒騎士。
彼の繰り出した雷の一閃は
Aランク怪異をワンパンキル。
実力の差も明るみになります。
そしてその一閃を見た直後
フィオルの魔力に異変が起きます。
現れた黒騎士
そしてフィオルの魔力に起きた異変。
今後の展開に注目です!
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◾️Chapter02:用語解説◾️
⚫︎ 守護獣
守護獣とは、星そのものを護るために生まれた生命体。善悪もなく、神出鬼没であり攻撃性はなく普段は姿を見せることもない。大地を流れる理力の根幹から自律的に生まれた意思ある理の防衛機構であるとされている。
⚫︎ 魔物懐柔
ラピスが生まれつき有している特異な固有スキル。理力の波長を魔物と共鳴させ、敵意を鎮めて心を通わせることができる。これに近いものでは強制的に支配する「使役魔法」があるがそれとは異なり、相互の信頼と穏やかな理力同調によって絆を結ぶのが特徴。この力により、通常は敵対関係にある魔物であっても友好的に従わせることが可能で、スライムのスラチャビもこの力で仲間となった。
⚫︎ 癒しの雫
水属性の初級回復魔法。掌に集めた理力を清き水へと変換し、対象の傷口や身体へ触れることで癒しの効果を発揮する。熟練者が使用すれば、複数人を同時に癒す範囲回復も可能である。【水の適性者】にとって最も基本かつ重要な魔法とされている。
⚫︎ 癒しの雨
水属性の上位回復魔法。使用者の理力を雨粒状に変換し、一定範囲へと降り注がせることで広域に癒しの効果を与える。小さな傷だけでなく、重度の外傷・毒・呪詛などにも浄化と再生の効力を発揮する。高い集中力と持続的な理力制御が必要なため、熟練した【水の適性者】のみが使用可能。発動時には淡い水光が空へ昇り、静かな雨音と共に癒しの気配が辺りを包むという。
⚫︎ 煌羽
ラピスが初めて習得した固有スキル。現時点で由来理力は不明。ラピスの背にある羽が光を放ちその光を見た生物に幻惑を見せる。その症状は様々な模様。ダメージは与えられないが混乱状態にすることで戦況を変えることが可能。
⚫︎ 理導杭
敵国ヴァルディアが独自に開発した黒い霧を抑制するための地中に打ち込む柱状の結晶体。理導杭開発のために黒い霧を採取する必要があり、その採取現場、もしくは開発途中の実験で数多くの犠牲者が出たといわれている。
本来の使用法としては1本だけでなく3本〜7本で陣を構成して設置する。理導杭の中には封印術式が組み込まれておりその術式を組むのに必要な鉱石は光の理力が宿っているという稀少な石だとされている。




