9話 帰還の報せ
レーヴの村を後にした僕たちは、黒霧に覆われた街道を慎重に進んだ。胸の奥に残るざわめき。杭と結界が共鳴したあの光景が、まだ消えないまま。数日をかけ、ようやく王都イリシアの城門が見えたとき、思わず足を止めた。高い城壁と白石の尖塔は、戦乱の時代でも揺るがない威容を放っている。
「……やっと戻れたな」
カリナが肩で息をつき、僕とラピスを振り返る。
「休みたいのは山々だが、まずは陛下に報告だ」
僕は黙って頷いた。
蒼天の塔、謁見の間。
大理石の床にひざまずき、僕は息を整える。場の重みが肩にのしかかる。
「報告いたします」
一歩進み出たのはカリナだった。声はいつも通り落ち着いていて、けれど鋭さを帯びている。
「我らが赴いたレーヴの村は、黒い霧により作物が枯れ水は濁り、人々は生活の基盤を失っておりました。あれほどまでに人々の生活を蝕む光景は、手を打たなければ遅かれ早かれこの国にも...」
玉座に座す王が、眉を寄せる。その沈痛な表情に、胸の奥がきゅっと締め付けられた。カリナはさらに言葉を重ねる。
「…そして陛下、現地にてヴァルディア軍と遭遇しました」
謁見の間がざわめき、老臣たちが顔を見合わせる。あの黒鉄の騎士の姿が、脳裏に蘇った。
「彼らは我々と同じく、歪みの源を調べに来ていた様子でした。一触即発の緊張ではありましたが敵の一人が理導杭なるものを地に打ち込み、霧を一時的に押し返したのです。その騎士は、黒鉄の騎士。ヴァルディアの王直轄の騎士でした。」
王の目が細められる。
「……理導杭だと?」
「はい。彼らの調査班が犠牲を作りながらも現地調査を繰り返し、作り上げた独自の装置です。」
カリナは頷き、手にした紙片を取り出す。
「これはヴァルディアの理導杭の設計図です。粗雑ではありますが黒騎士が我らに残していきました。彼らはすでに黒霧を制御する技術を実用段階まで進めている証です。これがただ……制御だけに留まれば良いのですが」
王の表情がさらに厳しくなる。けれどカリナは一歩も退かず、声を強めた。
「ですが、彼らにはない切り札があります。フィオルの結界魔法です。杭と共鳴し確かに理力の汚染を広範囲押し返したのを確認しております」
そしてカリナは僕の【聖光の帳】が黒を浄化した様子を丁寧に伝えた。
場の空気が張り詰めた。王の視線が僕に注がれる。心臓が暴れ、肩が強張る。
カリナが隣で静かに頷いた。その頷きに、ほんの少しだけ支えられる。
「陛下、ひとまずはこの設計図の解析が急務です。杭の開発を進め、フィオルの結界と組み合わせれば、黒い霧を浄化する道が開けるはずです」
王は重々しく頷いた。
「フィオルの光の結界が黒を打ち払う可能性を秘めていることも分かった。そしてその紙片は我が学匠院に回す。お前たちの功績は大きい。だが同時に、敵国の影は近い。我らの歩みを一刻も止めてはならぬ」
僕は拳を握りしめた。ほんのわずかでも、自分の力が世界を動かし始めている。少しだけ……そう思えた。
『9話 帰還の報せ』を
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は『ラピスの回復適性』です!
お楽しみに!
このあと深夜1時に投稿します!
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◾️用語解説◾️
⚫︎ 煌羽
ラピスが初めて習得した固有スキル。現時点で由来理力は不明。ラピスの背にある羽が光を放ちその光を見た生物に幻惑を見せる。その症状は様々な模様。ダメージは与えられないが混乱状態にすることで戦況を変えることが可能。
⚫︎ 理導杭
敵国ヴァルディアが独自に開発した黒い霧を抑制するための地中に打ち込む柱状の結晶体。理導杭開発のために黒い霧を採取する必要があり、その採取現場、もしくは開発途中の実験で数多くの犠牲者が出たといわれている。
本来の使用法としては1本だけでなく3本〜7本で陣を構成して設置する。理導杭の中には封印術式が組み込まれておりその術式を組むのに必要な鉱石は光の理力が宿っているという稀少な石だとされている。




