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幽霊屋敷の真相

挿絵(By みてみん)

夜。雅也の部屋のちゃぶ台には空のビール缶が二本転がり、紫がポテチの袋に手を突っ込んでぼりぼりと音を立てていた。

「……頼みますよ、兄貴」

正座した若い金髪のチンピラ風の男が、手を震わせながら頭を下げる。額には脂汗が浮かんでいた。男の名は新堂。灰羽組の組員であり、奥川雅也の元舎弟である。

「何度も言うけどな、新堂。ワシは除霊師やない。頼る相手を間違えとる」

雅也は煙草を咥え、面倒そうに応える。

「でも……俺ぁ見ちまったんですよ。誰もいないはずの屋敷で、廊下を歩く白い着物の女を。振り返った顔は……顔は……」

新堂の声が震える。紫は手を止めて、興味深そうに身を乗り出した。

「ふーん、それで?顔はどうだったの?」

「……黒い穴が三つ。目と口のあるべき場所に、ぽっかりと」

「へえー」

紫は興味津々といった風に目を輝かせる。

「じゃあ、やっぱり本格的な幽霊屋敷ってこと?面白そう!」

「お前はこの前の件で懲りとらへんのかい」

雅也はため息を吐く。だが新堂の青ざめた顔色は、作り話ではない深刻さを物語っていた。

「解体業者は次々に怪我人が出る。夜な夜な三味線の音がする。昨日なんか、現場監督の田中さんが階段から転げ落ちて……兄貴、この通りです」

再び新堂は額を畳に擦り付ける。

「せやから不動産投資なんぞ止めとけ言うたんや。お前にそういう小賢しいシノギは向いとらん」

雅也は煙草を灰皿に押し付ける。しばらく考え込んだ後、重い口を開いた。

「……わかった。一回だけや。見に行ったる。しかし、こういうしがらみからはええ加減抜け出したいんやけどな」

「先生はなんやかんやで優しいんだよね。結局、面倒見てあげちゃうもんね」

「お前が言うなや。お前もその『しがらみ』の一つやろが」

結局、押し切られる形で雅也と紫は現場へ向かうことになった。

幽霊屋敷の調査

物件は街外れに取り残されたように建っていた。築30年という建物は、庭の雑草が膝の高さまで伸び、白かったはずの壁は煤けて薄汚れている。窓の雨戸はすべて閉ざされていた。

「うわ……雰囲気出てるねぇ」

紫はわくわく顔で呟く。新堂は一歩も前に出たくなさそうで、背中を丸めて震えていた。

「ったく、来んな言うたやろが。なんで付いて来るねん」

「えー、だって暇だし、いざとなったら先生が助けてくれるでしょ」

「お前、仮にも学生なんやから勉強せえよ。お前がうちに来て勉強してるとこ見たことないぞ」

「えーっ、そうだっけ。でも先生も勉強してこなかったクチでしょ」

「お前はちょいちょい俺が作家っていうのを忘れよるな」

「コラムニストじゃないの?この前も実話系の記事書いてたし」

「小説家や。……もうええ、新堂、お前は外で見張っとれ」

「え、でも……」

「いいから。近所の人間に通報されたら面倒い。なんかあったら知らせろ」

雅也の低い声に、新堂は渋々頷いた。

2人が玄関を跨いだ瞬間――奥の廊下で、すうっと白いものが横切った。

「ひっ……!」

紫が小さく叫び、反射的に雅也の袖を掴む。しかし雅也は眉一つ動かさず、煙を吐いただけだった。

「おい、見たか今の?」

「うん、見えた。けどなんかいつもの感じと違くない?」

「まだわからん。もうちょっと見てみんことには」

廊下を進むごとに、怪異は増していった。何もないはずの座敷で三味線の音が一瞬だけベベンと鳴り、襖が勝手にすうっと開き、畳の上に黒ずんだ手形がじわりと浮かぶ。天井裏からは、ずるずると重いものを引きずる音。

「先生、これって」

「分かっとる。しかし、あまりに露骨やのう」

「いつものあの嫌な感じもしないしね。ってことは人の犯行?」

少し嬉しそうな声を出す紫。

「落ち着け。まだ確信はないが、おそらく……」

静寂の中、かすかに人が歩くような物音がした。

「先生、あれ見てよ!」

紫が指差す。廊下の曲がり角に長い髪の女が立っていた。白い着物姿で、こちらに背を向けて。次の瞬間、その姿は消える。雅也が急いで曲がり角へ行くが、そこには誰もいなかった。

「先生、今のも」

「ああ。全く霊的残滓もない。十中八九、人の仕業やろうな。面倒な」

「人だと面倒なの?」

「霊や怪異なら祓えば終いやが、人はなぁ……後腐れなく追っ払うのは難いんや」

「コンクリ詰めにして沈めるんじゃないの」

「お前は俺にどんなヤクザ像を持っとんねん。俺はシリアルキラーちゃうぞ」

天井板がバンと外れ、黒い影が音もなく飛び降りる。全身黒装束、顔を頭巾で覆い、手には鋭い苦無。――忍者だった。

「に、忍者ぁぁ!?」

紫が絶叫する。

「思いの外コテコテのが出てきよったな。太秦かここは」

雅也が呆然と呟く。

忍者は無言で手裏剣を放つ。咄嗟に避けるも、刃が雅也の頬をかすめて壁に突き刺さった。

「この奥川さんに喧嘩売るとは、ええ度胸しとるやんけ」

無造作に間合いを詰めようとした瞬間――破裂音。煙が漂い視界を遮る。至近距離に忍者が迫り、苦無を突き刺そうとしていた。

「まずい」

「甘い」

忍者の頭部に、褐色の拳がめり込む。驚愕と戸惑いに染まる忍者の目。反射的に後ずさると再び煙玉が弾け、煙に紛れて姿を消した。

「クソが、余計な事しおって。危ないやろが」

「今、絶対先生やられてたよね。どう、私もたまには役に立つでしょ」

ちょっと嬉しそうな紫。バツが悪そうに頭を掻く雅也。

「まぁええわ。とりあえず追うぞ」

二人が廊下を進む。

「先生、銃は今日は持ってきてないの?」

「お前、あんなもんをおいそれと持ち歩くかい。職質されたらどうすんねん」

「先生、職質されそうだもんね」

「やかましいわ」

「しっ」

紫が会話を遮り、壁を指差す。一見何の変哲もない壁。だが次の瞬間、紫は回転蹴りを叩き込み、壁は奥へ押し込まれるように外れる。それは偽装された隠し扉だった。

中に潜んでいた忍者は蹴り飛ばされた扉と壁に挟まれ、叩きつけられる。そしてしばらくすると土煙と共に這い出してきた。

「おう、さっきはようやってくれたのう」

忍者は降参らしく、胡坐をかいて両手を上げた。

「ギブアップです。体も痛いし、顔も痛いし、ここらで止めにしましょう」

声は意外に若い。

「えー嘘、ここからが面白くなりそうだったのに」

紫は心底残念そう。

「どの口が言うとんねん。お前から仕掛けてきたんやろうが」

「そりゃあ自分の住んでるところに知らない人が入ってきたら追い返すでしょ」

「お前ん家ちゃうやろが」

「まぁそれはそうですけど……幽霊騒動も無理があったし、そろそろ潮時とは思っていましたよ」

「どうだかな」

「では、お暇させてもらいましょうかね」

忍者はよろよろと立ち上がる。紫の攻撃が効いているのか足元がおぼつかない。

「大丈夫?あんためっちゃふらついてるけど」

「っていうかお前、何者やねん。今時忍者って」

「忍者ですよ。ホームレスの。まぁ今はそれで食いつないでます。また縁があれば会いましょう。では」

そう言い残し、忍者はどこともなく去っていった。

「やれやれ、幽霊の正体見たりってよく言うたもんやのう」

雅也はため息をつく。

「でも面白かったよ。本物の忍者なんて初めて見た」

「……あんなんが忍者やったら、服部半蔵も草葉の陰で泣いとるわ。あれこそコスプレやろ」

外に出ると、新堂が心配そうに駆け寄ってきた。

「兄貴!大丈夫でしたか?中から変な音が……」

「もう大丈夫や。幽霊やのうて人間やった。しかも忍者や」

「忍者……兄貴、それは笑うところですか」

「まぁ、まともな人間やったらそう思うわな。とりあえずもう幽霊は出ん。それだけは確かや。後はお前が好きにしたらええ」

雅也は煙草を投げ捨てた。

「ありがとうございます、兄貴!」

新堂が深々と頭を下げる。

「よし、帰るか。こいつも送っていかなあかんし」

「えー、帰るの面倒だし、今日は先生ん家でいいでしょ。もう遅いし」

「お前、そんなん言うて、最近俺の家にいる方が長なってないか」

「じゃあ、実質、先生ん家が私の家じゃん」

「帰れよ、マジで」

「でも今日は楽しかったよ。またこういうのあったら呼んでよ、新堂さん」

「俺は家で作家業に専念したいねんけどな」

三人は夜道を歩きながら、それぞれの思いを抱いて家路についた。雅也は「面倒な依頼だったが、久しぶりに体を動かせて悪くなかった」と思い、紫は「忍者と戦えてワクワク」しており、新堂は「兄貴の頼もしさを再確認」していた。

「しかし本当に忍者とはなぁ……世も末やのう」

雅也が最後にぼやくと、紫がくすくすと笑った。

「次は何が出てくるのかな。侍とか?」

「やめてくれ、頼むから」

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