告白の木
「……ここがXの係数になればOKだから」
桃花は紫のノートを覗き込み、丁寧に指でなぞった。
「はいはい……わかったって」
紫は明らかにやる気のない顔でシャーペンを転がす。
「“わかった”って顔じゃないでしょ」
「だって眠いし。数学嫌いだし」
「もしかしたら学校に戻る事だってあるかもだし、せめて基礎的な部分だけでもやっとけば後で楽だよ」
「戻る気ないけどね」
「だけど選択肢は多い方がいいでしょ。戻らなくても役に立つ事だよ」
淡々と返しながらも、桃花は少し照れたように視線を落とす。
「……ねえ、紫。最近、学校で噂になってる“木”の話、知ってる?」
「木?」
「旧校舎の中庭にある、大きな古木」
桃花は少し声を潜める。
「その木の下で告白すると、二人は結ばれるんだって」
「……は?」
紫は完全に呆れた顔をした。
「なにそれ。少女漫画?」
「わ、私が信じてるわけじゃないからね!」
顔を赤くして慌てて否定する桃花。
「ただ……実際に、付き合えた人もいたらしくて」
「桃花がそういうの信じるとか意外」
「だから違うってば!」
少しむきになる桃花を見て、紫はにやりと笑う。
「ふーん?」
「……でもね」
桃花は笑顔を消した。
「その噂を信じて、実際に告白しようとした人が実際いたの」
「……結果は?」
「木の下で倒れてるのが見つかった。昏睡状態で」
紫の表情が一変する。
「それで、変な憶測が広がって……立ち入り禁止だった旧校舎の中庭に、逆に人が集まるようになった」
「生徒会でも問題になってるんだけど、もう収拾がつかなくて」
桃花は紫をまっすぐ見た。
「……噂の正体、知りたい。そしてこの件をなんとかしたいの。だからまた、奥川さんに来てほしい」
「先生ね」
紫は軽く息を吐いた。
「……まあ、話してみる」
◆
夜の学校。
旧校舎の前に立ち、雅也は煙草に火をつけた。
「……俺も甘いのう。灰羽組の奥川雅也が今は女子高生のお悩み相談係って涙が出るで」
「別に暇だからいいんじゃない?」
紫は気楽に言う。
「俺は暇ちゃうねんけどな」
「すみません、奥川さん、このお礼はまたするんで力を貸してください」
「まぁええわ。俺は俺で考えあるしな。さっさっと行こ、見られたら面倒い」
そうぼやきながらも、足は中庭へ向かっている。
月明かりの下、そこに“それ”はあった。
大きな古木。
枝は歪み、幹は黒ずみ、空気が重い。告白をすれば成就する伝説の木そのイメージとはあまりにも程遠い。
「……いかにも、やな」
雅也は足を止める。
「二人とも、離れとけ」
桃花と紫が後ずさるのを確認し、雅也は木を一周する。
やがて、深く息を吐いた。
煙草の煙が夜気に溶ける。
「こいつは――樹木子やな」
「妖怪?」
紫が首をかしげる。
「古戦場とかに生える妖木や。下を通る人間の血を吸う言われとるが……」
雅也は古木を睨む。
「こいつは生気吸うタイプやな。弱い人間は昏睡。普通の人間でも動悸、息切れ」
「……じゃあ、告白すると成功するって」
桃花がはっとする。
「その動悸を恋と勘違いした、ってオチや」
「しょうもな」
紫が即座に切り捨てる。
「……」
桃花はがっくりと肩を落とした。
「で、その木、どうするの?」
紫が聞く。
「そら――」
雅也は煙草口からを離し、火の先を幹に押し当てた。
次の瞬間。
ゴウ、と音を立てて、木が燃え上がる。
「えっ!? 火事!?」
桃花が慌ててスマホを取り出す。
「待って、119番――」
「いいから!大丈夫、実際の炎じゃないから」
紫が腕を掴んで止める。
木からは赤ん坊の泣き声のような悍ましい断末魔があがり思わず二人は耳を塞ぐ。
その時だった。
「きゃあああああああっ!!」
女の悲鳴。
振り向くと、そこに根地夕子がいた。
頭を抱え、半泣きで叫んでいる。
「ちょっとぉ!? 私の育ててた樹木子がぁぁぁ!!」
「……やっぱり、お前かい」
「ひどくない?ここまで大切に育てたのに。海外から古戦場から土とか取り寄せて」
「やかましいわ。祓い料はお前に払わせるからな」
「何、育てた植木燃やされて、私が払うの!?」
「そりゃ被害者まで出ててるんだし、当たり前じゃない」
「根地先輩、払ってくださいよ。あなたは学校の恥です」
珍しく、紫と桃花の意見が合う。
「だから立ち入り禁止にしたじゃん。勝手に入った奴が悪いじゃん」
「こんなもんを学校に持ち込んだ事がそもそも罪やねん。ケジメや」
雅也は心底うんざりした声で言った。
「そんなーまた栞子に怒られる」
力なくうなだれる夕子。
燃え上がる木と、夜の校舎。
桃花は呆然と立ち尽くし、紫は静かにため息をついた。
「……この学校、やっぱおかしい」
誰も否定しなかった。




