朝の来訪者
朝の光がまだ白く淡い頃。
玄関のチャイムが、場違いなくらい元気に鳴り響いた。
「……誰やねん、朝っぱらから」
寝癖のままの頭をかきながら雅也が玄関を開ける。
そこに立っていたのは――大きな瞳にクマを作り、完全に疲れ切った水見桃花だった。
「お、おはようございます……」
「……なんや、あんた」
露骨に嫌そうな声が出た。
その直後。
「……誰?」
パジャマ姿の紫が背後からひょこっと顔を出した。
桃花の表情が一瞬で険しくなる。
「えっ……藤乃さん……パジャマ……? 何、その……男の人の家に泊まってるみたいな……不潔!」
「なに!?」
紫が眉をひそめる。
「これに関してはこいつの反応は正しい。とりあえず……入れや」
「そういうもん?」と紫。
「そういうもんや」
雅也がため息をついて言った。
結局、桃花は半泣きのまま居間へ通され、三人で朝食を囲むことになった。
「……で、昨日の今日で来た理由はなんやねん?」
雅也が味噌汁を啜りながら尋ねる。
桃花は両手で茶碗を握りしめ、震える声で言った。
「昨日……あの幽霊、家までついてきたんです……!」
箸が止まった。
「部屋の外を、ずっと……ずっと歩き回ってる音がして……家族じゃなくて……知らない足音で……怖くて……ドアも開けられなくて……。寝られなくて……気づいたら朝で……で、来ました……。あの……祓ってください……」
声が震え、涙がこぼれた。
雅也は深く、強くため息を吐く。
「言いにくいんやけどな、あれは祓えへんのや。あれは普通の霊ちゃう。俺の火でも燃えへんかった」
「えっ……そんな……」
「静にも聞いたけどな。土地神か何かの一種かもしれん言うてた。正体は分からん」
桃花の顔色がさらに悪くなる。
「なんで、なんでこんな事に……嫌ぁー」
さもうっとうしそうに耳を塞ぐ紫。
「やから泣く前に――話を最後まで聞け!」
雅也の叱責に、ビクリと肩を震わせる桃花。
「……祓えへんけど、お前に"魔除け"をかけて離すことなら出来る。そっちの方が確実や」
「……ほ、本当に……?」
「ああ。飯食ったらやるから、さっさと食うてまえ」
桃花は力なく頷いた。
和室に座布団を並べ、雅也は紙片と塩を使い、静かに指で印を結ぶ。
「目ぇ閉じとけ。深呼吸せぇ」
言われた通りに目を瞑った桃花は、恐怖と疲れが限界で――
そのまま意識を手放した。
「…………え?」
目を開けると、布団の中。
和室の天井。
柔らかい夕日の色。
「嘘……寝てた……?」
その瞬間、襖の外から、
ギッ……ギッ……ギッ……
と規則的な足音。
血の気が引いた。
(また……!?)
「ひっ……!」
恐怖で身を縮めたところで、襖がスッと開いた。
「……起きた?」
お盆を持った紫だった。
桃花は安堵のあまり、脱力して布団に沈み込む。
「なにその顔。ご飯持ってきただけだよ」
「び、びっくりした……」
紫が苦笑した。
「で……祓えた、の……?」
桃花がおそるおそる尋ねる。
紫は少し考えてから言った。
「今の桃花には憑いてないと思うよ。なんか離れてった感じするし」
「……よかった……ほんとによかった……ありがとう……!」
「お礼なら先生に言いなよ。私は何もしてないし」
「いや……もとはあの人の家の怪異のせいなんだけど……」
桃花がぼそっと呟いた。
そのとき、ふと時計に視線が行く。
針は――午後三時。
「……え?」
「……あっ」
次の瞬間、部屋に悲鳴が響いた。
「き、き、今日……学校……無断欠席してるじゃん!!!」
居間のほうから雅也の声が飛んできた。
「うるっさいのう! 人の仕事の邪魔すんな!」
桃花は頭を抱え、紫は笑いを堪えて肩を震わせていた。




