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渾沌のメシア-全てを識る為の物語-  作者: 翠雨
第三章「赤と影のカーニバル」
25/25

#25「師弟誕生、そして」

*ソルト ~アルドニア王国「王都ハーランド・海底洞窟」にて~


「……はい。来たかった所はここかな?」

「……ん、……あ、れ」

抱きしめてきていたサーシャの腕の力がゆっくりと緩む。

腕の隙間からあたりを見回してみれば、そこは僕が所望していた海底洞窟だった。

しかし、僕はすぐに絶望した。望み通りの場所には来たが、目的が果たせないとすぐに察する。

そこにはシャドウは既にいない。

それどころか、たくさん転がされていたはずの修道女達の死体もなく、そこはただの、洞窟。

戦闘が繰り広げられていた面影は、一切なくなっていた。

「……ない。……どこにも、いない、どうして、」

「満足したかい?それとも……お望みのものはここにはなかったのかな?」

へたり込む僕にサーシャは歩み寄り、視線を合わせるように僕の正面に膝をつく。

「どうやら事情があるようだね?ここで何があったの?君は何を望んでいたのかな」

先程までの勢いはなく、僕のペースに合わせるようにサーシャはゆっくりと言葉を紡いでくる。サーシャのオレンジ色の瞳はまぶしく、暗いこの洞窟の中でも灯りのように見えた。

「……僕はシャドウに、会わなきゃいけなかった。シャドウに会って、僕にも『ゼディア』を埋め込んでもらわないと、いけなかった」

その灯りを見つめているうちに、僕は無意識に口を開いていた。

「会いたかった、ではなく『会わなきゃいけなかった』、か。……『ゼディア』……それを埋め込んでもらいたかったのは、どうして?」

「……友達のドロシーに……フィリアに、二度と会えなくなってしまうから」

声が震えてくる。自分の目に涙が溢れてくるのを感じる。

しかし、溢れたものは止められない。涙と同じように、言葉も、僕の思いも、次々に溢れてくる。

「『グリフォレイド』の、シャドウに……親を、殺されたんだ。僕はずっと、許せなくて、でも、何も出来なくて……っ、やっと、やっと新しい友達と、帰る場所が出来たのに、あいつがまた、奪った。……僕の、居場所は、なくなって……っ、友達も、『ゼディア』を……悪い魔法をかけられたからっ、……いつか悪い子になるから、このままじゃもう会えなくなる、って……っ!!」

「……だから、その子と同じ『悪い子』になれば、一生一緒にいられるって??」

「…………」

返事は、出来なかった。

嗚咽が、言葉を話すことを邪魔する。涙が止まらない。涙でぐちゃぐちゃになった顔を見られないように、僕は俯いた。

しかしそれを許さないとでもいうように、サーシャが勢いよく僕の両頬を掴み、顔をあげさせてくる。

「だから、憎き相手に魔法をかけることを許して?わざわざ身を差し出しにいくのかい?」

「…………」

「ふむふむ……君の事情はよく分かったよ。なるほどね、大切なんだねぇ、その友達の事も、フィリアの事も」

「…………………」

「じゃあ、君はもうその『シャドウ』とやらを倒せなくていいの?『仇』なんじゃないのかい、そいつは」

サーシャの言葉に、僕は息を呑む。

『仇』。

その言葉に、勢いよく頭を殴られたようだった。

「そ、れは……」

「お?……はは!目の色が変わったね。……ふふ!いいじゃん。その思いがまだ消えていないのなら上等だよ」

サーシャににっこりと笑いかけられる。まぶしくて目をそらそうとするが、両頬を抑えられているためそれは叶わず、じっと目を見つめ返す。

「で?……本当の気持ちはどうなんだい?本当に君は、シャドウのいいようにされて悪い子になりたいの?」

悪い子になりたいか、どうか?

そんなの。

「……っそんなの、いやだ!!!!!」

僕はありったけの思いでそれを否定した。

サーシャが両頬から手を離す。抑えがなくなったのも関係なく、僕はまっすぐサーシャを見つめたまま叫び続ける。

「ずっと、ずっとあいつを許せなかった!!!家族を殺された3年前からずっと……!!!なんであいつはいつもいつも僕の大切なものを奪っていくんだ!!!僕が何を!?家族が!!グレイが!!!ドロシーが何をしたって言うんだよ!!!ふざけるな!!ふざけるなっ!!!ふざけるなぁっ!!!」

サーシャの胸元の鎧に向かって、僕は両手の拳を叩きつける。

鎧は僕から受けた衝撃を、そのまま僕へと返してくる。拳がひりひりと痛みで熱くなる。

僕は何をしているのだろう。こんなの、絵に描いたような八つ当たりじゃないか。情けない。

それでも思いが止まらない。あふれ出る感情のまま、洞窟中に声を反響させる。

「でもっ、どうしたらいいのかわからないんだ……ッ、僕に戦えるだけの力がないのも!!!ただただやられるしかないっていうのも!!!どうしようもなく許せないんだよ、ずっと、……ずっと……ッ!!!……げほっ、げほっ!!」

喉が大声に耐え切れず、僕は激しくむせこむ。

サーシャはそっと近づき、僕を再び抱きしめた。

「……うん。……うん。ずっと耐えてきたんだね。よく言ってくれた」

背中をぽん、ぽん、とさすられる。その手が温かくて、身体から力が抜けていく。

僕はサーシャの身に身体を預けた。もう、抵抗はしなかった。

「……君の名前を聞いてもいいかな」

「ソルト。……で、す」

「『ソルト』。ふふ!良い名だね……さて、ソルト。まず、ソルトは強いよ。何も、攻撃能力があるだけが強さじゃない。自分で恐怖の対象に立ち向かおうとして、一人でここまで来たんだ。それはすごい事さ。よく頑張った」

「…………う、ん…」

「でもね、ソルト。目先の幸福を手にするために、闇にそれを利用させちゃいけないよ」

穏やかなサーシャの言葉に、胸が苦しくなる。

「君のやろうとしている事は、あまりにも不安定すぎるとアタシは感じたね。あぁ!別に君を否定しているわけじゃないんだよ?ただ……ソルトの『仇』であるシャドウ。相手は得体の知れない人物だ。黒魔法の使い手ときたら、他にどんな術を施してくるかわからない。そもそもここへまだいるとも限らないし、実際いなかったわけだしね」

「……どうして、サーシャはそんなに色々なことがわかるの?」

「言っただろう?アタシは傭兵。戦闘経験は人よりあるのさ」

「……そ、っか」

背中越しに感じるサーシャの手は、大きい。

女性だけど、筋肉がついていて、歴戦の戦いで固くなった手のひらの皮膚。

誰かを、たくさん救ってきた手だ。

ふざけているように見えて、頭では状況をよく分析しているのだろう。僕の想像がつかないくらい、その場の盤面が鮮明に見えている。


それってすごく、かっこいいな。


「……変な人とか思ってごめん」

「え~!?ソルトってばアタシを変人だと思ってたの!?」

「……怒った?」

「あはは!いいよ、よく言われる!」

「……いいな、サーシャは」

「うん?」

「剣を持つ人って、皆怖い人ばかりだと思ってた。でも、サーシャはこんな場所でもずっと笑顔で……。シャドウもずっと笑っていたけど、サーシャとは、違う。……楽しそうで、優しい人だ。……変だけど」

「ふふん。最後の言葉も一応褒め言葉として受け取っておこうかな?」

顔をあげて、僕はまっすぐサーシャを見上げる。

「僕も……サーシャみたいに強くなりたいよ」

「出来るさ。たくさん修行を積めばね」

「……ねぇ、サーシャは雇われたら『何でも』依頼をこなしてくれるんだよね」

「あぁ、そうだ。それが傭兵というものだからね」

「じゃ……じゃあさっ!僕がサーシャの事を"買う"のも、問題ないってことだよね?」

僕はサーシャをまっすぐ見つめ続ける。どうしても、伝えたい思いがあった。

「買う……って、ソルトが?アタシを?」

「そう!買うの!!雇うんだよ、サーシャを」

「……ふはは!これはまた突飛な事を言うね。何か思惑があってのことなのかな?」

「もちろんある、……あ、えっと……ぼ、僕の師匠になってもらいたいんだ!」

自分で言っていて、何を突拍子もないことを、とだんだんと恥ずかしくなってくる。

しかし僕は、本気だった。出逢って数十分しか経ってない相手にこんなこと思うのもどうかとは思うけど。

サーシャのようになりたい。誰かにここまでの感情を持つのは初めてのことだった。

「あぁ、なるほどね。強くなれるように修行をしてほしいと……それで?強くなって、ソルトはどうしたいの?今度こそ自分を悪い子にしてくれって、シャドウにお願いしに行く?」

「僕は……シャドウを、家族を殺した奴をこの手で倒しに行く!!あの道化師をぎゃふんと言わせてやりたいんだ」

「要は復讐か。…ふふ、面白い!でもソルト君?君はひとつ重大なことを忘れているよ」

「え。な、なに……??」

「買うって言ったって、君まだ子どもだろう?そんな青い少年が、お金は出せるのかい?」

「あっ……え、っと」

忘れてた。雇うということはお金を支払うということだ。

僕は自分の貯金箱の中を思い出す。それなりに溜まってはいたと思うのだが……。

「お金は……フィリアからもらったお小遣いでどうにか……、……ち、ちなみにいくらくらい必要なの……?」

「う~ん、ざっと100000枚金貨分くらいかな」

「そんなに!?」

「あははっ!冗談だよ」

サーシャが言うと冗談なのか本気なのかが区別がつかない。

「しっかし、そうだなぁ。アタシ、そもそも子どもに雇われたことなんて一度もないんだよ。思ったことすらないからね」

「……だ、だめ、かなぁ……?」

「うーん。……それじゃ、これならどう?アタシを楽しませるくらい面白い旅を一緒にしてもらう。楽しい楽しい旅をして、君もちゃんと強くなる!そしていつか、アンタが本当に復讐を遂げるところを見せておくれよ」

サーシャが僕にウインクをする。『面白い旅』。聞こえはいいが、きっと長い道のりになるのだろう。過酷だとしても、それは僕にとって『強くなれる経験』であることは明白だ。

僕は考えるよりも先に大きく頷く。

「うん!!僕、絶対絶対頑張るよ!」

「あははっ!いいね、面白いじゃん。それならまぁ―――うん!引き受けてあげる、その重大な役割をさ?」

「ほ、本当!?」

「あぁ!アタシが小さな天才剣士を育ててあげよう。このサーシャ=クラリスの主人は今から君だ」

サーシャが僕に膝をつき、腰につけた短剣のうちのひとつを鞘ごと外す。

僕の右手はサーシャにとられ、そこに短剣を握らされる。

「これは『師弟の証』だ。ソルトにあげる」

「……いいの?大事な剣なんじゃ……」

「アタシにはまだ3本剣があるからね!アタシの戦闘にはそこまで剣は要らないし。持ち腐れているだけだから使っておくれよ。切れ味は抜群だから、うっかり手を斬らないように気を付けるんだよ」

「……う、うん」

重厚感のある、正真正銘の本物の剣。

その重みに、僕はごくりとつばを飲み込む。

「アタシを存分に利用…いや、楽しませてくれたまえ。ついてこれるかな、ソルトくん?」

「……うん。望むところだ!」

サーシャの言葉に、僕は剣を握りしめた。

「ははっ!良い目だ。……さて、この気味の悪い洞窟もさっさと出てしまおうか。こんなじめじめした場所、アタシらには似合わないよ。この『洞窟に誰もいなかった』という情報も、君が持って帰らないとね。勇敢なる冒険者くん」

「うん。……ぁ」

勇敢なる冒険者、は僕のことだろうか。

その言葉に僕は少々くすぐったくなりながらも、帰ることを意識し始めた途端少々暗い気持ちになる。

帰るという事は……お説教があるということだ。

「おや。どうしたんだい、急に暗い顔して」

「……帰ったらきっと……フィリアの大目玉だから……」

「はは!元々帰ることになるつもりは無くての行動だもんなぁ。ま、そればかりはどうしようもないね。君の撒いた種は正々堂々回収しておいで」

「うぅ……」

どうやら腹をくくるしかないようだ。

「……と。この歪みに触れたらいいのかい?」

「……んん。えっと、多分……?さっきはシャドウに勝手に廃屋に戻されたから……」

「つまりギャンブルってこと?ひゃ~!面白いじゃん!!」

「えっ……ちょっと、サーシャ!?」

僕の叫びもむなしく、サーシャは勢いよく僕の手を引いて歪みに飛び込む。

やっぱり無鉄砲だこの人!!

走馬灯のような吐き気を催しながら時空のゆがみにもまれる。

ゆがんで、ゆがんで―――。


次に目をあけた時には、廃屋だった。


そして目の前には、今しがたトンネルをくぐろうとしていた見知った人物達がいた。

僕を見下ろす3人の表情は、切迫した表情から安堵、そして驚愕へと変わっていく。それを見て少々申し訳なくなりながらも、僕は名前を叫ばずにはいられなかった。

「ラルフ!アイリス!ハク!!」

「ソルト!!!やっぱりここに……って、あれ!?お前……!」

「やぁ!!アタシだよ!!!」

サーシャが勢いよく手を振る。やっぱりこの4人は知り合いらしい。

朝日が差し込む天井を眩しそうに見て目を細め、うんと伸びをした後、サーシャはにっこりと3人に笑いかけた。

「数日ぶりだね!オーラニア王国、司法ノルヴァス臨時所属戦闘員。そんでもって―――」


「―――ソルトの専属師匠『サーシャ=クラリス』。君達を助けにきたよ」


*ラルフ ~アルドニア王国「王都ハーランド・食堂」にて~


昨夜は怒涛の出来事が駆け巡っていた。

ソルトの失踪、そして捜索に出た俺達3人。廃屋に辿り着いたかと思えばすでに海底洞窟に入り込んでいたソルトが戻って来ていて、その横にはサーシャが笑顔で手を振っていた。

「ラルフ?どうしたの、頭なんて抑えて……」

「いや……ちょっと情報量の多さに頭が痛くなったというか……」

「無理もないね。……で。ごめん、さっきなんて言った?サーシャ」

「も~。聞いてなかったの?だから!ソルトはアタシに弟子入りしたのさ。これから旅を一緒にするってことで、よろしく☆」

サーシャがにこやかにウインクしてくる。

「ず、随分と急だね?」

「アイリスの言う通りだな。……でも、そういう事になるきっかけはちゃんとあったんだろ?」

「もちろんさ!アタシだって節操なく雇われるような女ではないよ。ま、びっくりだよね~。あの子ってばアタシを買いたいっていうんだからさ。くぅ~!まだ子どもなのに一丁前なこと言うよね!しかもその理由が『強くなりたい』からの『家族を殺した男への復讐』と来た!アタシもう痺れちゃって痺れちゃって!」

「へぇ?なるほどな」

「あ!ラルフが納得の顔した!」

俺が思わず笑ったことに、アイリスがぱち、と瞬きをする。

「ソルトもソルトなりに変わりたいって思ってるってことだよ。それでソルトは今、それを実行に移してる」

「へぇ、ソルトが……。すごいな。守られるべき子どもだと思っていたけれど」

「あいつはちゃんと勇敢だ。『守る側に立てる』奴だと思うぜ」

「ふふん!アタシもそう思うよ。……最も、ソルトがフィリアを説得出来ればの話だけど」

サーシャが笑いながら、礼拝堂の扉を見る。俺達は今、フィリアとソルトの話が終わるまで食堂で今後についてを話しているところだ。

フィリアからのお説教をくらっているソルトを見送りかれこれ2時間は経っている。

そろそろ心配になるレベルだが……大丈夫だろうか。

「命投げ出そうとするような行為をしたんだから当然っちゃ当然だけどね!ソルトは腹くくってたけど……いや~!にしても長いねぇ!!」

「話が変にこじれていないといいけどな。……で、サーシャ。さっきの話の続きだけど」

「あぁ。アタシがここにいる理由、だったっけ?まぁある人からの依頼でね」

「ある人?さっきノルヴァスの名前を出してたけど……もしかして」

「ふふん。まぁラルフに伏せておく必要はないか。その通り、アタシはノルヴァスのウェイルに雇われてここにいる。ラルフ知ってる?今オーラニア全体に王からのお達しが出ていてね。オーラニア王国は他国に一切の介入をしないことになっているらしいんだ」

「は?それって……王女様の事と関係、してんのか?」

「王女様?……ん-、詳しいことは聞いてないから分かんないんだけどさ。とにかくアタシは、大森林でその王宮の人間であるウェイルとメイジスって人達に声をかけられたってわけ。『アルドニアの修道女から救援を要請されたから代わりに行ってくれ』ってね」

「メイジスさん!?」

ウェイルさんに続き、聞き覚えのある名前に俺は思わず声をあげる。

しかし妙だ。このタイミングでの救援、間違いなくフィリアの遣い鳥による救援要請によるものであろうが、そうなるとノルヴァスが直接来るわけにはいかなかったのだろうか。

「……あ」

そう思いかけたところで、さきほどのサーシャの言葉が思い浮かんだ。

「ん。納得してもらえたかい?」

「オーラニアからの介入は不可能……ノルヴァスがハーランドにたすけに来ることも出来ない。……だから……元々国を自由に行き来できる『傭兵』という立場であるサーシャに、救援を代行してもらった?」

「ふふん。そういうこと!だからこの人助けはあくまで、アタシが勝手にしているというだけになるんだよね、形は。……そんでアタシは状況偵察に来て、ソルトと一緒に調査をしたってわけ」

「それで……海底洞窟の中に、修道女の死体がどこにも無くなってた、ということが分かったと」

「そういうこと。……いやぁ、オーラニアの王様もな~んかきな臭いけどさ。そのシャドウっていうの?どうも実力が読めないね。大量の死体の痕跡を一切無くすどころか、誘拐した大勢の子ども達も一晩かからず修道院に元通りにしてきたんだろ?」

「……あぁ。……前戦った錬金術師のリーシャも強かったけど……シャドウも相当強かった、んだと思う。直接戦ったわけじゃないけど、一瞬でソルトをあんなにしちまうなんて……」

「……大翼の騎士団『グリフォレイド』。思ったより厄介な相手なのかもしれないね」

「…………うん」

ハク、アイリスも神妙な顔をする。それを見たサーシャが「ふ~ん…」と声を漏らした後、俺の肩を指先でつついてきた。

「ねぇねぇラルフ。アタシやっぱついていっていーい?」

「あぁ……、……って、え!?」

サーシャのさらりとした言い方に俺は頷きかけ、時間差でその言葉の意味に驚愕する。

「き、来てくれんの!?」

「いや~、気が変わったっていうの?あ!勿論旅の用心棒って意味ならお断りだよ?その『グリフォレイド』ってやつが気になるのさ。シャドウにもリーシャにも実際、アタシは会った事は無いし……そんな強そうな奴がこのレスティリア地方の水面下でなにやらかしてるのかも気になるし。君達はその『グリフォレイド』を追っているんだろ?アタシの『ご主人様』の利害とも一致すると思うんだよね」

御主人様、というのはソルトのことを言っているのだろう。

ソルトの目的はたしかに『シャドウを倒す事』だ。目的も行き先も同じであるが、それにしたってさーしゃの口からそうも簡単に旅を共にしてくれると出るとは思ってもみなかった。

「?どうしたんだい。そんな動揺した顔して」

「い、いや。いいのか?てっきり前みたいにまた振られるものかと……」

「ラルフ、レノンでサーシャに断られた後しばらく落ち込んでたんだよ?一緒に来てくれたら絶対楽しいのに~って!」

「お、おいアイリス!余計な事言うなって」

「ふふん!振られるのを怖がって奥手になっているようじゃ、つかみ取れるものもつかみ取れないよ。本気でついてきて欲しい時にはね、一度きりで諦めずにもっとガッツを持って当たって砕けていくのさ!うちの弟子みたいにね!」

「ちょ、ちょっと。痛っ」

サーシャが俺の隣に回り込んで背中をバシバシ叩いてくる。シンプルに痛い。

そんなことをしている時だった。

廊下から食堂へと入ってくる二人分の影。誰のものかはすぐに理解し、俺は振り向いた。

「ラルフ!」

「ソルト!フィリア!話はついたか」

「えぇ。……全く、ソルトがここまで力説することがあるなんて驚きました」

「ん。あ、あれ。ソルトがお説教くらっているんじゃなかったのか」

「くすくす。いいえ?フィリアのお説教も長かったわよ。でもそれを上回るくらい熱弁していたわね、その子ったら」

よく見るとフィリアの手には鏡が握られており、その中のノックスがくすくすと笑っている。

「……全く、一人で海底洞窟に行ってしまった時は驚きました。ソルトがこんなにも無鉄砲だとは思いもしませんでしたが……今まで受けた話、そしてこれからの事。色々話し合って、そして互いが納得する形に落ち着きました。……サーシャさん、でしたよね」

フィリアがサーシャに向き直り、頭を下げる。

「ソルトから聞きました。『サーシャさんに自分を強くしてもらう』『一緒に旅に出る約束をした』と。……これも何かの運命。ルミエラ様が架した導きなのでしょう。……ソルトをよろしくお願いします、サーシャさん」

「うん。勿論だよ。ソルトのことは責任もってアタシが預かる。ソルトは本当に勇敢な子だよ、今までアタシが出逢ってきた幼子のなかでも特段にね。きっと君にたくさん愛されて生きてきて、強い君のことを間近で見てきたからだね」

「くすくす。可愛い子にはなんとやら……って言うものね?」

ノックスもサーシャの言葉にうんうんと頷いている。

「で、さっきラルフ達にも話したんだけどさ。オーラニアは今、ほぼ鎖国状態にある。一般の出入りは厳重な警戒のもと許可されているけど、王国そのものが他国に介入することを許していないらしいのさ。ノルヴァスからの直接の支援は、あまり期待しない方がいいと思うよ」

「そうですか。……わかりました。オーラニアは大丈夫なんでしょうか?いったい何が……?」

「う~ん……アタシもそれはよく知らないのさ。ウェイルに意思疎通の意欲はあったから、遣い鳥で状況のやり取りはしてみてくれ。……あ!ついでにアタシが勇者についていく事も行っておいてほしいね。ハーランドの状況把握をした時点でアタシの雇用は切れてるけど、一応こういうのは報告が必要だろう?」

「!てことは、ラルフ達とも一緒にいられるの?」

「あぁ。サーシャもソルトも俺達の仲間だ!これからよろしくな、ソルト」

「う、……うん!!」

「なるほど、ラルフさん達ともソルトは一緒に……それなら一層心強いですね。……わかりました。ウェイル様とのやり取りも続けてみます。アルドニア王宮からの支援も、もうじき到着するでしょうから……あとはノックスと一緒に修道院を引き続き守り抜いていくのみです。……ソルト」

フィリアはかがんで、ソルトに視線を合わせる。

「修道院は任せてください。ドロシーのことも、他の子ども達の事も……。必ず『ゼディア』の進行を止める方法を探します。……そして、貴方も。必ずシャドウを倒してきなさい。貴方の目的を果たせるのは、他でもない貴方なのですから」

「うん。全部が終わったら、絶対、……絶対。またここで会おうね」

「えぇ。……」

フィリアが両手を大きく広げ、ソルトを抱きしめる。

ソルトは小さく息をのみ、微かに瞳を潤ませながら背中に腕を回し返した。

「……大好きよ、ソルト」

「僕も。……僕も、フィリアが大好き」

二人の抱擁を、俺達は静かに見守っていた。

旅は道連れだ。そしてその先に何があるのかは分からない。

一期一会の出逢いは、もしかしたらそれが最期の別れになるかもしれない。

大切な人と当たり前に会える明日は、もう二度とやってこないかもしれない。

俺達旅人は、常にそんな意識がついてまわる。

けれど、俺は絶対にそんなのは嫌だ。

ソルトとフィリア、そしてアイリスやハク、サーシャ。他人に引き裂かれる別れは、俺は絶対に起こさせない。

そのためにも、『グリフォレイド』を早く倒してマリー王女を奪還するんだ。

「ま、……と、いうわけだ。結局、君達についていった方が何かと面白いものは見られるらしい。アタシ達師弟コンビともども、よろしく頼むよ。ラルフ?」

サーシャがウインクをしてみせる。サーシャの言葉を皮切りに、フィリアがソルトから腕の力を緩める。

潤んだ目をこすると、眼鏡をかけ直してソルトは笑った。

「僕からも。……これからよろしくお願いします。皆さん」

「あぁ。よろしくな!」

俺はにっこりと笑って見せる。アイリスとハクも同じように笑い、ソルトの肩を叩いた。

かくして俺達の旅は、サーシャとソルトを加えて新たに5人で始める事となる。

次はどこへ行こうか。この先に何が待ち構えているのか。


この冒険の行方は、神の―――否。

俺達のみぞ知るところだ。



第三章「赤と影のカーニバル」 END.





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