#23「海底洞窟、再び」
*アイリス ~アルドニア王国「王都ハーランド・ハーランド修道院食堂」にて~
ソルトとフィリアのやり取りを、私達はただ聞いている事しかできなかった。
いや、元々参加出来ていて出来ていないようなものだったけど。
「……あー、……フィリア、大丈夫、か?」
「えぇ、私は大丈夫。……大人げないですね。ソルトの気持ちも知りながら、こんな仕打ちを与えるなんて」
「大事な人の為なら、それくらい言って当然だよ。実際バトラーがそばにいれば、身の安全が確保されるのも確かなんだろ?」
「……えぇ。あの人は困っている人を放っておけない性質ですから。……でも……」
フィリアが俯いたのを見て、私も俯く。
ラルフの首の包帯、そしてハクの身体の包帯が痛々しい。二人とも傷は幸い深くはなかったようだが、それでも安静にはしておかなくてはならないのは確かだろう。
もし、今ここで襲撃があったとして。
私は二人を守れるだろうか?
「どうにかしてフィリアとソルトが一緒にいられるように出来ないかな」
俯いた頭上で、ラルフが切り出しているのが聞こえる。
「それは……許される事では……」
「なんで?だってフィリアには守る力があるんだろ。ノックスと今回会話も出来るようになったんだ。悪魔とはいえ、ずっと信じてきた仲間なんだろ?そんなのもう相棒じゃん。フィリアの頭脳とノックスの戦闘力、2人の力がありゃ修道院に収容する子ども達の制御、ソルトの安全も保障されるんじゃないのか?」
「そ、れは……」
「簡単に言ってくれるな」
フィリアが何か言いかけた代わりに、ハクが遮る形で否定する。
「ノックスの理性が永続的に保たれる保障は?しかも修道院の収容安全、ソルトの安全どっちもフィリアが担うだって?それではフィリアの負担が大きすぎる。現実的ではないだろう」
「じゃあ……!ほら、救援を呼んだんだろう?それでなんか……国がいい感じに手配してくれるだろ」
「漠然とし過ぎているね。……相手は歴史に名高い『ゼディア教団』の可能性が高いんだろう?そうなると案外簡単にソルトも仲間に引き入れられる可能性があるよ。ソルトは旧アルネスト村の生き残りであり、今回のハーランド誘拐事件の生き残りでもある。どちらの事件にも関与していて、色々知り過ぎているからね」
「だとしても……!!」
「無理だよ。フィリアの判断が最適解だろう」
「……っ、お前は何でそうも淡々としているんだ」
「ラルフさん。もういいのです。そう考えてくださるだけで私は……」
「大体さっきの事だけど!なんでアイリスを信じてやらなかったんだよ!」
感情を優先するラルフと、現実を優先するハク。今この場で、話が平行線であるのは明白だ。
フィリアの言葉を再び遮り、ラルフは声を荒げる。
「簡単なことだ。現状を判断したまでだよ」
「現状って……っ、アイリスの魔法じゃ無理だったっていいたいのか!?」
「あぁ、そうだね。申し訳ないけれど、あの場面でいつ発動できるかもわからない魔法に頼るのは、体力を消耗するだけだったと僕は思った。だから最適な判断をしたまでだよ」
「最適って……じゃあその背中の傷はなんだ?結局攻撃をくらってんのは俺達じゃねぇか。お前がイレギュラーな事をするから……!」
「僕はあのままいけば全滅だったと思っているよ。むしろこの傷は最小限にとどめられた方だ。それだけあの道化師―――シャドウの実力は得体の知れないものだった」
「なっ……」
「あのな、ラルフ。誰かのために戦うそのスタンスもラルフのいいところだと思うけど、戦闘はそれだけで解決できるものではないんだよ」
「……」
「感情だけで何かを優先すれば、守れるべきものも守れなくなる。感情は基本的に戦いには持ち込まないことがセオリーだ。そして判断力も必要になる。戦闘では1つの戦略に10の対策を練っておく必要がある……そうでないと、最悪の結末を導く事になるからね」
「……それが、結果アイリスを信じてやらなかった理由かよ」
「……僕がアイリスを信じていないというわけではないのだけど……納得できないかな」
「…………」
ハクの問いには答えず、ラルフは口をつぐんでしまう。
二人の言い合いを、私はどこか遠くに聞いていた。
この事態はまず、自分が魔法を早く扱えていたら、ラルフやハクが怪我しなかった。
ソルトが人に怪我を負わせることも無かったし、『ゼディア』の種を排除出来る程の凄腕であれば、こんな事態も一瞬で解決出来ていたかもしれない。
―――私ではなくて、今この場にいるのがミカエルだったら?
きっと、ミカエルなら解決出来ていたに違いない。ミカエルなら私なんかよりずっと魔法に長けていて、たくさんの魔法を扱えるほどの実力がある。
じゃあ、私は?
大事な人を守るために、辛い選択をしたフィリア。
いざという時に作戦を捨てて、瞬時の判断で攻撃を仕掛けられるハク。
いつも最後まであきらめず、私を信じて私主導の作戦を考えてくれたラルフ。
その信頼に応えられない、私。
いざという時に何も出来ない私は、ここにいる意味などあるのだろうか。
「なっ!!アイリス!!こんな頭カチカチ野郎気にしなくていいからな!!」
「……えっ」
突然ラルフに背中を叩かれる。俯いていた頭を思わずあげてラルフの方を見る。
ラルフは、真剣なまなざしで私の事を見つめていた。
「……その頭カチカチ野郎っていうのは僕の事を言っているのかい?」
「くすくす。言われているわよ」
「ノックス。貴方は黙っていなさい」
フィリアが手鏡をしまうと、「むぐ、」というくぐもった声を最後にノックスの声は聞こえなくなった。
ラルフは私を真剣に見たまま、言葉を続ける。
「お前の頑張りは俺がちゃんとわかってるから。今回のはお前は悪くない!俺がちょっと作戦をミスっただけだ。気にしなくていいからな」
「……ラルフ……」
ハクもラルフの様子に呆気にとられながらも、頬をかく。
「……悪かったね。あの盤面、全員が怪我を負う可能性も十分に考えられた。僕の長年の狩人の勘というのかな……やる気は十分だったと思うけれど、君の負担が大きい事に変わりはなかったように思う。……君を信じていないわけではないんだ。どうか気を悪くしないでね」
「……わ、分かってるよ~!どうしたのラルフもハクも改まって!私の魔法が『こんな』なのはいつものことでしょ?気にしてないから!二人も、ね!もうこの喧嘩はおしまい!」
私はにっこりと微笑んで見せる。ただでさえ二人に迷惑をかけたんだ。これ以上気にさせるようなことを感じさせてはいけない。
この喧嘩も私が原因なのだから。
「はい!仲直りの握手!ね」
「え!?」
「うおっちょっと、アイリス!」
私は二人の手を取ると、半ば無理やり握手を交わさせる。
私の笑顔を見て、ラルフとハクが顔を見合わせた時だった。
「……どうしたの?朝から大きな声出して……」
食堂の入口に佇む、一つの小さな影。
目をこすりながら、ドロシーがひたひたと裸足で入ってきた。
窓を見れば外はまだ暗く、日が昇るにはまだ早い。目でも覚めてしまったのだろうか。
「ドロシー!……おはようございます。目が覚めてしまったのですか」
「おはよう、フィリア。うん……でもまだ眠いや。それよりソルトはどこ?お手紙が置いてあったの」
「……ソルト?」
「うん。変な子よね。お手紙じゃなくて、起きてから直接言ったらいいのに。サプライズのつもりなのかしら?……ふぁ……」
「……ソルト……って、さっきドロシーちゃんの様子を見に行くって言ってなかった?その時に置いたのかな?」
欠伸をするドロシーを、私は首を傾げて見る。
ラルフとハクは顔を見合わせた後、ラルフが一歩、前に歩み出た。
「なぁ。その手紙、何が書いてあったんだ?」
「うーんと……これだよ」
ドロシーが皆に見えるように手紙を広げてみせる。
“僕もすぐずっと一緒にいられるようになるからね 大好きだよ ソルト”
「アタシこれよくわからないの。すぐずっと一緒にいられるってなに?アタシ達ここでずっと一緒にいたのに今更じゃない?」
意味のわかっていないドロシーとは裏腹、私達は顔を見合わせた。
ソルトはドロシーやフィリアと離ればなれになるのを嫌がっていた。そしてこの食堂から離脱してかなりの時間が経っている。
もし私がソルトの立場だったなら、私はどう行動する―――?
「……ねぇ、ドロシーちゃん。ソルトくんのお部屋ってもう見た?」
「え?見たよ。でもお部屋にはいなかったの。だからアタシ、もう起きて遊んでるなら仲間に入れてもらおうと思ってたんだけど……」
「……嫌な予感がする」
「……奇遇だな、ラルフ。僕もそう思うよ」
ラルフ、ハクが険しい表情を浮かべる。
ドロシー達とソルトが離ればなれにならなくてはならない原因は『ゼディアが埋め込まれている』か『そうでないか』の違いだ。
もしソルトがその『違い』を無くそうとしたなら?
『ゼディア』が埋め込まれた人達から『ゼディア』を排除できなくても、『一緒』になる方法がひとつだけある。
「ソルトくん……まさかシャドウに『ゼディア』を埋め込んでもらおうとお願いしに行ったんじゃ?」
「……ソルトっ!!!」
私の言葉にフィリアががた、と立ち上がる。
それをラルフが一度制した。
「待ってくれ!フィリアはここに残っていてくれ。ドロシーや他の子ども達を見る人がいなくなってしまう」
「……っそう、ですが……」
「そうだね。……ソルトを探すのは僕達だけで行ってくるよ。ね、アイリス」
「う、うん。救援もこれから来るんでしょう?もし早めについて、状況をお話できる人が誰もいなかったら王宮の人も困っちゃうもんね!」
私は不安を掻き消すように、わざと大きな声を出した。
フィリアは何かいいたげにした後、ふいにカクン、と首を垂れる。
次顔をあげた時には、金色の瞳をした顔がそこにはあった。
「……もう、フィリアったら。考えを放棄したいからって、おかしなタイミングで人格を切り替えないでほしいものだわ」
「……ノックス」
「……くすくす!あの子もトラブルメイカーね。いいわ、修道院を守る役は私達が任されてあげる。あの子を見つけてちゃんと連れ戻せたら、どんな楽しい事があったのか後で聞かせて頂戴ね?」
「……くれぐれも子ども達を無差別に殺す、なんてことはしないでくれよ」
「それはどうかしら。『ゼディア』が急に育って悪人集団の誕生……にでもなったら話は別だけれど」
「ラルフ。今はノックスとフィリアを信じよう。今はとにかく、ソルトを探しに」
「っ、くそ!そうだな。……行くとしたら……海底洞窟、だよな?」
「間違いないと思う。……もう一度行こう、海底洞窟!」
ラルフ、ハクはそれぞれの武器を片手に走り出す。
私はテーブルに立てかけてある杖を一目見て、そのまま走り出そうと一歩踏み出して。
「みならい魔導師さん。杖を忘れていくの?」
ノックスに引き留められて、はっとした。
私、今杖を置いていこうとした?
「……っ!ご、ごめん、間違えた!」
「くすくす。誰に謝っているの?貴方の場合、『杖がないと魔法が扱えない』でしょう?」
ノックスに見つめられ、私は思わず目をそらす。無意識であっても、私の中に今、たしかにあった考え。それがノックスに見透かされているようで、気持ちが悪かった。
杖があったところで、……なんて。
逃げるように私はノックスから離れた。
そのままラルフとハクの後を追う。
追いかけながら、私はある風景映像が脳内に浮かび上がっていた。
シャドウの目。薄く開いた時の瞳から見えた、真っ黒な瞳。
深い深い闇の色が、どうにも脳にこびりついて離れない。
―――そういえばあの時、シャドウと目が合ったような?
「アイリス!お前も早く来い!」
ラルフの呼びかけに、私の思考はすぐに掻き消される。
「わ、わかってる!」
重たい感覚を気のせいだと言い聞かせて、私はラルフ達の後を追った。




