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渾沌のメシア-全てを識る為の物語-  作者: 翠雨
第三章「赤と影のカーニバル」
22/22

#22「最善の選択とは」

*ラルフ ~???「???」にて~


おぼろげな意識。白む視界。

そんな俺の感覚などをよそに、あたりは拍手喝采に包まれていた。

人だかりに包まれているせいで周りの景色がよく見えないが、景色の奥には見覚えのある城がそびえ立っていた。

あれは……オーラニア王宮だ。

人の間を縫うように覗き見てみれば、見慣れた町並みや見知った店があるように思える。

群衆の中心には黄金の鎧の人物が、黒いフードの男の首根っこを掴んだまま、もう片方の手で群衆に向かって笑顔で手を振っている。

――あれは……誰だ?

顔にもやがかかってよく見えない。

それなのになぜ、この光景がこんなにも懐かしいんだ?


俺は群衆の中にもまれながら、その二人のやり取りをぼんやりと見つめていた。

ぼうっとしていた俺の意識は、ふいに遠のき浮上していく――。


*ラルフ ~アルドニア王国「王都ハーランド・廃屋」にて~


「……ラルフ。ラルフ!!」

「……あ!?」

アイリスの呼びかけに、俺は再び飛び起きた。

目覚めるとそこは、廃れたボロボロの一室。間違いなく、俺達が海底洞窟に向かう為に入った大樹海林の廃屋であった。

「全然起きないし、なんかうなされていたし……びっくりしたよ。大丈夫……?」

「いや……悪り、なんか夢見てたみたいだ」

「夢?……それより、見て!ここ、もとの廃屋に戻ってきてる!」

夢の内容を思い出すより先に、アイリスの言葉にうなずく。

「……あぁ。違いねぇな。……さっきまで海底洞窟にいたのにどうなってるんだ?シャドウは?……!そういや、あいつらはどうなった!?」

「っ、それが……」

「逃げられたよ。全く、逃げ足の速いピエロだね」

横槍を入れたハクの言葉に、アイリスが言葉を詰まらせる。俺は目をこすりあたりを見渡そうとして、ずきりと首が痛む。

首に触れれば、ぬるりとした感触。さきほどソルトに噛まれた箇所から、多量ではないものの、たしかに血が流れ続けている。

「ご、ごめんね。私、ラルフとハクの怪我、直そうとしたんだけど……やっぱり、魔法上手くいかなくて……」

「その気持ちだけで嬉しいよ。……にしても……」

俺はハクをじと、と見つめる。結果論シャドウの逃亡により全員が脱出出来たとはいえ、アイリスに賭けた俺の作戦を、独断で断念したハクの行動には、俺も少なからず思うものがあった。

「言いたい事はわかるけど、今はここで言い合っている場合じゃないよ。まずはこの状況をどうにかしないとね」

冷静に返してくるハクに俺はむっとしながらも、「……わかってるよ」と俺はしぶしぶそっぽを向いた。

俺は首、ハクは背中から出血。致命傷でないとはいえ、俺もハクも早いうちの処置が必要なのは違いなかった。

「……ん…」

「! ……フィリア、目が覚め……、っ!」

俺達3人に微妙な空気が流れ始めたあたりで、フィリアがうっすらと目を開ける。

フィリアの目は、金色。それはフィリアが現在も『ノックス』であるということを示唆していて、俺の身体は無意識に警戒をし始める。

身体が強張った時だった。

『……くすくす、あら。逃げられちゃった』

フィリアの声で、ノックスが嗤った。―――否。言葉を、発した。

「……え。ノックス?フィリア?」

「ん? ……あらあら、貴方まだ私とあの子の区別もつかないのね。くすくすっ、へんなの。私とあの子、ぜ~んぜん似てないのに!」

「こ、これはどうなっているんだ。……ノックスは理性のない殺人鬼の意識体なんじゃないのか?」

「なにを言っているの、狩人くん。ほら、勇者くんもみならい魔導師さんもそんな変な顔して。私は『超がつくほど人殺すの大好き』なだけで、理性がないだなんて一言も言ってないのよ。普段は会話なんてめんどくさいし、理性を無視して狩る方が楽しいから、難しい事なんて考えないけど……そこのみならい魔導師さんが治癒魔法を暴走させたものだから、私の殺人衝動も強制的に封印されちゃったのね。……ま!少ししたら戻ると思うけれど」

「……アイリスお前……まさか悪魔も沈静化させた、のか?」

「え? そ、そうなの!?」

突然ぺらぺらとしゃべり出すノックスに、俺達3人はもはや置いてけぼり状態である。そんな俺達をよそに、ノックスはくすくすと笑っている。

「ねぇ? 細かい話聞きたいのは分かるけど、こんな場所にずっといていいの?そこの子、もう限界そうよ」

「……そこの子?」

「! ソルト!」

ノックスが指を差した先には、座り込んでいたソルトがいた。ソルトもすでに意識は回復しているようだが、一言も発さずに俯いている。

眠っているドロシーを抱きしめるように抱えながら、額に汗を浮かばせて、うつらうつらとした目でゆっくりと俺達を見上げた。

「……あの。ドロシーを、ここから早く出してあげないと。……早く、帰りましょう……?」

ソルトのか細い声が痛々しい。

俺は何か声をかけてやりたいものの何もいうことが出来ず、言葉を呑み込んだ。

「……ノックスの言う通りだな」

ハクが小さく頷いて同意する。

「も、戻るって……洞窟にいた子ども達や、修道女さん達はどうするの?」

「それは私達に任せていいわ。……くすくす、私達って言っても、そういうのはフィリアの仕事だけど。フィリアが王宮に報告して、場合によっては隣国のオーラニア王国からノルヴァスの救援が来る。勇者くん達はまず、自分の身の安全の確保に専念することだわ」

「……そういうもの、か。……」

「ラルフ、アイリス。色々と積もるものはあるけれど……とにかく、今は一刻も早く修道院に戻ろう」

「……う、うん。そうだね……」

言われるがままアイリスは頷く。俺はトンネルに後ろ髪をひかれながらも、俺達3人……と、ノックス、ソルト、ドロシーはその場を発った。


*ラルフ ~アルドニア王国「王都ハーランド・ハーランド修道院食堂」にて~


廃屋を出ると、外は既に夜を迎えていた。夜の暗がりは俺達の見た目を覆い隠すにはちょうどよく、大きな騒ぎを起こすことなく俺達は修道院に戻ってくることが出来た。

修道院に戻って、驚いたことが2つある。

1つ目は、死んだ修道女や子どもを除いた海底洞窟の地面に転がされていた子ども達が、何事もなかったかのように各々のベッドで眠りについていた事。

2つ目は、グレイの死体がどこを探しても何の痕跡もなく消えてしまっていた事だ。

シャドウの仕業だろうか?それは分からない。

しかしその2つの衝撃は、俺達を絶望に突き落とすには十分すぎるものだった。

その2つの事実を抱えながら、俺達一行は再び食堂に集まった。

ドロシーは自室に連れて行き、今もなお静かに眠っている。

食堂についた頃には、フィリアの目は青色に戻り、フィリア自身の人格に戻っていた。

フィリアは手鏡を取り出して、自分の正面に立てかける。鏡の中で金色の目をしたフィリアが浮かび上がると、それはじんわりと口元に弧を描き、ノックスの姿へと変貌した。

「……なんだか不思議な感じですね。貴方が私と会話をする時が来るだなんて」

「くすくす。不可抗力だけどね?面白そうな会話に混ぜてもらえるのは私としても楽しいわ。……で?何から話すのかしら。せっかく悪魔直々に言葉を交わしてあげようというのに、どこも辛気臭い顔しすぎて、ちょっと私いづらいのだけれど」

「……悪魔も空気の悪さとか感じるんだ……」

「そこの勇者。何か言った?」

「い、いや。別に」

俺は慌てて首を振って見せる。

「さて。……整理しなくてはならないことがありますね。……まずは、海底洞窟での一件。これはすでに事件性のあるものとし、被害者の発生、および救援要請を知らせる為にアルドニア王宮、そしてオーラニア王国のノルヴァスへと使い鳥を放ちました」

ノックスの茶化しを制するように、フィリアが淡々と話す。

「そして、ノックスの実体化。……と、言っていいのかはわからないけれど……。ノックスは悪魔であり、魔導師のアイリスさんからすれば『狂化された獣』に他ならなかった。アイリスさんの治癒魔法の急激な魔力を放射状に浴びた事により、ノックスは一時的にか、理性を持った会話が可能の殺人意識体へと変貌を遂げた……」

「そういうことになるわね。ま、フィリアと会話できないのは何かと不便を感じていたからね。そこは感謝してるわ、みならい魔導師さん」

「っ、そ、そのみならい魔導師っていうのやめて!」

「何を怒っているの。みならいなのは別に間違ってはいないでしょう?」

「……う、」

アイリスが何か言いたげにするが、すぐに黙り込んで俯いてしまう。

「……時間は有限よ。話を進めましょう」

フィリアが鏡の中のノックスをじと、と睨む。ノックスは愉快そうに喉をならした後首をすくめた。ソルトの方を一瞥した後、フィリアは再び重々し気に口を開く。

「そして……今後のドロシーの処遇、だけれど」

フィリアの一言に、それまで俯いていたソルトの肩がびくりと震えた。

「シャドウの言う事が正しいのなら……ドロシーはすでにゼディアが埋め込まれていて、洗脳された状態にある。……『ゼディア』が脅威なのはこれまでの歴史、史実が証明しているわ。……いずれ脅威になり得るのだとしたら、若い芽を紡いでおかなくてはならない」

「そ、それっ!! まさかドロシーを殺すんじゃないですよね!?」

ソルトががた、と音を立てて立ち上がる。

「殺しはしません。……けれど、健常な人間を悪の道に引き入れないとも限らない。健常な人間への悪影響がないにしても、ある日突然殺人衝動が芽生えるというのなら……本人の意思に反して人を殺してしまう可能性だってある。……私達がするべきは、ひとつしかないわ」

「そ、……それって……?」

「……ノルヴァスのウェイル様にも報告。すでに使い鳥は放っているから、叡智に満ちたウェイル様ならすぐに察していただける。おそらくレスティリア地方全体に、『グリフォレイド』という悪徳団体が暗躍しているという脅威の周知をすることになるでしょう。……すでに『ゼディア』を埋め込まれた子ども達は……」

フィリアは小さく唇を噛んだ後、意を決したように言い放つ。

「……残念だけれど、施設隔離をする他ない。外界から断ち、『一生陽の光を浴びることのない施設』の中に世界を限定する。……もしも犯罪を引き起こすのなら、せめて『ゼディア』同士の共食いに留める。今考え得る対策は……これくらいしか……」

「なんですか、それ。一生外に出る事ができないだなんて、……そんなの、死んでいるのと同じじゃないか……」

ソルトの口から、乾いた笑いが漏れる。

その様子を見て、フィリアは鋭く目を細めた。

「……今回の襲撃のせいで、ハーランド修道院は壊滅状態にあります。修道女の大半は亡くなり、生き残った修道女も、精神干渉されていないとも限らない。子ども達は言わずもがな、すでに『ゼディア』が埋め込まれてしまった状態……。ハーランド修道院はいずれ、『ゼディア』の手にかかった人間達の隔離施設になることでしょう。……この意味が分かりますか?ソルト」

「……ハーランド修道院で、確実に無事、なのはフィリアと僕、だけ……?」

「えぇ。……そして、私はこの修道院の院長でもある。修道院に関わるすべてのシスター、そして子ども達を守る責務があります。その対象は貴方も同じ」

「……フィリア。まさか」

「えぇ。……ソルト。貴方はもう、誰かに悲哀を感じ、心配している境地にはいられないの」

フィリアはソルトを見下ろしたまま、厳しい声色で続けた。

「ソルト。貴方はこれからヒュドラのバトラーのところに行きなさい」

「……え」

「バトラーは私の恩人にあたる人物です。ヒュドラの街はレスティリアの端に位置していて、悪い魔力に侵される環境も少なくて安全地帯……何よりバトラーは何だかんだ世話焼きなんです。きっと貴方の事も受け入れてくれるはず」

「……それ、僕だけで行くって、こと?」

「……貴方の安全のためよ」

「そんな……い、やだよ。僕、フィリアと離れたくないよ!!」

ソルトは机を思いきり叩く。人の少ない食堂内には、その怒気の含んだ叩音はよく響いた。

「フィリアだけじゃない。ドロシーも、……グレイ、とも、もう会えなくなるってことでしょ……フィリアはここに残って、そこからどうするの?」

「ソルト。……大丈夫、私には力がある。分かるでしょう?」

「フィリアの強さは僕、知ってるよ。ノックスがいるんだもん。でも強いからって無事だとは限らないじゃん。フィリアまで『ゼディア』に飲み込まれちゃう可能性だってあって、……それに、僕、この街が好きだよ。知っている人も仲良しな人も、やっと、出来て、3年前とは違う、やっとたくさんの人といる生活が出来て、」

「……ソルト、」

「それなのになんだよ! また一人で別の所にいけって!!」

「ソルト!!」

「いやだ!! フィリアの馬鹿!! また一人ぼっちはいやだ!!」

「いい加減になさい!!!」

パン、と乾いた音が響いた。

フィリアがソルトの頬を張り飛ばすのは、一瞬のことだった。

「……私だってこんなこと言いたくありません」

フィリアが震える声で呟く。

「でも、すべてはソルトのことを思っての事なんです。……離れたくないに決まっているではありませんか、……血がつながってないとしても、この絆は本物……私の……大好きな子を手放すだなんて……」

「…………」

「……でも、貴方は運がよかったの。……だから、今こうして『安全に生きる道』を示すことも出来る。ドロシー達は、その『安全に生きる道』ですら歩く足を失ってしまった」

「…………『運がいい』って……またそれ、ですか」

ソルトが震えた声で、力なく笑い飛ばす。

「何が『運がいい』だよ。3年前の旧アルネスト村でも、今も、『フィリアが助けてくれた』だけじゃないか。……僕には、何もない。僕には何かを覆す力なんて、始めからないんだよ」

「……ソルト。それは違う」

「はは、……何が違うのさ。……それに運がよくたって何もいいことがない。……『運がいい』、なんてもう散々だ。一人ぼっちになるしかない貧乏くじだよ」

「…………」

「………僕が―――なら……」

「ソルト?」

「……なんでもない。……僕、疲れたからもう寝るね。ドロシーのことも気になるし」

最後の言葉を聞きとれないまま、ソルトは男子棟の自分の寝室に戻っていく。

そこには俺達4人と、息をするのも億劫になるほどの重たい空気。

そして思いの渦巻く沈黙が残されただけであった。



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