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渾沌のメシア-全てを識る為の物語-  作者: 翠雨
第三章「赤と影のカーニバル」
21/22

#21「影のマリオネット」

*ラルフ ~アルドニア王国「王都ハーランド・海底洞窟」にて~


「さて。ただ戦っていてもつまらないだろうから~……このままお話しちゃうよぅ♪」

シャドウは両腕を大袈裟に広げてみせる。

「何故僕が子どもだけを連れ去っていたのか? 何故二日程度で町に返すのか! 不思議だろう? 未知だろう? あははっ! ……と、言っても複雑な理由は無いのさ。『あのお方』の思いのままに動いているだけだからね」

「あのお方……っ?」

「子どもを誘拐して海底洞窟に閉じ込めて、主従魔法をかけて返すのさ。ここは王都ハーランドじゃ立ち入り禁止エリアなんだろう? 人が寄り付かなくて都合がよくってね」

「あぁそうだろうよっ! お前らが好きそうな場所だと踏んでここまで来たんだしな!」

ソルトの攻撃をかわしながら、俺は頭上にいるシャドウに叫ぶ。

「あはっ、僕のような男が何を好むのか、しっかり予測出来ているようだね♪ それなら、王都ハーランドの失踪事件。ここまで町を騒がせているのに、王宮直々に注意喚起や対策が無いのは何故だかわかるかい?」

「子どもは何だかんだで無事に帰ってきていたから、じゃねぇのかっ⁉」

「ふふっそうだね。そうさ、『表面上は』無事であるからね。でも僕のような男が、『ただ誘拐して何もしないで返す』な~んて無意味なこと、するはずもないよね?」

「だからそれで何をしたんだって聞いてんだよ!」

「ふふっ♪ 答えは簡単。僕がやっていたのはね、『肉体への干渉』ではない。『精神への干渉』なんだよ」

「精神への……干渉っ?」

耳を疑う言葉に、俺は思わず眉を顰める。

「僕が『人を操る』ことに長けているっていうのはさっきも話しただろう? その能力がちょこっとばかり、『あのお方』のお気に入りでね。町に戻っている子ども達、ここでおねんねしている子ども達! そして君の隣にいるお友達み~んな! 『ゼディア』が埋め込まれている状態にあるのさ」

「ゼディア……っ、だって?」

「ゼディア……、……『ゼディア教団』……」

剣を構えたフィリアが忌々し気に呟いた。

「フィリアっ! 何か知っているのか?」

「……っえぇ、歴史の中でレスティリア地方を揺るがせた事件に、古くから何かと関わって来ていた組織……それがゼディア教団です。数年前、ルミエラ教とゼディア教の宗教戦争により、史実上は絶滅したと聞いているけれど……」

「それは……、よくない宗教、ってことか?」

「おおむねそういうことになります。ゼディア教団……古くから伝わる悪徳宗教集団の名が、何故ここで出るのですか、シャドウ!」

「おや? さすがに聖職者の君は持ち合わせている知識だったね。でも『悪徳宗教』だなんて酷いな~? 君のとこのカミサマは、よその信仰を侮辱することを許すのかい? 随分なカミサマだね」

「なっ、……ルミエラ様を馬鹿にするな……っ!」

シャドウは胸に手を当てて、まるで信仰するべき対象があるかのような素振りをわざとらしくしてみせる。

「まぁ別にいいけどね? 『ルミエラ信徒』のせいで『ゼディア信徒』は絶命寸前まで陥ったんだ。対立するべき信条にある。……最も、歴史の浅いルミエラ教が脅威を持っているとは、『僕は』思えないけれど」

「よくわかんねぇけど……っ! お前がその『ゼディア』を扱うってことは、お前は『ゼディア信徒』なのか。そんで『あのお方』っていうのは『ゼディア』の……神様?ってことなんじゃないのか⁉」

「ふふっ……さぁね♪ そこは想像にお任せするよ。僕の口から種明かしするより、君自身の目で確かめた方が面白いでしょ?」

「面白いって……面白さなんて求めてねぇっての!」

「あはっ♪ それにラルフ、君はマリー王女を奪還するために『グリフォレイド』を探してる。いずれ会う事になるよ。『あのお方』にもね」

「いずれ会うって……! うおっ」

ソルトが不意打ちをするかのように飛び込んでくる。腕に噛みつかれるぎりぎりのところで、俺は身を引いて攻撃をかわした。

「あはっそれまでにうっかり殺されないといいね♪ ……と、あぁ。話が逸れたね? まぁ、要は未来ある子ども達に、悪の性質である『ゼディア』を植え付けて、将来的に『あのお方』の配下にする。今は健康な精神の前借りにある状態なのさ。そしてある時急に、忘れていた恐怖が一気に還ってくる。そうして精神が耐えきれなくなった時、恐怖は加害欲へと変わり『殺人願望』や『犯罪衝動』が芽生えるってわけ……これは人間が本能的に持ち合わせている心理の応用だね。将来的な犯罪者生成器ってところかな?」

「……だとしたら……これ、ドロシーちゃんはもう……」

アイリスの呟きに、俺ははっとしてドロシーの方を振り返る。ソルトが狂暴化した事にも、目の前のシャドウの暴露にも、ドロシーは驚かずにこにこと笑っているだけ。その様子を見て、俺は沸々と怒りが湧いて来た。

「……ふざけるな。じゃあなんでグレイや修道女達が死ぬ必要があったんだ! こんな酷いやり方で殺される必要なんてなかっただろう!」

「それは~…う~ん……、……僕の趣味♪」

「なっ……!」

「さ。ほらっ! 手が止まっているよ~?」

シャドウが再びぱちん、と指を鳴らす。ソルトの攻撃頻度が更に増していく。暗くてよく見えないが、ソルトの額には汗がにじんでいるように見えた。操られている場合、本人の体力や筋力をまるっきり無視して無理やり行動させられているということだろう。俺達が攻撃をしないにしても、このままいくとソルトの身も危ないかもしれない。

しかし何もせず避けるばかりだというのも、俺達が消耗させられるだけだ。仲間割れの光景を楽しんでいるようにも見えるが、それ以上に俺達の戦意喪失、それが奴の目的なのかもしれない。

「……っ、」

フィリアは攻撃を避けるばかりで、依然として動かない。何かをこらえるように、自分の腕を力強く握りしめている。

「ほらほら! そこの修道女さんは血気がないね~? そんなんじゃソルトもドロシーも助けられないよ? 『もう一人の私』とやらを呼ばなくていいの?」

「……っ、わかって、います……っ」

「もしかして、今呼んだらまたソルトくんを傷つけることを恐れているとか~?」

「……っ、」

「ぴんぽーん! あったり~僕ってば天才! ――まぁそれを分かってやっているんだけどね」

シャドウがソルトににこりと微笑む。ソルトはフィリアに標準を合わせると、口を大きく開けて思いきり踏み込む!

「危ない!」

俺はすんでのところでソルトとフィリアの間合いに入ると、鞘がついたままの剣をソルトに噛ませた。

「っ! ラルフさん……ごめんなさい」

「いいんだ。それよりフィリア! 早く『ノックス』を呼べ!」

「っ! ……だめ、今のソルトを見たら……きっとノックスは、また見境なくここにいる人間全員を『敵』とみなして襲ってしまう!」

「いいんだ! 致命傷負わせそうになった時は、俺らが絶対に止めるから!」

「……っ!」

「ラルフの言う通りだよ、フィリア」

ハクがソルトに当たるか当たらないか、ぎりぎりの所へと弓矢を放ちながら言う。

「誰かを助けることに手段なんていらない。君の子ども達だろう」

「……けれど……」

「『ノックス』を信じてきたんだろう。今までも、これからも。君の信頼してきた『相棒』のことを利用してやれ」

「……! あい、ぼう……」

フィリアの目が小さく揺らめいた。

「えぇ、そう……そう、ですよね」

フィリアは大きく息を吐き、目を閉じる。わずか0.5秒の沈黙。次の瞬間そこにいたのは、赤く金色の光を灯した瞳の『ノックス』だった。

「あっははははははははは!」

奇怪な笑い声を洞窟に響かせて、ノックスはソルトへとまっすぐ向かっていく。 剣を抜く手は、やはり容赦がない。

「……やっぱり……」

「……?」

ハクの呟きに、俺は眉を顰める。

「おいハク! やっぱりってなんだ」

「フィリアは修道院の食堂で『子ども達を守るためならノックスは見境がない』と言っていただろう? でも今は一番の敵を、強い攻撃性のある『ソルト』と見なしている。これってつまり……」

「ノックスさんは、ソルトくんを守る為に暴走しているんじゃなくて……」

「……! ノックスは手段を守らずして『フィリア』を守ろうとしている、のか?」

「あぁ。ノックスの守護対象は、『子ども達』や『ソルト』ではなく……『フィリア』なのかもしれない」

「そういえば、『フィリア』の絶命を回避したのも『ノックス』が身体を借りようとしたことがきっかけだって……」

「……ノックス、悪魔のくせして守りたい奴がいる、ってことか」

「それが何故あそこまでフィリアを守ろうとしているのかはわからないけれどね。……とにかく、そうなると……『ソルトの無力化』が一番効果的かもしれないな」

「無力化だって……? ……あ!」

「! ……何か策が思いついたかい?」

俺はその言葉に、ひとつ思い当たるものがあった。

「アイリス、ウィルヴァ鉱山の洞窟での時の事を覚えているか?」

「えっ?」

「ほら! グリフォンに襲われた時のやつ!」

「……あ、あぁ。あの時のことがどうかし……、もしかして」

エーニャ平原で襲われた俺とアイリスが、グリフォンから逃げ込んだウィルヴァ鉱山の洞窟での事。洞窟内で襲われた時に、謎の賢者エトワールが助けてくれた時の魔術が、もしも通用するのなら。

「そうだ、アイリス。エトワールが言ってたろ、『違和感を感じた時は狂化を疑え』って」

「獣の、狂化……、……! 今の状況、まさにそれだよね……⁉」

「あぁ。その時お前がエトワールに言われてた事……」

「まって! 覚えてるよ。『狂化された生物を倒す事は困難だが、狂化を鎮める事であれば微量の治癒魔法をかけるだけで出来る』。……私が、ソルトに治癒魔法をかければ……?」

「……そうだ。きっとこれなら傷つけずにすむ……、出来るか?」

「やってみる……!」

アイリスは力強く頷き、杖を構える。

「……よし、これでいい」

「ラルフ! 何か考えがあるのか⁉」

「いいか? アイリスが今からソルトに魔法をかける。フィリアはあのままソルトに攻撃を仕掛けるだろうから、それでソルトの攻撃を牽制してもらって、俺とハクはフィリアが行き過ぎた攻撃をソルトに仕掛けないように抑制する……」

「なるほど、それなら怪我の被害を最低限に留めながら、アイリスの魔法で鎮静化出来るということか。……よし、わかった。ラルフのその作戦を信じよう」

「よし。準備はいいか? ……いくぞ!」

俺の合図で、俺とハクはソルトを挟むように左右に散る。フィリアは真正面からソルトに攻撃を仕掛け、ソルトもまた、殺意を宿した目の前の殺人鬼を攻撃対象として認識して攻撃を仕掛ける。そのフィリアの後ろで、アイリスが天高く杖を掲げた。

九の星術(ノイン)――『Toxotes(トクソテス)』! ……十一の星術(エルフ)――『Hydrochoos(ヒュドロコオス)』!」

ウィルヴァ鉱山での騒動で得た知識。そしてヒュドラの教会での騒動で本領を発揮した基礎治癒魔術―――基礎攻撃魔術と共に、それをアイリスが詠唱する。

しかし、その光は一瞬の閃光を放ち、すぐにぽとりと地面に落ちて消えてしまう。俺は息を呑んだ。

そうだ、この作戦には致命的な欠陥がある。アイリスが魔術を発動できるかは運次第。アイリスはうまく魔術を扱う事ができない!

「ご、……ごめん! 私こんな時も安定しない……!」

「っ、いいから! 大丈夫だ、続けてやってくれ!」

アイリスが呪文を何度も唱え続ける。蒼い閃光は杖からあふれ出ては、蝋燭の灯りのように、頼りなく揺らめいては消えるを繰り返している。

「……ラルフ。これはアイリスには無理があるんじゃないのか……⁉ やっぱり違う作戦にした方が……」

「無理とか言うな! 問題ない……ただアイリスの魔法が上手く発動するまで、俺達でソルトの攻撃を制御し続ければいいんだ!」

俺はアイリスの必死の詠唱を聞きながら攻撃をかわし、攻撃をしかけ、抑制していく。

しかしアイリスの魔法は、その閃光を完全な光としてソルトに放つまでにはどうしても至らない。だんだんとアイリスの表情が歪み、涙が浮かんでいく。

その様子を見てくすくすとシャドウは笑う。

「あれ? 色々面白いことしようとしてたっぽいけど、なーんか作戦うまくいってない感じ~?」

「うっせぇ! お前は少し黙……っハク⁉」

「作戦変更だ! このまま続けてもアイリスは魔術を放てない!」

煽るシャドウを黙らせようと俺は剣を振りかざす。それと同等のタイミングで、攻撃を制御していたハクが痺れをきらしたようにシャドウへと弓を放ちだした。

「おや? そこの狩人くんは仲間も信じてやれないんだね? 君の相手は僕じゃないでしょ~?」

「っ!」

シャドウは一瞬にして姿を消す。次の瞬間にはハクの背後に回り込んでおり、どこからか出現させたサバイバルナイフを思いきりハクの背中に、突き立てた。

「っ、ぐ、ああああ‼‼」

「ハクッ!」

「君も。余所見なんてしていていいのかい?」

「――え、」

「ラルフッ! 後ろ‼」

呪文を唱えていたアイリスが突如悲鳴にも似た声をあげる。

振り返ると――何かに首を思いきり噛みつかれる。それがソルトに噛みつかれていると脳が理解するのに、時間はかからなかった。

「い゛……ッ‼ あぁぁああああぁぁっ‼」

子どもの力とは思えないほどの、尋常でない力。顎の力だけで首をもぎとられてしまうのではないかと思えるほどの痛みに、俺は地面に倒れ伏した。

「……ッ‼」

ソルトともみ合うその視界の隙間から、フィリアが駆け抜けていくのを見る。

「……あー」

フィリアが向かう先には、シャドウ。シャドウが面白くなさそうな顔をしたのを、俺は逃さなかった。

「そう、……か! ……ソルトが俺を襲っている以上は、フィリアに危害は、加わらない……」

つまり今この場で一番フィリアに危害を加える可能性のある相手の優先順位が、ノックスの本能的な判定がソルトからシャドウになったということだろうか。

つまり俺が襲われている以上、ノックスはシャドウを狙い撃ち出来るんじゃないのか⁉

「よし……! いいぞ! ソルト、もっと俺に噛みつけっ!」

「……あはっ急に何言い出すのさラルフ。それくらいで死に急ぐには早いんじゃないの~?」

「お前はもう黙っとけ! ……あ、……痛……ッ‼」

ソルトは俺に呼応しているのかしていないのか、ぎりぎりと顎に力を強める。そろそろ肉ごと持っていかれそうだと、意識が飛び始めた時だった。

「――十一の星術(エルフ)――『Hydrochoos(ヒュドロコオス)』!」

ひときわ明るい、閃光。突如目が眩むほどの光が洞窟内を満たす。敵も味方も一切見えず、両手足の感覚も失われていく。

首元に噛みつかれていた感覚はおろか、ソルトの所在も確認できないほどに、空間青白い光でつつまれた。

「これは……⁉」

「……あら~。魔力の爆発、オーバーヒートだね。上手く発動出来ずに蓄積された魔力が、一つの呪文をトリガーに一気に放電されたのか」

シャドウはふむ、と考えるように呟くと、ひとつ大きく笑い声をあげてみせる。

「あははっ! まぁいいや。今日のところはこれで終わり。カーニバルも終演だよ。仲間割れもしているようじゃ、僕のカーニバルの十分な演者とは言い難い……次会うまでにちゃあんと成長しておいてよ。じゃあね、勇者くんたち♪」

シャドウの嘲笑う声が遠くに聞こえる。驚く間もなく視界がホワイトアウトし、俺はそのまま再び意識を失った。


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