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渾沌のメシア-全てを識る為の物語-  作者: 翠雨
第三章「赤と影のカーニバル」
20/22

#20「海底洞窟の魔物」

*ラルフ ~アルドニア王国「王都ハーランド・廃屋」にて~


礼拝堂を抜け、俺達はソルトの案内に従って森の廃屋を目指していた。

レスティリア地方の南西には、そのレスティリアの土地の約1/4を占める巨大な森が位置している。アルドニアの所有する土地であるわけではないが、隣接こそしているようで、その隣接している場所にどうやら廃屋があるらしい。

最も、人の立ち入りは禁忌として言い伝えられているその大樹海林自体に人が寄り付くことは滅多にないにも関わらず、森自体がそこまで荒れず整った状態であり続けているのは、自然由来の万物の力であるのか、はたまた何か特殊な力でも働いているのかは、俺の想像のつくところではない。

しかし、どんなに綺麗な森であっても、人の手によって作られたものは、人の整備が無いと年月に比例して朽ちていってしまうものらしい。

ソルトの案内通り向かい、大樹海林を少し進んだところに『それ』は静かに佇んでいた。それはもはや人の記憶からも忘れ去られたような廃屋。幾度の雨風にさらされ続けたのであろう、屋根は剥がれ落ち、壁は苔むしていないところを探す方が難しい。扉こそついているが、蝶番のネジが取れ切っている以上、扉本来の開閉機能はもはや機能していないに等しいだろう。

「す、すごい。本当にあった……」

案内をしてきたものの、本の知識だけでここまで来たんだ。自分より高い年齢の人物複数人を連れて、道案内をするのはいささか不安だっただろう。実物を見るまで気が気でなかった様子のソルトの目に、微かに安堵の色が宿る。

「ソルトくん、ありがとう! まさか本当にこんな場所があるなんてすごいよ! ソルトくんがいてくれたおかげだね」

「アイリスの言う通りだな。やるじゃん、ソルト。ここまで道案内ありがとうな」

「う、うん。本当にあってよかったよ」

「しかしこれが廃屋……明らかに入ってはまずい空気が漂っているね」

「えぇ。……悪い気が滞留しているのを感じる」

ハクとフィリアの言葉に、ソルトは顔に影を落とす。

「本当に……ここにあの道化師はいるのかな」

「な~に言ってんだ! 俺達はソルトの勘を信じているんだぜ。お前がお前を信じてやらなくてどうする!」

俺はソルトの肩をぽん、と叩いた。

「ほらそこ! ハクとフィリアも! 今更怖くなったんじゃねぇよな? やっぱり入りたく根ぇ、とか無しだぜ?」

「まさか。僕がこんなことで怖気づくなんてありえないよ。……行こうか、フィリア。話によると、この奥にトンネルがあるんだよね?」

「えぇ。……そこから海底洞窟に続いている、という話だけれど……」

「……よし。そうと決まりゃ善は急げ!ってな。俺いちば~ん!」

「あ! 私も! まってフライングだよラルフー!」

「僕達も行こう。くれぐれも離れないようにね」

俺は先陣を切って廃屋に入る。アイリスも一拍遅れて俺に並び、ハク達も後ろに続いた。

「……これか。トンネル」

部屋の奥には分かりやすく、大きな穴が口をひろげていた。俺達は一歩、一歩と歩みを進める。静謐で冷ややかな空気が立ち込めるその場所は、俺達の足音をよく反響させる。

「うん……? なんかこっから壁が代わって……?」

廃屋の壁と同じく、トンネルの中は苔むした壁で覆われていた。湿度が溜まりやすいのか、じめじめとした空気感を漂わせていたが、そんなトンネルの雰囲気がつぎはぎでもしたかのように不自然に変わっている。俺の進もうとしている先が、ある一定の場所を境にして真っ黒な石畳のトンネルへと変貌しているのだ。

「……不自然だね。トンネルとトンネルを繋ぎ合わせでもしたのか……?」

「……行ってみるしかねぇな」

俺達は歩みを進める。進んでみればそこは今まで通ってきたトンネルと何ら変わりはなく、ただただ変わらない空気感が広がっているだけのようだ。

なんだ。少し神経質になりすぎたか。そう、俺が気を緩めた刹那。

「っ!」

あたりの空気が一気に重たくなるのを感じた。空気が一気に質量を含みだす。重力に押しつぶされそうな不快感。踏みしめるのが難しく、足から力が抜けて膝をつけば、視界が渦をまいて空間が白み始める。

「なんだ⁉ これ……!」

「意識、が……」

驚愕した言葉を口にする間もなく。他の奴らの様子を確認する前に、俺の意識はそこで途絶えた。



*ラルフ ~アルドニア王国「王都ハーランド・海底洞窟」にて~


「……う……」

次に目が覚めた時には、最後に見た廃屋とは全く異なる景色が広がっていた。ところどころ崩れ落ちた黒い岩。染みわたる湿度でじめじめとしている。岩の隙間からは水滴が零れ落ち、海独特の塩水の香りが充満している。

「ここは……海底洞窟、か?」

「ラルフ。目が覚めた?」

俺の顔をアイリスが覗き込んでくる。

「アイリス! 無事か?」

「うん。私だけじゃない、ハクやフィリア、ソルトもちゃんといるよ」

あたりを見回すと、洞窟内を警戒しながら探索している三人の姿を視界にとらえた。俺が目覚めたのに気づいた三人が、探索をしながら俺の方を振り向いた。

「よかった。目が覚めたみたいだね」

「ハク。フィリア……ソルト。お前らも意識失ってたのか?」

「うん。急に……なんだか眠たくなって……」

「……人が寄り付かず、暗いところには魔力も蓄積しやすい。トンネルには不思議な魔力が溜まっていたようですね。トンネルが直接海底洞窟に繋がっていたのではなく、トンネルをくぐった者をワープさせる仕組みがあった」

「そんな仕組みが……? なんか気持ち悪いな。ここにシャドウがいりゃいいけど――」

「うわぁっ!」

「っ! どうしたソルト!」

洞窟内を歩き回っていたソルトが悲鳴をあげた。俺達は急いでソルトがいる場所へと駆け寄る。俺達の方から見ると大きな岩で死角になっていたが、どうやら奥に空間は続いているらしい。洞窟のさらに奥をじっと凝視するソルトの視線にならって、俺達もそちらを覗き見る。

「……っ! なぁおい、これって!」

目の前の光景に俺は背筋が凍る。洞窟の奥にはさらに広い空間が存在しており、目の前には無数の子ども達や修道女達が、折り重なっていた。無造作に倒れるその姿は人形のようでもありながら、生々しいほどのその質感に、本物の人間であるという事を嫌でも感じさせられる。

「やぁ♪ ご機嫌はいかが?」

背後で、声がした。俺は咄嗟に飛びのく。昨夜聞いた、嫌でも耳に残る声。

しかし振り向いてもシャドウの姿は無い。

「こっちだよ♪」

さらに声がした。肩に触れられる感触に、俺は身の毛がよだつ。

「っ! やめろ‼」

「も~。ちょっとした挨拶じゃないか。やめろ、なんて酷いなぁ」

洞窟の最奥でくすくすと笑い声がこだまする。再び正面を見ると、そこに声の主である奇妙な男はいた。

昨夜会い、そして俺達が追ってきた相手だ。

「っ、シャドウ……やっぱりここにいたんだな」

「うん♪ 僕を追いかけてきたんだろ? よく僕の居場所がわかったね。ここをよく知る博識な子でもいたのかな?」

「……っ」

シャドウは目を細めてソルトを見る。ソルトの身体が恐怖で硬直するのが目に見えてわかった。俺がソルトを守ろうとするより先に、フィリアはソルトの前へと立ちふさがる。

フィリアは怒りを含んだ形相でシャドウを見ている。その腕の中。シャドウの腕の中には、ドロシーが変わらず眠っていた。

ソルトも気が気でないのだろう、ずっとフィリアの後ろで、シャドウの腕の中から目を離せないでいる。ドロシーの様子は暗く、この距離からは確認が出来ない。

「……おい、聞け! シャドウ」

俺は剣の鞘に手をかけ、警戒したまま一歩、シャドウへと距離を詰める。

「もう鬼ごっこは終わりだ。王都ハーランドの子ども達の奇怪な行方不明事件。事件の黒幕はお前だったんだな!」

「あはっ! 御名答だよラルフ♪ なかなかミステリー要素の詰まった面白い事件だったろう?」

シャドウは心底愉快そうに笑う。笑い声が耳に入り込み、頭の中を逆なでする。それがとても気持ちが悪い。

震えていたソルトが、耐えかねたようにフィリアの影から飛び出す。怖がっていた様相とは今やかけ離れ、憎しみをこめた目でシャドウを睨みつけた。

「……貴方の目的は何ですか。大人しくドロシーを……、……僕のお父さんとお母さんを返してよ!」

「君のパパとママ? ……あぁ。君、三年前僕が取り逃がした子どもだものね」

ソルトの顔を見て「う~ん」と困ったようにシャドウはうなる。

「残念ながら~…一度死んだ命ってもう戻ってこないんだよねぇ」

「……っ!」

「でも、君を『向こうに送って一緒にしてやる』ことは出来るかな♪」

「っ! 僕は……死なないぞ! 生きて……シャドウ、君をやっつけてドロシーを助けるんだ!」

「も~。威勢だけはいいんだから……今もそうやって、ただ守られているだけの君に何が出来るのさ」

「っ、そ、れは……」

「う~ん……でもこの女の子がほしいんだっけ? いいよぉ。もういらないからさ♪」

「……えっ?」

唐突なシャドウの言葉にソルトや俺達は目を丸くする。シャドウは宣言と同時にドロシーを抱く力を緩めると、雑に背を突き飛ばし俺達へとドロシーの身を引き渡した。

「ドロシー!」

ソルトが咄嗟に腕を広げて、ドロシーの事を抱きかかえる。

「ドロシー! ドロシー、目を覚まして!」

ソルトは必死になってドロシーを起こそうとする。な、なんだ。随分とあっけなくないか?

「……どういうつもりだ? シャドウ」

「そんなこわい顔しないでよ~。あ! 先に言っとくとちゃあんと生きてるよ。ほら、目~開けた♪」

「……ん……」

ソルトの揺さぶりに反応するように、ドロシーがうっすらと目を開く。フィリアもさすがに予想外の行動だったようで、ドロシーを見、しかしシャドウを依然として睨み続けている。

「っ! ドロシー! 大丈夫⁉」

「……ん。あれ、ソルト?」

目をこすって、ドロシーはじっとソルトを見る。暫し虚ろな目をしていたが、ふいにぱっ!と笑顔を向けて立ち上がった。

「ふふっ! そんな顔をしてどうしたの? 何かあった?」

「……え。ど、ドロシー……?」

「あれ。勇者さんにフィリアまでいるのね。……あ! ピエロさんも! 何なに、もしかして何か楽しいことが始まるの?」

「た、楽しいこと? 何言ってるんだよドロシー、君はあの道化師に連れ去られて……」

「連れ去られて? ……それよりソルト! 私ここ寒くて嫌いだわ。早く出ましょう?」

俺達の険しい雰囲気とは裏腹、この場にはミスマッチなほどににこやかな表情を浮かべるドロシー。

その様子がどこか恐ろしく、冷たいものが走った。

「……あ……はは、……」

ソルトは震えながらへたり込む。その様子をくすくすとシャドウが嗤っている。

「ねぇ……ラルフ、これって……」

「あぁ……これ、ドロシーがおかしい」

「ふふ。皆察しがいいみたいだね♪」

「……何を……」

「うん?」

「ドロシーに何をしたんですか!」

洞窟に響く声でソルトは叫ぶ。力強く睨みながら。

「……へぇ~、君、そんな風にも怒れるんだね?」

「ふざけないでください。貴方の仕業でしょう……こんな、だって、ドロシーはもっと強がりで、怖がりで、暗い場所が大嫌いで絶対心細かったはずで……こんな、怖いことを知らないみたいになるなんて、絶対おかしいんだ……!」

「随分な物言いだね~、お友達の目の前で悪口はよくないんじゃないのかい?」

「悪口なんかじゃ……!」

「ふぅん……まぁいいやっ!」

シャドウはソルトににこにこ手を振ると、俺達をぐるりと見まわした。

「さて! 長話していてもオーディエンスは飽きてしまうよね。カーニバルの前座はこれくらいにして♪ 本日のメインキャストに暴れてもらおうかな♪」

「……メインキャスト?」

「カーニバルと言えば~……やっぱり獣! だよね♪」

シャドウがソルトの目を見て、指をパチン、と鳴らす。

「……ぅ、あっ⁉」

すると、ソルトの身体がびくりと跳ねる。ソルトの目からは光が消え、がくりと首を垂れてしまう。

「ソルトっ!」

「おい! ソルトに何した⁉」

「今に分かるよ……さぁ! ショータイムを始めようか♪」

シャドウがドロシーを抱えて、ひときわ高い岩壁まで浮遊する。

後を追おうとした時。

「っ! ラルフ、危ない!」

「うおっ⁉」

アイリスの声に振り向くと、後ろから迫る影に気付いて咄嗟に身を引く。

その影の正体は。

「……なっ…⁉」

ソルト、だった。

「ソルト⁉ 一体何をしてるの⁉」

「……これは……」

何かを感じ取ったハクが弓を引き絞り、ソルトに標準を合わせる。虚ろな目をしたソルトは四つん這いになり、人外めいたうなり声をあげている。歯をぎりぎりと鳴らし、目の前の獲物に今にも食いかかろうとしている姿は、まるで。

「……獣のようだな」

「……は? ハク……獣って……それって、」

「……魔術だわ」

驚く俺をよそに、険しい声色でフィリアは呟く。アイリスもソルトをじっと見つめ、微かに動揺したように呟く。

「ねぇこれ、このソルトくんの様子、レノンの時の……」

「……レノン?」

俺もじっとソルトを見つめる。意思のない虚ろな目でありながら、確かに宿る攻撃の意思と殺意。その姿を俺達は知っている。こうなった人間は、以前にレノンの海岸でも見た事があった。

「……これ、……アルマドの時と一緒か?」

「アルマド? ……あぁ、そういわれると一致するものがあるな」

「ってことは、あの時のアルマドさんも、シャドウの魔術で操られていたの……?」

「あは! どうしたの? 『これ見た事あるぞ』って顔しちゃってさ~?」

俺達の思考を妨害するかのように、シャドウが頭上から嗤い出す。

「僕の魔術の仕組みを教えてあげるよ。僕はね、目が合った奴を、僕の思い描いた通りに操る事が出来るんだ♪」

「なっ……操るだって?」

「人を操る魔術は禁忌のはず。そんな闇の魔術を使って許されると思っているのですか!」

フィリアの怒号に、シャドウはおかしそうに首を傾げる。

「やだなぁ~、僕別に許しなんていらないもん。それよりそれより! ハーランド事件の真相っ! 知りたくないかい?」

「し、真相?」

「そうっ! 何故僕が子どもばかりを狙うのか! 何故せっかく誘拐した子どもを二日程度で町に戻していたのか!」

シャドウが指をぱちん、と鳴らす。それを合図に、ソルトが思いきり俺達へと間合いを詰めてきた。

「っ、お、おい! ソルト!」

「お願い、目を覚まして!」

くそ! ソルトを不用意に傷つけるわけにはいかない!

俺やアイリス、ハク、フィリアに次々と飛びかかるソルトを、俺達はただただよけ続ける。

目の前のソルトの様相はもはや獣。


子どもの顎の力と言えど、この飛びかかりようからして噛みつかれてはただではすまないことは―――容易に、想像できた。


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