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渾沌のメシア-全てを識る為の物語-  作者: 翠雨
第三章「赤と影のカーニバル」
19/22

#19「シスター・フィリアと悪魔ノックス」

*ラルフ ~アルドニア王国「ハーランド修道院・食堂」にて~


俺とアイリス、ハク、そして、フィリア。

俺達四人は孤児院の静まり返った食堂で、大きな食卓に乗せるには寂しい人数分の食事を囲んでいた。

椅子を横並べにして作った簡易的なベッドの上には、未だ気を失っているソルトが寝かされている。

「まずは……昨夜はとんだご迷惑をおかけしました」

重い沈黙を破ったのは、その場に項垂れ続けていたフィリアだった。あれから俺達は、礼拝堂を飛び出したフィリアの後を追った。アイリスの言葉の通り、孤児院の中はたくさんいたはずの修道女も子ども達も一切の姿を消してしまっていた。目の当たりにしたフィリアの暴走を止めるのもかなりの一苦労だったが、暴走を止めきる前に、燃え尽きたようにフィリア自身が正気に戻ってくれたおかげでなんとか場は収まった。

「落ち着いてくれてよかったよ~。まさかフィリアがあんなに強くなっちゃうなんてびっくりした!」

「あれは……すみません。驚かせてしまいましたよね」

「まぁ、実害も出ているんだ。君に説明の義務はあるだろうね」

「おいおい、ハク! 言い方ってもんがあるだろって」

厳しいことを言うハクを俺は慌てて制する。

「まぁ……ほら! 実害っていっても命に別状はないんだ。フィリアも傷つけたくてやったわけじゃないだろ? ソルトもこの通りだしさ」

ソルトの斬り込まれた箇所は、丁寧に包帯で止血の処置が施されている。処置をしたのはまぎれもなく目の前にいる、フィリア本人に他ならない。ソルトは浅い呼吸でありながらも、たしかな寝息を立てて眠っている。

しかし、確認をしておかないといけないのも事実だ。

「えっと……でもまぁ、この事件を解決するにはどうしても明かさなけりゃいけないもんがあるよな。ハクのこと静止しといてなんだけど……フィリア、嫌じゃなけりゃ色々聞いてもいいか?」

「えぇ、勿論です。……そうですね……」

意を決するような間が空いた後、フィリアは再び小さく口を開いた。

「まず……王都ハーランドに伝わる『殺人鬼』の話は、貴方がたも御存じでしょう」

「あぁ、世界を震わせた『殺戮遊戯』の模倣犯とかいう……」

「……その件については、おおむね察しはついています」

ハクがまっすぐフィリアのことを見て続ける。

「殺戮遊戯の模倣犯、というのは…フィリアさん、あなただったのでしょう」

「……フィリアが? ……ってことは、あのシャドウとかいう奴が言っていた『フィリアが殺人鬼』だっていうのも……」

「えぇ。……皮肉なことに、あの道化師の言う通りです。信じがたい話だと思うけれど……私の中には悪魔が宿っているの」

「……あ、悪魔が?」

突拍子もない言葉に、アイリスが思わず聞き返す。

「えぇ。……これを見てください、皆さん」

フィリアが手鏡を取り出すと、自分に向けて顔をうつす。

「……な⁉」

すると鏡の中のフィリアは、先程見ていたフィリアと同じ顔をかたどって口元に弧を描き始めた。

「なにこれ……魔法……?」

「ふふ。……そう見えますよね。これが……私の中に宿る悪魔。もう一人の私。彼女は『ノックス』」

「……ノックス?」

うっすらと笑うその姿は、目の前にいる重いフィリアの表情とは対照的。鏡の中のフィリアは人外めいた赤色のような、金色のような形容しがたい瞳をしていた。

「戦争の多いこの時代……私もまた戦争孤児なんです。幼い頃、命を落としかけていた時に『彼女』に出会ったのが始まり。私の身体を貸すことを条件に、私の命を救ってくれたんです」

「……まるで別人のように言うんだな。『彼女』っていうのは、フィリアの言う悪魔の事だろ? 悪魔は何でお前を助けたんだ? ……身体を貸すってどういうことなんだ?」

「ノックスは……自分の身体は無いんです。その昔、殺戮遊戯と呼ばれた大量殺戮集団がいたとされているでしょう。彼女はその彼らの意識体のようなものだと言っていたんです。生まれ変わりだとも」

「生まれ、かわり……?」

「……かつて殺戮遊戯の一人に、『ヨル』という名前の男がいた。東洋の言葉で『夜』を指す……だから、アルドニア王国の言葉を借りて『ノックス(夜)』。……自分との差別化はしたくて、私が彼女にそう名付けたんです」

鏡の中のフィリア……否、ノックスは、依然として嗤っている。鏡の中から言葉を発することは出来ないのか、ただうっすらと嗤うだけの彼女を見ながら、フィリアは小さく溜め息をつく。

「何で助けたかは……これで察しはつくでしょう? 彼女は身体が欲しかった。私は悪魔の力で簡単に死なない程度には強くなれた。……けれど、……手を貸してくれると言えど、彼女は悪魔。人を殺す事に対する狂暴性は顕在で。彼女はとても強いけれど、……手段のためなら、見境が無くなってしまうの」

「……それが、昨夜の行動の理由ってところか」

「……ソルトには怖い思いをさせたと思っています。……けれど、ノックスは私の『ソルトを助けたい』思いに応じて力を発揮してくれただけだから……ソルトを本気で殺そうだなんて思ってはいなかったはず」

「……随分信頼しているんだな。自分の子を怪我させたのに、そう言い切れるなんて」

「……腐っても、恩人ですからね。彼女は」

フィリアは首をすくめて、鏡を人撫でする。

「この強さを利用して、私とノックスは長い事このハーランド修道院を守り続けてきた。……私は彼女と共存を願った。聖職者と悪魔、本来交わることは禁忌だけれど、私達の戦闘能力を買って、この願いをノルヴァスの幹部――シェイザード様は許してくださったの」

「『シェイザード』……あれ? ノルヴァスの幹部ってウェイルさんじゃなかったっけ?」

「今はそのような方が統括されているようですね。しかしウェイル様とシェイザード様は別人……。シェイザード様は、ウェイル様のその前の方です」

「……前? 違う奴がいたのか」

「えぇ。…三年前、以前の王政から一斉に人が入れ替わったでしょう?」

「……え? 『王政から人が入れ替わった』……?」

知らない出来事に俺は戸惑いの声を漏らす。そんなの初めて聞いたぞ。何だ、それ。

「あぁ、すみません。彼、記憶があいまいな部分がありまして」

すかさずハクがフォローを入れてくれる。

「あら、……そうだったのですね。それは……苦労をされていることでしょう」

「い、いえ、そんな! 全然!」

俺は咄嗟に首を振る。

「むしろ話の腰折ってすみません。じゃあ……三年前のそのノルヴァスの幹部の人と、フィリアは関わりがあったんですね」

「えぇ。最も、ノルヴァスはオーラニア王国の三大柱のひとつではあるけれど、私達にとってはルミエラ教徒を統括するトップにあたる存在でもある……悪魔と存在を共にするだなんて本来は禁忌。それをシェイザード様は信用し、私の事を黙認してくださいました。……もしもの事があれば、国の追われ者になる可能性さえあるご決断だったというのに」

まるで尊敬しているかのような声色で、フィリアは話す。シェイザード、か。フィリアがここまで尊敬し、そしてそこまでの決断をする人物だ。さぞ立派な奴なんだろう。

「……でも、その好意をたった昨晩で私は無に帰してしまった」

しかし、フィリアはすぐに顔に影を落としてしまう。

「間に合わなかった。……私は、……あの道化師にグレイの首を奪わせてしまった」

「……フィリア、さん」

アイリスがそっとフィリアの背中を撫でる。その目には涙が浮かんでいる。

「……ありがとう、アイリスさん。……でも、私達は子ども達の安全を守ることが存在意義。……見せしめにされて……奪われたグレイは……もう戻ってこない……」

フィリアはぐ、と拳を握りしめる。その拳は少しずつ震え出し、小さく呟いた。

「…………『許さない』」

声色が一層、低くなる。フィリア自身の瞳が、手鏡の中のノックスと同じ金色を帯び始める。フィリアの様子が再びおかしくなり始めていることは、すぐに分かった。

「っ! フィリアさん、まって、」

その時。

「う……」

気を失っていたソルトがうめき声をあげた。フィリアもそれに反応して咄嗟にソルトの方を見る。瞳の色はふっと、元の青色に戻っていく。

「……! ソル……」

「……ドロシー!」

フィリアが声をかけるよりも先に、がばっと勢いよくソルトが身を起こした。

「あ……!」

思わぬタイミングでのソルトの意識の覚醒に、フィリアが瞳を震わせる。ぐらつく頭を抑えながら立ち上がろうとするソルトを、俺は慌てて制した。

「ソルト! そんな急に起きるな、気ぃ失ってたんだぞ」

「え、……気を……、っそんなことより! ドロシーは⁉ドロシーはどこ⁉」

「お、落ち着けって。せっかくフィリアが止血したのにまた傷開いちまうだろ」

「止血? ……あ、……これ……、っ痛、」

傷に意識がむいていなかったのか、自分の身体にまかれた包帯を見た途端に顔を歪める。

「……ラルフさんの言う通りです。今は安静にしてください、ソルト」

「……あ、……フィリア……、……」

フィリアがソルトの顔を覗き込む。ソルトは反射でか、少しだけ距離を取るように身を引いた。その行動を見て、フィリアはふ、と目を細める。

「私が怖いですか」

「……あ、……えっと、……」

「いいのですよ。無理もありません。……貴方を斬ったのは私ですから」

小さく微笑むフィリアにソルトの瞳が揺らぐ。言葉に迷うように、ソルトは拳を握る。

「ち、がう。ちがう。わ、かってるんだ。フィリアは僕を助けようとしてくれて、それで、僕を斬るしかなくって……」

ソルトは自分に言い聞かせるようにつぶやき続ける。そんなソルトを落ち着かせるように、フィリアは優しく抱きしめた。

「……あ……」

「……ゆっくり、落ち着いて。……ひとつひとつ整理して……ソルトは今、何が一番したい?」

耳元で、小さな声で、フィリアはソルトに言い聞かせるように問いかける。動揺していたソルトの挙動は、少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。

それに比例したように、思い浮かんだ不安を零すように、ソルトは震える唇をゆっくりと動かす。

「……あ、あぁ。どうしよう、フィリア。ぐ、グレイが、死んじゃった。ドロシーは、あの道化師がつれていって、どうしよう。ドロシーが、ドロシーを、助けないと、」

「……そう。そうね。よく言ってくれました。……怖いのに、ちゃんと気持ちを口に出来て、偉いわ」

フィリアがソルトの背中に手を添え、ゆっくりと撫でて語りかける。

「……助けましょう。必ず。……あの道化師は子どもが目的だと言っていた。あの場で殺さず連れ去ったのなら、ドロシーを生かしておく必要が向こうにはあるはず。……だから、大丈夫。早くあの道化師の居場所を突き止めましょう」

「……そうと決まれば、私達の出番だね?」

フィリアの言葉を受けて、アイリスが険しい顔をして俺とハクの方を見る。それに同意するように、俺達も大きく頷いた。

「……ありがとう。旅人の皆さん。巻き込んでしまってごめんなさい」

「良いんだよ。というか巻き込みではねぇって。あの道化師が三年前から好き勝手してんなら、このまま野放しにしていちゃ余計に大変なことになるだろ? それに、……俺もグリフォレイドには用があるからな」

「俺も、じゃなくて俺達も、だろう?」

意気込む俺の肩にぽん、とハクが手を置く。

「フィリア、ソルト。この事件は誰のものでもない。解決出来る手段がある者は関わるべき事象だ。僕達であの道化師を探し出そう」

「っ、……ラルフさん、……アイリスさん、……ハクさん。皆、……ありがとう」

ハクの言葉にソルトは瞬き、しかし悲し気に俯いた。……不安はそう簡単にはぬぐえないよな。

「あっ……でも助けるってどうやって? シャドウがどこに行ったかはわからないよね?」

アイリスがうーん、とうなりながら頭に手を当てる。それもそうだ。王都ハーランドだけでも土地の広さは計り知れない。そう遠くへは行っていないだろうが、魔力の強さは未知数の奴だ。遠い場所にワープでもされていたら、それこそ何度日が暮れようと雲をつかもうとしているだけで終わってしまう。

「あぁ。……参ったな。何か心当たりがあればなぁ……」

アイリスに並んで俺も頭を抱えてしまう。そうして食堂に沈黙が流れようとした時。

「……都市伝説……」

「……ソルト?」

ソルトがぽつりとつぶやいた。

「……都市伝説だ。この町の伝説……」

「この町の?」

「ドロシーとグレイ、三人で突き止めたんだよ。この町を抜けたはずれには異世界へ通じると言われている巨大な樹海があって、伝説を信じ樹海に入った者が次々と行方不明になっているって……」

「……それ、本当ならかなり重要な情報じゃないか⁉ な! フィリアさん!」

「え⁉ ……え、えぇ。……いつのまにそんな情報を得ていたの? ソルト」

「……グレイが、見つけてくれた本に書いてあったんです。……血とか、事件とかいっぱい書いてあるやつで……本当は子どもは読んじゃいけないって、フィリアには言われてたやつだけど……」

「……そう。……グレイが……」

ソルトが口にした名前に、フィリアの瞳が揺れる。ソルトの言葉を咀嚼するように、フィリアは眉間にシワを寄せた。

「……いかにもあの道化師が好みそうな場所。王都ハーランドで類似する場所といえば……大樹海林、かしら」

「大樹海林?」

「……アルドニア王国に隣接する魔性の森よ。森の入口に廃屋があって、その地下トンネルを突き進むと海底洞窟があるの」

「海底洞窟……って、またきなくさいものが出てきたな」

「古くからあの場所は嫌な気が取り巻いているから、立ち入り禁止になっている場所よ。普段は人は一切寄り付かない場所だけれど……闇の者にはそんなの関係の無い話でしょう。ソルトの話と掛け合わせるならば、そこで何か企んでいる可能性は高い」

「なるほど……怪しい場所は洗うに越したことは無いな。……よし! そうと決まりゃ行ってみよう。ソルト、案内頼めるか」

「おい待て! 子どもを連れていくっていうのか? 危険すぎるだろう」

「お前な~。さっき言ってたろ、これは『誰かだけの事象じゃない』『何とか出来る手段がある奴は関わるべき』だって。……ソルトにはグレイとドロシー三人で集めてきた知識がある。だから大丈夫だ」

「……たしかに、言ったけれど……」

「それに!」

俺は満面の笑顔を浮かべてソルトに向き直る。

「なんてったってこういうのは本人の意思だろ。……ソルトは行きたいって言うはずだぜ。……な?」

「……うん。僕も行く。行かないと」

「……全く。何があっても腰を抜かしている暇はないからね?」

ソルトの様子を見て、ハクはふ、と目を細める。

ソルトの意思も飲んでくれるようだ。

「……よし。善は急げ、だ。ドロシーを、そして子ども達を迎えに! 行くぞ、海底洞窟!」

俺は剣の鞘を腰につけ直すと、食堂の椅子から席を立った。


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