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渾沌のメシア-全てを識る為の物語-  作者: 翠雨
第三章「赤と影のカーニバル」
18/22

#18「暴走」

*アイリス ~アルドニア王国「ハーランド修道院・礼拝堂」にて~


私は焦っていた。一刻も早く知らせるべき出来事が起きてしまったからだ。

物音ひとつ聞こえない、人の気配がない夜。ヒュドラの町で感じたものと同じ感覚。私はこの感覚に覚えがあった。妙な胸騒ぎがして、ハクに話した。ハクと確認して、そして、今。

夜の修道院の廊下を、私とハクは駆けていた。

「ハク! ラルフは本当にこっちにいるの⁉」

「あぁ、そのはずだ……耳のいいニアが、ラルフの教えてくれているからね!」

「そうっ……なら、早くラルフを見つけないと!」

野生の勘が鋭く、そして耳もいいニア。ニアの言葉が分からない代わりに、ハクが私にニアが言っている事を伝えてくれた。

ニアの言っている事は間違いないようで、今私達が向かっている方向から、何やら言い争っているような声が聞こえてくる。

「これ、ラルフの声?」

「フィリアの声もするな。でも様子が何か……いや、それよりまずい。奇妙な男の声がする」

「ねぇ、それってもしかして大翼の獅子団(グリフォレイド)の……」

「可能性が高い。……あそこだな、突撃するぞ!」

突き当たった先には大きな扉。金色の装飾であしらわれた豪勢な扉が、私達の行く手を塞いでいる。

ハクはその扉をものともせず、走っているその勢いで思いきり蹴りあげた。ドン!と大きな音を立てて扉が開け放たれる。

開け放たれた先は礼拝堂のようだった。私はハクが開けてくれた扉を走り抜け、そのまま目的の人物のもとへと走り寄った。

「ラルフ! 大丈夫⁉」

「っアイリス、ハク! おせーぞ! ……って、おい、待て!」

ラルフは飛び込んできた私の姿を見て戸惑ったような表情をする。

しかしすぐに目線を何もない方向へと向け、まるでそこにいた誰かに浴びせるように叫ぶ。

「ラルフ、一体何が……ッきゃああああああ‼」

私は荒れた礼拝堂を見渡し、そして、うなだれるソルトの足元に転がるものを見つけてしまった。それがグレイの頭部だということは、嫌でも理解が出来てしまった。

「う、……うそ……なんで…………なんでこんな…………」

「この匂い、血の……。……! グレイに、ソルトまで……。何があったんだ」

狼狽える私の隣に立つハクも、この惨状に戸惑っている。ソルト、と自分の名前を呼ばれてぴくりと反応したソルトが、ゆっくりと私達を見上げた。

「…………」

「! そ、ソルトくん!」

一瞬、笑ったのもつかの間。私達の事を目にとらえた瞬間、ソルトはぐらりと地面に倒れ込んでしまった。頭をぶつける前に、すんでのところで私はソルトを抱き抱えた。

刹那。

「……きゃっ!」

「っ‼」

突然、フィリアが私に向かって距離を詰めて切りかかってきた。すんでのところでハクが弓を剣がわりにして、フィリアの剣の刃を受け止めてくれた。

「ふぃ、フィリアさん……⁉ なんで……」

「何しているんだ、フィリア‼」

「そいつに何言っても無駄だ‼ 暴走してる‼」

「暴走っ⁉ なんでだ!」

「わかんねぇ! そいつ、シャドウからソルトとドロシーを守ろうとして斬り込んだんだよ! そしたらそっから様子がおかしいんだ!」

「シャドウ……⁉ まさか、さっきまで聞こえた奇妙な声はそいつのか……?」

「とにかく来てくれて助かった! こいつは俺がなんとかする! アイリスはソルトを! ハクは寮で寝ている子ども達を避難させてくれ!」

「っ! ラルフ、それが……きゃっ!」

「っ!」

ソルト、という言葉を聞いた途端、再びフィリアが私に剣を向ける。早い攻撃にハクは受け止めるのに一瞬反応が遅れ、無理やり受け止めたのか弓を持つ手が一瞬ぶれる。

「チッ……くそ、早いな!」

ハクが作ってくれた隙を利用して、私はソルトを抱えて何とか立ち上がり身構える。抱き抱えたまま杖を構えることは難しい。私はそのまま一歩、後ろに下がって距離を取る。

フィリアも剣を引いて構え直す。ハクが私とフィリアの間に入り、弓矢を装着して引き絞る。

フィリアの顔を見てぞっとした。表情こそ笑顔だが、その口はうっすらと弧を描いている。昼に見た笑顔とは全く違う笑み。温かな笑顔とは程遠い冷えた笑みに、私は背筋が凍る間隔を覚える。

何より異質なのはその目だ。瞳は静かな青色から、細長い瞳孔の人離れした赤色の瞳へと変化している。

「フィリア! お前の相手はこっちだ!」

ラルフがフィリアの気を引こうと叫ぶが、瞳はまっすぐソルトのことを見つめていた。その様子に、私は微かな違和感を覚える。

完全な暴走をしているわけではない。フィリアにもたしかな意思があって、攻撃する相手を選んでいるように思える。

もし、そうなのだとしたら。

「アイリス。フィリアはたぶんソルトを狙ってる」

ハクが背を向けたまま、私に小声で伝えてくる。きっとハクの言う通りだろう。でも、私の中にはもっと別の可能性があった。

もし私がフィリアの立場で、私が今庇っているのがミカエルだったなら?

助ける事だけを考えなくてはならない時にそんな場面を見たら、私達がソルトに危害を加えようとしているって、思ってしまうかも――。

「っフィリア!」

「……っ、アイリス⁉」

気付けば私は、守ってくれているハクの腕を掴んで身を乗り出していた。

「聞いてフィリア! こんなことをしている場合じゃないよ! 孤児院が大変なことになっているの!」

「いやおいっ! アイリス! 火に油を注ぐなって!」

ラルフの焦りより先に、きらりとフィリアの目が瞬く。身を乗り出した私に標準を合わせたフィリアに畳みかけるように、私は叫んだ。

「大変なの。孤児院の子ども達が全員どこにもいなくなっちゃったの!」

「……は⁉」

私の言葉に、フィリアに代わってラルフが驚愕の声を漏らす。剣を構え直していたフィリアも、半ば反射的かのようにぴくり、と静止した。

「おい、それは本当か……っておい! フィリア⁉」

そうなってからは早かった。

あっという間に身を翻すと、フィリアは礼拝堂の出口へと走り出す。人間離れした速さで、みるみるうちに廊下の向こうへと遠ざかっていってしまう。

「い、いっちまった……」

「ソルトに関する干渉を全て危害とみなしているからこそ、アイリスのその言葉が通るのか。それは読めなかったな」

「分析している場合か! おいアイリス、今の言葉は本当か⁉」

「う、うん。元々私とハクはそれをラルフに教えに来たんだよ」

「夜があまりにも静かすぎてね。妙だってニアが異変に気がついたんだ。それで孤児院内を徘徊したら、人の気配が全くもって消えている」

ハクのストールの中から丸まったニアが顔を出し、礼拝堂の出口に向かって『チィチィ』と鳴く。まるで『後を追え』とでも訴えているようだ。

「参ったな……目的と手段が逆転しているのは、思考能力が低下している証拠だ。攻撃は止められたが、あのままフィリアが暴走しないといいけれど」

「心配だな、俺達も追うか。行くぞ!」

気を失ったソルトをラルフが背負い、走り出す。私とハクはラルフにうなずくと、礼拝堂の外へと走り出した。

廊下の窓からは光が射しこむ。子ども達を夜に置き去りにしたまま、静かな朝が迎えられようとしていた。


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