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渾沌のメシア-全てを識る為の物語-  作者: 翠雨
第三章「赤と影のカーニバル」
17/22

#17「道化師シャドウ」

*ソルト ~アルドニア王国「旧アルネスト村」にて~


あの日、僕に手を差し伸べたのは。


***


ぼやけた意識にピントを合わせるように、僕はゆっくりと目を開いた。そこは先程までいたはずの僕の家ではなかった。薄暗い小屋のような場所。肌寒い空気を、蝋燭の灯りだけが照らしている。見渡すと僕を取り囲むように壁があり、一見狭い空間のように思えたが、天井からつるされた布が個室を作り出しているだけのようで、実際はその奥にも空間が続いているようだ。僕の寝そべっていた身体の下からは、ほつれた布切れが微かな埃の臭いを醸し出していた。

「気がつきましたか」

 誰かの声がした。僕は反射的に布団をかぶり、眠っているふりをする。僕の様子に気付いたのか、かまわずその声の主は近づいてくる。

「……あら、……まだ眠たいかしら。さっきは布団をかぶっていなかったように思えるけれど…」

落ち着いた声。聞きなれない声のはずなのに、その声はどこか僕を安心させた。

それより、この声の主の言葉。どうやら僕が狸寝入りをしているという事はバレているようだ。

「……」

おそるおそる、布団の中からその声の人物を覗き見る。そこには、黒いローブに身を包んだ眼鏡の女性がいた。

眼鏡を隔てた青色の目が、僕の事をじっと見下ろしている。

そして一見黒いローブからはよく見えないが……女性のローブから強い血の匂いが香る。

「……っ!」

その香りに、一瞬にして僕は意識を失う前の出来事を思い出す。ピエロの恰好をした笑顔の男。「遊戯をしよう」と言われて首を撫でられたこと。あの時の首の感触を思い出し、僕はひゅっと息が詰まる。

「! ……大丈夫よ。大丈夫。息を吸って」

「ひゅっ、……ひゅ……はっ……」

目の前の女性が慌てたように僕の身体を起こす。背中をさすられているうちに、詰まりかけた僕の息はいくらかマシになってくる。

「……す……みませ……」

「謝らないで。……少しでも落ち着いたかしら……?」

「……あ、の。……貴方は…誰?ここは……?」

掠れた声で、どうにか言葉を絞り出す。

「……フィリア。王都ハーランドで修道女をしている者です。ここは旧アルネスト村の離れに携えた、ハーランド修道院の所有する臨時救護施設。貴方のような旧アルネスト村の被害者達を、ここに避難させるところよ」

「……ひがい、しゃ…」

僕は聞いた言葉の意味を理解するために、ゆっくりとそれを繰り返す。

「……あ、の……僕のお父さん、と、お母さんは……?」

「……」

僕の問いに、フィリアは逃げるように目を伏せる。その行動に、僕はすべてを察してしまった。

「あ……いや、だ……うそ……ですよね…?」

「……貴方のお母さんたちだけではないわ」

フィリアと名乗った女性は、僕のベッドの周りを囲んでいた布のうち、片方をめくってみせる。そこには敷物の上に、大勢の人が寝かされていた。旧アルネスト村の住人。全員、僕の見知った人物だ。

「そ、……そんな……これは……」

「……謎の男の襲撃に遭ったみたい。残念だけれど……彼らはもう……」

僕は茫然と、その人の群れを見る。ぼうっと目を滑らせている中で、僕はある二人の姿を見て思わずベッドから飛び出した。

「! お父さん、お母さんっ‼」

「あ……っ! 待って、安静に……」

フィリアの静止も聞かず僕は二人に駆け寄る。布がきつく撒かれ、止血こそはされている。しかし触れると、とうにそこに人の温度感は無かった。

「あ、……あぁ……あぁ…‼ お父さん、お母さん……‼ 笑ってよ、いつもみたいに笑ってよぉ……‼」

「……」

「なんで⁉ 僕が、僕が悪い子だから⁉ 僕が何か悪い事しちゃったから……⁉ かえってきて、……かえってきてよぉ……」

吐き気と涙とせりあがる感情に、僕はぐちゃぐちゃになっていた。しかしいくら泣き叫んでも、目の前の二人は僕の言葉に反応することはなかった。

「……っ」

側に来ていたフィリアに優しい力で抱き寄せられる。フィリアの鼓動が、耳元で伝わってきた。

「ごめん。ごめんなさい。すべては私が悪いのです。私が……異変にもっと早く気付けていたら……」

「なっ…! んで…、…フィリアが謝るんだよぉ……っ!」

「……私は、偶然近くに用があって来ていて……その帰りに風が悲鳴を運んできたものだから、何事かと思って見に来てみたの。……行ってみればまさかこんなことになっているなんて。……貴方の身柄を確保した後、村の中を確認したけれど……貴方が最後の村の生き残り、のようだった」

「……それって」

僕は震える声で問う。

「……それって、僕以外は全員死んじゃったってこと……?」

「……受け入れがたい事実、だと思います。こんな話をするには……貴方はあまりに幼すぎる」

「……は、……はは……なんだそれ……」

止められない涙がただただ零れ落ちる、感情のコントロールの仕方なんて、とうにわからなくなっていた。

「……とにかく、救援を呼んだから……この方達は、しばらくハーランドの修道女で見て……王都で準備が整い次第、正式に弔いましょう」

「…………」

僕が、村の人達が一体何をしたというのだろう。あのピエロの男の人は、僕達に何か恨みを持っていたのかな。怒っていたのかな。僕、何か悪い事をした?

 僕の脳内に先程の風景が走馬灯のように蘇る。人を殺す事を楽しんでいるような笑顔それはまるで人の形をしただけの怪物のようだった。

「貴方もね、命を狙われかけていたのですよ。あの時あの人を追い払っていなければ……大変なことになっていました」

「……フィリアが……守ってくれたの……?」

「……えぇ。……あと少しで、貴方の首ははねられていた」

フィリアの言葉にぞっとする。僕は繋がっている首筋を、震える手で撫でた。僕の行動に要らぬことを言ったと感じたのか、バツが悪そうにフィリアは目を伏せる。

しかしすぐに僕の目に、自分の目を合わせてきた。

「……とにかく、旧アルネスト村は今や壊滅状態。追い払ったというだけで、あのピエロの男はまだ生きています……貴方の身柄を守る為にも、今後はハーランドの孤児院で、貴方の事を守らせていただきたいのです」

「……いい、の……」

「えぇ。もちろん」

黒い怪物のように、窓の向こうの木々が風に煽られて大きく揺れる。僕には力がない。無力でしかない。死んでしまったんだ父や、母を目の前にしても、こうして怯える事しか出来ない。

 それなら今は、少しでも助けてくれる大人を頼るしかない。

「……ねぇ。貴方のお名前を聞いてもいい?」

僕の事を安心させようとしてくれているのか、優しい声色でフィリアは問う。

「……ソルト。………ソルト……って、言います」

僕は変わらずかすれた声で答える。僕の回答を聞いて、フィリアは優しく微笑んだ。

「……ソルト。……あぁ。いいお名前ですね。ご両親から素敵な贈り物をもらいましたね」

「……う、………うあぁ……‼」

フィリアの言葉に僕は再び涙を流す。しゃくりあげるようにして僕はその後、フィリアの腕の中で涙を流しながら夜を過ごした。


***

廃墟化した旧アルネスト村で怯えてた僕を保護したのは、王都ハーランドに立つ教会の修道女。孤児院を経営するシスター・フィリアだった。

僕とフィリアが出逢って三年。旧アルネスト村の惨殺事件は、アルドニアの人間は知らない人がいないほど、有名な事件になっていた。

そして、僕がその事件の生き残りだということは、フィリアやそのほかの修道女達が根回ししてくれて世間では伏せられている。

元々こんな世間では、身寄りの詳細自体分からないというのも稀な話ではない。僕の生まれや生い立ちは、フィリアとそのほかの修道女、そしてドロシーとグレイだけとなっている。 

孤児院の子どもになって以来、僕は近くの図書館であの日の犯人を調べ続けた。何が出来るわけではなかったけれど、それでも真相を知りたかったから。

しかし実際はというと、現実に起きた事件は教科書に載るような表面上の出来事しか記されておらず、本で得られる知識には限界があった。

やはり知識だけ得たところで、なのだろうか。


あぁ。


力がほしい。



*ソルト ~アルドニア王国「ハーランド修道院・礼拝堂」にて~


待ちわびた声。捜していた声。聞きたくもない声。声の主と目が合う。声の主は、僕の目の前に来て。

道化師は、僕ににっこり微笑んだ。

あぁ、だめだ。

殺される。 

「立ち去れっ!!」

その時。道化師の背後に立ち、思いきり剣を振り下ろす影があった。

「……もう。『相変わらず』邪魔するのが得意だなぁ」

道化師は背後を見ないまま身体をくねらせ、ナイフをかわす。そのままひょいと僕達のそばから離れてみせた。

一瞬の、ことだった。

「これ以上指一本触れさせてなるものかっ!」

その場を制するように響く声。声の持ち主は僕達の前に立ちふさがる。その姿を見て、僕は目を見張った。

「ふぃ、……フィリア……!」

「……大丈夫。もう大丈夫ですから」

いつも見ている温かな背中。僕の方は見ないまま、フィリアは小さな声で呟く。

「…あぁ、久しぶりだね、修道女さん。三年ぶりだっけ」

道化師はにこやかに話す。

「えぇ、大体それくらいかしら。……あの時と何も変わっていませんね。そのふざけたお顔は」

「ふふっ♪ 褒め言葉として預かっておこうかな」

上機嫌に笑う道化師の顔が、より一層不気味に思える。僕はすくむ足をどうにか動かして、気を失ったドロシーのそばまで歩み寄る。

「それで? 僕になんの用かなぁ? 物騒なものなんて持っちゃってさ~。それ以上変なことしたら、真っ白な修道服があか~く汚れちゃうよぉ?」

「御忠告感謝いたします。けれどそのご心配は不要です。御存じですか? 本当に剣に長けた者は、そもそも返り血を一切浴びないのですよ」

「も~。返り血じゃなくって、僕は君の血で汚しちゃうことを心配したんだけど~?」

「なら一層そのご心配は不要です。私が切られる前に……貴方を切ればいい話ですからっ!」

フィリアが音を立てて地面を蹴る。道化師の男に狙いを定めて、右手に構えた剣を思いきり振りかぶる!

「……話の通じない修道女さんだなぁ」

「……!」

その瞬間道化師の男の口角がさらに上がったのが見えて、僕は背筋に冷たいものが走った。道化師が指を鳴らす。次の瞬間黒い閃光が瞬き、視界が眩む。眩む視界を戻そうとまばたきをしようとした時には、僕のすぐ横に道化師の姿があった。

「……なっ!」

「―――あ、」

抵抗する暇もなく、僕とドロシーは道化師の腕の中に捉えられてしまう。目の前から獲物が消えたフィリアが、目を揺らがせて僕の方を振り返った。

「僕忙しいんだよね~。僕が用があるのは、こっちのいたいけな子ども達の方だからさ」

「……やめて」

「この子達『素質』ありそうだね~。このままいただいていくよ。大丈夫♪ 悪いようにはしないからさ」

「……やめてと言っているでしょう!」

フィリアの静止も聞かず、道化師は僕とドロシーを抱え込む。『素質』? 何の話だ。身体の震えが止まらない。僕の心を恐怖が支配していた。

怖い。怖い。こわい。連れていかれて、その後はどうなる? 僕、殺されちゃうのかな。

「……私の子ども達に手を出すなぁっ!」

その時、フィリアの目の色が変わる。穏やかな夜の色から、人外めいた金色に輝いた。

フィリアは再び地面を蹴る。先程以上の躍動力で、瞬く間に道化師に接近して――。

「い゛……っ!」

フィリアの剣は僕の肩ごと、道化師の腕に斬り込んだ。道化師の腕から僅かに力が抜ける。抱き抱えられるがままだった僕の身体は支えを失い、重力に従って地面に叩きつけられた。

痛い、痛い痛い痛い! 切り傷がじくじくと痛む。何が起きた? フィリアが、僕の事を斬った?

僕を助けるために仕方なく?

「…………あ……」

剣から血を滴らせながら、フィリアが薄く笑っている。

違う。これ、始めから僕ごと斬るつもりだったんだ。

「……あ~、斬られちゃった」

僕の反応に反して、道化師はだらだらと自分の腕から零れ落ちる血液をじっと眺めている。

「ふふっ……あはっ! 斬れた! 斬れた斬れた! あははははっ‼」

普段のフィリアとは似つかぬ高笑いが、礼拝堂内にこだまする。

「何の騒ぎだ⁉」

大きな音や笑い声を聞きつけたのか、一人の足音が近づいてくる。礼拝堂の扉が開く。そこには息を切らしたラルフの姿があった。

「……あ…、……来て、くれたんだ……ラルフさ……」

「ソルト⁉ ……フィリアさん⁉ いや、これは一体どうなって……」

「おや。新しいお客さんかな♪」

鉄っぽい血の匂いが充満する状況とは不釣り合いな、楽しそうな声色で道化師は笑う。

「! ……お前は……誰だ⁉」

ラルフの目線が道化師を捉える。道化師も目が合ったのか、愉快そうにお辞儀をした。

「お初にお目にかかるよ♪ 僕は大翼の獅子団(グリフォレイド)の一人。『シャドウ』って名前で覚えてよ♪」

「! ……グリフォ、レイド……だと?」

「おや? 大翼の獅子団(グリフォレイド)をご存じなのかな? それは嬉しいなぁ! もう名前を知ってくれてるなんて光栄だよぉ」

「何をふざけたこと言ってるんだ……グリフォレイドってことはお前、あの錬金術師の仲間だな⁉ この状況はなんだ! ソルトは……っ⁉ おい、そこにいるの、ドロシーじゃ――」

「も~濡れ衣はよしてよ。そこの少年を斬ったのは、そこの殺人鬼フィリアさんだよぉ?」

「な、……フィリアが、殺人鬼?」

「! ……ラルフさ、……あぶな……!」

「⁉ うおっ」

戸惑うラルフに、フィリアは先程と同じように剣を振りかざす。すんでのところでラルフは剣を抜き、フィリアの剣を受け止めた。

「フィリア……⁉ おい、あっぶねぇだろ!」

「……きひひっ」

フィリアは楽しそうな笑みを浮かべている。ついさきほどまで僕達を守ろうとしてくれていた強く優しい女性の顔は欠片もない。らんらんと輝く瞳はひどく不気味で。

悪魔の、ようだった。

「じゃ、そういうことで~。僕はそろそろ行くよ」

気を失ったままのドロシーを、シャドウが雑に抱き上げる。

「なっ……おい! ドロシーをどこに連れていく気だ! このまま逃げられるとおもうなよ……っ」

「秘密♡ 楽しそうなところ悪いけど、戯れに付き合ってる暇は無いんだ」

「ふざけんな! フィリアも……! 早く元に戻せっ」

剣で抑え込みながら、ラルフはシャドウに叫びあげる。

「心外だなぁ。そこの修道女には、僕はなぁんにもしてないよ。勝手に自分の正義に溺れて、暴走してるだけさ」

「なっ……」

「最も、そのまま好き勝手させてたらもっとふか~い傷を負わされちゃうかもね。……というか、こんな無駄話していていいの? 僕にばかりかまっていて……『視野が狭くなっていたら』、守りたいものも守れないよ♪」

「っ、それってどういう」

「さぁね? ……ふふ! それじゃあね♪」

「っま……て! ドロ、…シー……!」

僕は出来る限りの力を振り絞ってシャドウの足首に手を伸ばす。だめだ。このままじゃドロシーが連れていかれてしまう。

僕がシャドウの足首を掴むより早く、シャドウは再び指を鳴らす。瞬く間に黒い光が溢れ、ドロシーもろともシャドウの姿は消えてしまった。

僕の手は虚しく空を掴む。

「……あぁ…」

また何も出来なかった。何も。

それを皮切りにしたように、僕の意識は痛みの中遠のいていく。

「ソルト! ソルトしっかりしろ! あぁくそ、フィリア目ぇ覚ませ!」

ラルフの大声と、フィリアの奇妙な笑い声。そこに近づいてくる、誰かの足音。

「ラルフ! 大丈夫⁉」

「この匂い、血の……。……! グレイに、ソルトまで……。何があったんだ」

あぁ。アイリスさんとハクさんも、来てくれたんだ。

足音の持ち主が誰か分かった途端、僕は力が抜けたように意識を手放した。

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