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後日、メテオ達はテルルの町の通行許可を貰うために領主邸で男の領主と面談を行った。
領主は以前からテルルについての情報は入ってきており良心的な吸血鬼という印象を持っていた。実際に顔を合わせた感想は普通の女の子であり、情報で想像してた印象と大差ないものだった。
問題は吸血鬼である点のみ。
吸血鬼は人の血がなければ生きられず、吸血する際に人の体の中に唾液が入ってしまえば吸血鬼にしてしまう。
廃城でのテルルの実力を騎士団から報告されていたためその問題点を解決できるなら、いざという時の町の防衛に彼女を利用したいと考えていた。
メテオのアビリティ「無限出血」ならその問題点をある程度解消できるかもしれない。領主はそのアビリティが本物なら許可を出すと告げ、メテオはその場で実演し本物であると証明した。
「なるほど、お前一人で十分な血を供給できるなら問題はなさそうだな。許可を出したいところではあるが1つ条件を呑んでもらう必要がある」
「条件……ですか?」
「テルルが町を歩く時はメテオと監視の騎士を必ず同伴させること。吸血鬼が危険な存在だということは変わらず、テルルが善良だからといって全ての吸血鬼がそうであるとは限らない。住民には吸血鬼が危険な存在であることを常に意識させる必要がある」
メテオは不便という程度の条件に安堵した。
監視の騎士が常にいてくれるのは好都合と捉え、テルルに理不尽に絡む者がいても対処してくれると考えた。
「喜んでその条件を受け入れます」
「通行は許可するが、居住の許可を与えていないということを忘れないようにな」
テルルにとってはそれでも十分であり、涙が出そうなほどに感激し、感謝を伝えた。
「それだけでも嬉しいです。絶対迷惑かけないと誓います! ありがとうございます!」
「良かったなテルル!」
「メテオぉ~!! ありがとう! 君と出会えて良かった~!!」
テルルは1番感謝を伝えたいメテオに抱き着いた。
メテオは女の子に抱き着かれることに慣れてないため照れ臭くなり顔を赤く染めた。
その時メテオの鼻を不快な臭いが襲った。それはテルルの頭から漂ってくる。
(くさい……しかしそれを言ってしまうと折角喜んでるのに水を差してしまう)
臭いの原因はテルルがたまにしか風呂に入れていないからだった。メテオは出来るだけ表情に出さないように耐えてテルルが離れるのを待った。
幸いすぐにテルルは離れた。
それを待っていたかのようにすぐさま領主はこう切り出した。
「もし町に住みたいと言うのなら条件付きで認めても良いがどうする?」
「え、本当ですか!」
テルルは不安に思いながらも条件を確認することにした。
* * * * *
数日後の真昼。
賑やかな町の中心部から少し離れた殺風景な丘の上には空き家が建っており、そこにメテオとテルルと監視の騎士がいた。空き家の近くには他にも建物があるが騎士団の施設だ。
「テルル、ここが今日から俺達の家になるぞ」
引っ越しのためのメテオとテルルの荷物を載せた荷車が玄関の前に停まっている。
「町と言えば確かに町に住むことに違いはないんだろうけど、住む場所に自由は与えられなかったな」
「ごめんねメテオ。私のために一緒に住むことになって……」
領主が要求した条件とは、指定した建物にテルルとメテオが二人で暮らすというものだ。
そこは冒険者ギルドからは少し遠く、領主邸からは近い。そんな場所を指定してきた理由はすぐ近くを町の人が通ることも少ないためトラブルを回避しやすいのと、領主からの依頼をすぐに伝えられるようにするためだ。
依頼は断ることが可能だ。強制させることで嫌気をさされて町から出て行かれてしまうよりはまだマシだと領主は判断した。
「俺は気にしないけどテルルは男の俺と一緒に住むことになって良かったのか?」
「メテオは優しいし私の嫌がる事しないだろうし、一人で過ごすよりは寂しくないから大歓迎だよ!」
テルルは信頼しきってるからこその笑顔を見せた。
そんな笑顔で言われては――いや、言われなくても変な事をするつもりなどメテオにはなかった。
「そういえばメテオ、私を助けるのは自分のためとか言ってたよね?」
「え? あ、ああ。そういえばそんなこと言ったな」
「なんでメテオのためになるの?」
メテオは言葉に詰まり、どう返事をしようかと頭を回転させる。
(テルルに戦わせて俺のレベル上げを手伝わせる。いやいや、それを言っちゃまずいよな)
メテオが敵を倒さなくてもテルルが倒せばメテオにも影響する。それを利用して自分では勝てない強い魔物を倒してもらい楽にレベル上げを行おうと考えていた。
メテオはさっさと強くなりたかった。それは自分のためだけじゃなくテルルのためにもなると考えての事だった。
しかしそんなことにテルルを利用しようとする自分を嫌に感じつつ、どう答えようかと悩む。
「私はメテオにお返しがしたい。メテオの役に立ちたい。私に出来ることがあればなんでも言って欲しい」
テルルは自分だけ得をすることに抵抗があった。
そんな気持ちを察したメテオは少しだけ言葉を変えて理由を教えることにした。
「なんで俺のためになるかって言えば、その、テルルは強いだろ? 俺は魔族一人にすら勝てないし、どうしようもないくらい弱い。だから、その……強くなるために色々と力を貸してくれると助かる」
「うん、もちろんだよ!」
テルルはまだまだ役に立てるのだと分かり、声にも嬉しさが現れた。役に立てれば一緒にいられる理由にも繋がり、しばらくの間は血の補充で悩むこともなくなる。
「それとまだあるんだ。実は俺にはまだテルル以外に友達も仲間もいないんだ」
「え、私だけなの?!」
「そう、君は俺にとって唯一の友達だ。話し相手が出来て嬉しかった、ありがとう」
「じゃあ私は一緒にいるだけで役に立ててたんだ」
「だから、これからも友達でいてくれると嬉しいんだけど……」
「何言ってるの、それは吸血鬼である私のセリフだよ!! ずっと友達でいてください!」
上機嫌なテルルは空き家の玄関の扉を開けると軽やかな足取りで中に入った。
「太陽の下は辛いから中で話をしようよ」
「悪い、気が利かなくて。ところで血は足りてるか? 欲しかったらあげるけど」
「欲しい欲しい! お願いしていい?」
テルルは血を貰うたびにメテオが痛い思いをするのを分かっているため、申し訳なさそうな顔でお願いをした。
「じゃあ、あのソファで横になって口を開けてくれ」
テルルはソファに翼を畳んで横になり、顔を天井へ向け、口を開け、3度ほど口をパクパクさせた。
メテオはテルルの口の真上に腕を移動させ、短剣を握ると薄く傷を入れた。
溢れた血が滴り落ち、口の中に消えていく。
その間抜けな光景に監視の騎士は眉を寄せ、困惑の表情を浮かべる。
(え、そうやって血を飲むの?)
騎士はもっと良い方法があることを伝える。
「カップに血を溜めてから飲めばいいのでは?」
メテオはそうしない理由を答えた。
「俺もそう考えたんだけど、カップって1回に飲める量に限りがあるじゃないですか? それで物足りなかった時にまた傷を入れて溜める必要がありますよね? 痛いので嫌なんですよ。だからといって傷を塞がないで待ってると血はずっと垂れ続けるのでそれは避けたかったんです。なのでこのスタイルが最適だという結論になりました」
騎士は納得はしたものの、そのスタイルを心理的に受け入れづらかった。
しばらくして満足したテルルは立ち上がった。
「ありがとうメテオ、もう十分だよ! じゃあ引っ越しの荷物を片付け……うぉっぷ!!」
テルルは口を押さえると洗面所を探し始めるが途中で限界が来たのか床に血を吐き出した。
それを見た騎士は呆れた。
「掃除したばかりなのになにやってるんですか」
「ごごご、ごべんなざい……」
「自分達で掃除してくださいよ」
「はい……」
騎士は吸血鬼という危険なはずの相手に緊張していたのがアホらしくなり外に出て行った。
落ち込むテルルにメテオは優しく言葉を掛けた。
「大丈夫か? きつかったら少し休んでいいぞ。掃除は俺がやるし、荷物も一か所にまとめておくよ」
* * * * *
少し休んで体が楽になったテルルは一か所に纏められた荷物を自分の部屋へと運び始める。
「今日からここが私の部屋かぁ……」
部屋に入ると閉じられたカーテンを見つけた。外が見たくなり横に引くと窓越しに陽の光が体にチクチクと刺さる。
しかしそんなことが気にならないほど少し遠くに見える町並みに心が惹かれた。
「わぁ、町が近ーい。いっぱい友達出来るといいな」
「きっと出来るよ」
自分の片づけを終えたメテオがテルルの部屋に入って来た。
「手伝いに来た」
メテオは窓を開けた。暖かい風が二人の髪を揺らす。
「夕方になったら一緒に遊びに行こうか」
メテオの誘いにテルルは期待で顔が綻ぶ。
「あ、でも出かける前に風呂に入っておけよ」
テルルはしばらく体を洗ってなかったことと、長い事1人で生活してたため体臭を気にしなくなってたことに気づき、『もしや今まで臭ってた?』と顔を赤く染めた。
「う、うん! 絶対、絶対入るよ! あー、町に遊びに行くの楽しみダナー」
テルルは誤魔化すようにすぐに片づけを始めた。
そんな彼女をメテオは微笑ましそうに見つめる。
(この世界に来た直後は地味な人生を覚悟してたけど、面白くなるかもしれないな)
窓の外に目を向けると遠くに町の中心部が目に入った。今までつまらない毎日を過ごして来た風景に変わらないはずだが、不思議と輝いて見えた。
短編のつもりで書いたのでこれで終わり。