悪役令嬢の純愛
丸い球体があった。そうしなければ、と思って、球体を飲み込んだ。そして、倒れた。熱を出して、夢を見た。
背が高くなり、大人びた顔立ちとなった婚約者が、わたくしの悪逆非道を披露して婚約破棄をし、庶民の女と婚約をすると宣言する。わたくしはどうすることもできずに幸せな二人から離れて修道院に送られる、という内容だ。
夢というにはリアルすぎた。なんせ婚約破棄されるまでの人生まで見た。
どうせ夢は夢。でも反省点は活かすべきよね。
わたくしは夢とは少し違う人生を歩む。婚約者は夢と同じ通りに行動していた。王子の立場である婚約者は、庶民の女を好きになり密会を繰り返す。
「ふうん……」
ただの夢ではなかったと、その段階で確信する。
ならばわたくしは、と行動に移した。前回と同じ展開にはさせないわ。
婚約者を誘って二人だけのお茶会を開く。
お茶を飲んでから、本題を切り出す。
「殿下は婚約破棄をなさる予定がおありですよね?」
「……なんのことだ」
「とぼけなくてもよろしいのですよ」
視線が落ち着かず、動揺しているのが分かる。
わたくしは淑女の手本通りに微笑む。
「わたくし、お二人の仲を裂こうという気持ちはございません。これからも仲を育んでいただいて結構ですよ」
「なっ、どの口が言う! あれだけの非道を働いておいて……」
「その非道はわたくしが行ったものではございません。わたくしの失脚を狙ったものの仕業で、既に犯人は見つけており、後日証拠となるのをお見せしましょう」
「後日だと? その間に証拠とやらを捏造するのではあるまいな」
「そのようなことはございません。後日なのは本日はわたくしと殿下のみで話したかったためです」
証拠の一つである証人を今すぐ呼び出すことは可能だが、正直に理由を話す。
「それに彼女はわたくしが犯人ではないと言っているでしょう? 彼女のことを信じてあげてください」
殿下が好きな彼女とは、夢とは違い親しい関係を持っている。彼女を引き合いに出せば、殿下は怒りを抑えた。
ただわたくしの思い通りに話が進んでいることが癪なようで、機嫌はよくないままだ。
わたくしはそのまま話を進める。
「殿下、わたくしを捨てようとなさらないでくださいね」
殿下の瞳を見つめる。青藍色をしていて冷たい眼差しは、わたくしへの情は含まれていない。
「わたくし、殿下がほしいものを全て持っています。王家がお困りになっている財源はわたくしが主導している商団の利益がありますから差し上げますし、彼女に教育を施し苦労して王妃にせずともわたくしが担ってあげますし、彼女を側室とするだけならば貴族の批判は少ないでしょう。社交界はわたくしがこのまままとめあげて見せます」
「……お前がそこまで身を費やす理由はなんだ?」
殿下は戸惑いつつ、言葉を捻り出す。
わたくしは不思議に思って、首を傾ける。
「知っているでしょう? 殿下のことを愛しているからです」
行動で示してきたはずだが、口にしたことはなかったため、頬が赤くなるのを感じる。
「ならば、なおさら排除したくなるものだろう」
「殿下は彼女のことがお好きでしょう? ならば、わたくしも好きです。殿下が好きなものは、わたくしも好きなものなのです。それに、彼女はわたくしにはできない殿下の好意を引き出してくれますし」
わたくしを嫌う殿下も好きだが、他の表情もなんでも見たいのだ。殿下の好意はその中でも見られるのが稀なので、彼女は好ましい存在だった。
「そんなのおかしい」
「それが愛なのです。殿下もお持ちの愛でしょう?」
全てが愛おしいのが愛だ。
私は殿下の全てが好き。
殿下の容姿も、声も、流麗な立ち振舞いも、冷たく人を寄せない雰囲気も、王族の務めを懸命に励むところも、完璧でいようとするところも、気が強いところも、我慢して気を遣ってくれるところも、実は感情豊かだったところも、真っ直ぐなところも。まだ語りきれる程、好き。臓器の一つまでも好きになっている。
「殿下のためならば、わたくしはいくらでも身を捧げられます」
「狂っている」
はっきりと言い放つ殿下は、わたくしに恐れを抱いていた。初めて見る感情を見られて、とても嬉しくなる。
「ただそんなわたくしにも、一つだけ条件があるのですよ。―――殿下のお側にいさせてください。どれだけ冷遇されてもいいのです。ただ殿下のお姿が見れないのはとてつもなく辛いことなのです」
夢では悪逆非道を行ったと行ってもいない罪をなすりつけられ、修道院に送られて離れ離れとなってしまった。
だから、夢のようにならないよう商団を作り、財をなし、その商品を使って流行を作り、社交界の中心的存在となった。
「彼女一人を愛したい気持ちは分かりますが、彼女を想うならばこそ、わたくしが必要ではありませんか? わたくしが言うのもなんですが、都合のいい女ですよ?」
わたくしは椅子から立ち上がって殿下のお側に行き、顔を近づける。
「彼女に向けられない高ぶりも、わたくしなら受けとめられますよ」
「なっ……!」
「そろそろだと思うのですが…………ふふ、効いてきたようですね」
殿下の呼吸が荒く、他にも影響は出ていた。
「俺に、何を盛った」
「媚薬です。飲んだものに盛らせていただきました」
殿下は素直に頷いてしまうと思わなかったため、保険として盛った。
「彼女に言い訳はできますね。それに、彼女の了承済みですよ」
嘘偽りない事実だ。彼女には先にわたくしの想いは伝えてある。
既成事実がわたくしと殿下が離れることのない確実な一手だ。だから迷わず実行した。
夢のわたくしは今のわたくしと何一つ変わらない純愛はあったが、殿下に必要とされるのに努力が足りておらず、殿下はわたくしの必要性を感じていなかった。
これで修道院行きは、殿下と離れ離れになることはなくなった。
夢とは違って思う通りに進んだ今、心のままふふっと笑った。