嘘をつかせてごめんなさい
「ケイ・サリンジャーです」
とんだことになってしまったと心の中で焦りつつ、ドミニク様と握手を交わした。
「サリンジャー?」
ドミニク様は、わたしの手をブンブンと音がするほど上下に振りつつ眉をひそめた。
(パーシヴァルさんとまったく同じ反応ね)
サリンジャーという名に、聞き覚えがあるでしょうから。
「ドミニク様。ケイは、ローリング帝国の出身なのです。サリンジャーという名は、この国ではめずらしいですよね。ですが、ローリング帝国ではあちこちにいるそうですよ」
ステイシーは、さらに嘘を重ねた。
サリンジャーという名は、そう多くはない。皇族以外では、上位貴族にいるだけである。貴族以外でその名を名乗ることは出来ない。
だけど、そんなバカバカしい慣習を他国の王子であり将軍であるドミニク様が知っているわけがない。
「では、わざわざローリング帝国からステイシーを訪ねて? それは疲れただろう。馬車の旅は、慣れている者でもけっこうきついから。仕事は、疲れがとれてからでいい。まずはゆっくり休み、疲れをとるといい。雇用条件等事務的なことは、疲れが取れてからパーシヴァルと話し合って欲しい」
ドミニク様は、やっとわたしの手を解放してくれた。
(なんてことかしら。わたし、どうやら生まれて初めて働き口が決まったみたい)
ドミニク様の背を見送りつつ、感動した。
この日、わたしは嫁ぐ相手のメイドになった。
(大丈夫。大丈夫よ)
自分に言いきかせる。
ただ、嘘をついていることに耐えられるかどうか、よね。
この日、わたしは嫁ぐはずのドミニク様のメイドになった。
その夜、パーシヴァルさんとウインストンさんとトーマスとステイシーといっしょに夕食を食べた。その際、あらためて自己紹介をしあい、ささやかながら歓迎会を開いてもらった。
結局、真実を知らないのはドミニク様だけで、わたしたちはみんながグルになって彼をだまさなければならなくなった。
「みなさん、申し訳ありません。ドミニク様に嘘をつかなければならないようにしてしまって」
夕食後、別棟の居間にあたる娯楽室でお茶を飲みながら謝罪した。
ウインストンさんがクッキーをたくさん焼いてくれていて、それを食べながらお喋りをしていた。その際、あらためて謝罪したのである。
謝罪せずにはいられないから。
「それは、気にしないでください」
パーシヴァルさんは、即座に言ってくれた。
「そうよ、ケイ。気にしないで。こういうのってなんだかワクワクするわ」
「ステイシー、いいかげんにしないか。事情があってやむを得ぬだけで、われわれがドミニク様をだましていることにかわりはない」
「パーシヴァルさん、これはついていい嘘よ」
「ステイシー……」
「だってそうでしょう? このままだと、ケイは路頭に迷うことになるわ。彼女の話だと、嫁入りを断られたからといってローリング帝国にいるろくでもない家族が迎え入れてくれるとは思えないもの。だいたい、彼女を家族扱いしていないじゃない。侍女以上にこき使うだなんて、しかも悪い噂しかない『氷の剣士』に生贄に捧げるだなんて。ろくでもない家族というよりかは人間としてどうよって言いたくなるわ」
「ス、ステイシー、頼むからいい加減にしてくれ」
パーシヴァルさんが気の毒になってきた。
わたしの家族のことはともかく、ドミニク様のことまで平気で皮肉るステイシーに悪気はない。と、思う。
悪気がないから、皮肉が余計に際立っている気がするのは気のせいね。
「でもね、ケイ。ドミニク様はそこまでじゃないのよ。さっきだってそこまでじゃなかったでしょう?」
彼女は体ごとわたしの方を向き、ドミニク様のことを言い始めた。
「そこまで」の基準がわからないけれど、たしかに噂にきく「氷の剣士」ほど冷たくも不愛想でもなかった。
それどころか、あたたかくて思いやりのある方だった。
「ケイ、どう? ドミニク様って悪くないでしょう? だったら、ドミニク様のお世話をして気に入られたら最高じゃない? そうよ。そうだわ。その手よ。わたしって頭がいい。親身にお世話をしたら、ドミニク様だってすこしは打ち解け、気になるかもしれない。というわけで、ケイ。わたし、協力するわ。あなたはすごくいい人っぽいから、せっかくですもの。しあわせになるべきよ。ひとりではなく、ドミニク様と一緒に。二人でしあわせになれたら、どれだけ素敵かしら。それに、ほんとうにドミニク様と一緒になったら、近い将来、あなたは王妃になる。あなたのろくでもない家族に仕返しが出来るわよ。無理難題をふっかければいいのよ」
ステイシー……。
わたしの将来を考えてくれてありがとう。
疑問や不可思議なところはあるけれど、今朝出会ったばかりのわたしのことをこんなに考えてくれるのはありがたいことにかわりはない。