わたしがステイシーの遠い遠い遠い親戚?
「パーシヴァル、そこにいるのか?」
ホッとした瞬間食堂の扉が開き、男性が入ってきた。
その人を見た瞬間、おおげさかもしれないけれど世界が明るくなった。
その見た目の美しさだけではない。なにかこう神がかっているというか畏れ多いというか、とにかく彼が光り輝きすぎていて眼前に掌をかざさねばならなかった。
噂通り、顔に傷がある。具体的には、左目から頬にかけて刃物による傷がはしっている。だけど、それが醜いだとか気味が悪いということはいっさいない。その傷でさえ彼の美しさの一部になっている、と言っても過言ではない。
噂というものは、そのまま伝えられることもあれば捻じ曲げられることもある。だから、噂に凝り固まったり信じきるのはよくない。
美貌の青年を見、あらためてそのことを感じた。
「どうしたの、ケイ?」
隣に立っているステイシーが尋ねてきた。
(こんなにまぶしいのに、彼女はそうではないの?
パーシヴァルさんを見ると、彼も平然としている。
「ド、ドミニク様、なにかご用でしょうか?」
「『ご用でしょうか?』って、パーシヴァル。用事がなければ来てはいけないのか?」
青年は、食堂の入り口で立ち止まると苦笑した。
「ドミニク様、失礼いたしました。ご用がありましたら、どうかお呼びつけ下さい」
「とはいってもな。軍での習慣が抜けきらない……。おや、お客人かな? めずらしい……」
「ドミニク様、今夜の調子はいかがですか?」
ステイシーが美しい青年の言葉にかぶせ、尋ねた。
この方がドミニク・ウォルフォード様なのね。わたしが、というよりかお姉様が嫁ぐことになっていた「氷の剣士」……。
(噂にはきいていたけれど、ほんとうに美しい)
噂以上の美しさに、ボーッと見惚れてしまう。
(だけど、『氷のような』というのは違うかもしれない)
冷たさなんて欠片も感じられない。
「調子? ステイシー、まぁまぁかな? ところで、こちらのレディは……」
「ドミニク様、お願いがあるのです」
ステイシーは、またしてもドミニク様の言葉をさえぎった。しかも彼の前に立ち、全身を使って。
「じつは、彼女は遠い遠い親戚なのです」
驚きのあまり、口を開きかけてしまった。
パーシヴァルさんの知的な美貌にも驚きがありありと浮かんでいる。
「事情があって小さい頃から親戚中をたらいまわしにされ、その都度こき使われたみたいで……。事情を知って驚きまして。先の戦争で引き取り先の家が燃えたらしくって。『それならこっちに来て働かないか』と誘ったら、やって来たわけです」
書物によくあるそのストーリーに、いくらなんでもドミニク様がひっかかるとは思えない。
というか、あまりにも嘘すぎる。
「それは、気の毒な」
彼は、わたしを見た。
(嘘……。彼女の嘘っぱちを信じるの?)
ドミニク様を見つめつつ、驚きを禁じ得ないでいる。
「ステイシー、きみのお願いがわかったよ。彼女を雇って欲しいというのだな」
「さすがはドミニク様」
ステイシーは、うれしそうにわたしの手をつかんでひっぱると、ドミニク様の前に立たせた。
「ドミニク様、いいでしょう? パーシヴァルさんにお願いしたら、ドミニク様しだいだと言うのです。ねぇ、パーシヴァルさん?」
「ええええっ? あ、いや、その……」
パーシヴァルさんは、いきなり話を振られてドギマギしている。
(パーシヴァルさん、わたしのせいでごめんなさい)
心の中で謝っておく。
(ステイシー、嘘をつかせてごめんなさい
それから、ステイシーにも謝っておいた。
「そ、そうなのです。彼女に尋ねたら、親戚のところで家事全般なんでもこなしていたらしいのです」
「えっ?」
パーシヴァルさんまで嘘をつき始めた。だから、おもわず彼を見てしまった。
彼もわたしを見た。
その表情は、わたしの口をつぐませるに充分な威圧感があった。
「ドミニク様のお世話係にいかがでしょうか? ステイシーだと乱雑ですし、なによりおしゃべりがすぎます。彼女なら物静かですから、ドミニク様の邪魔にはならないはずです。身元はすぐに調べさせますが、ステイシーの遠い遠い親戚ならまず間違いはないでしょう」
「そういう事情なら大歓迎だ。おれは、ドミニク・ウォルフォード。何者かはきいてもらっていると思うが、ここではそういう身分はいっさい関係ない。ほんとうはドムと呼んでほしいが、パーシヴァルたち同様呼びにくいだろう。だから、無理強いはしない」
ドミニク様は、右手を差し出した。