ドミニク様の使用人たち 1
全開の窓は陽の光に溢れ、草木のにおいが混じっている微風はカーテンを揺らしている。
寝台と机と椅子と本棚とクローゼットがいい感じで配置されていて、とても居心地がよさそう。
宮殿では、地下にある倉庫のひとつを使っていた。
だから湿気が多く、ロウソクの灯に気をつけなければならず、大好きな書物を読むのも一苦労だった。
ここだったら読書もはかどりそう。
すぐにこの部屋が気に入ってしまった。
「どう、この部屋?」
「とても素敵です。気に入ってしまいました。この部屋、ほんとうにわたしが使っていいのですか?」
尋ねてみたものの、もしも「ただ見せただけ」という答えだったらガックリきてしまう。
「もちろん。って、わたしに権限はないんだけどね。だけど、どうせ他にも空いている部屋があるし、あなたが使う分にはパーシヴァルさんも文句は言わないわ。荷物、とりあえずここに置くわね」
「ありがとうございます」
彼女は、わたしのトランクを床上におろした。
「制服はあとで準備するとして、とりあえずここの案内をするわね。あ、お腹空いてない? その前にお茶でもしましょうよ。食堂に行って、お茶を淹れるわ」
ステイシーは、さっさと部屋を出て行ってしまった。
またしても慌てて追いかけなければならなかった。
追いかけながら、ほんとうのことを言いそびれたことに気がついた。
お姉様の身代わりで、「氷の剣士」に嫁ぎにきたことを。
食堂は、六人掛けのテーブルが四つと窓のところにカウンター席が配置されている。
ステイシーがミルクティーを淹れてくれた。それと、朝食の残り物だというパンと野菜たっぷりのスープとチーズを出してくれた。
どれもすごく美味しい。
こういうふうに食事をしたことがないので、みっともないと思いつつも夢中で食べてしまった。
ステイシーは、驚いたに違いない。
ありがたいことに、彼女はわたしが食べている間黙っていてくれた。
もっとも、あまりの食べっぷりのよさに、呆然としていただけかもしれないけれど。
食器を片付けてから、あらためてお茶をもう一杯いただいた。クッキーまで添えてくれて、それを頬張りながら彼女の話をきいたり、こちらから尋ねたりした。
ここでの仕事は楽しいらしい。パーシヴァルさんは厳しいけれど、のんびり出来るから気が楽なのだとか。
彼女はもともと王宮で働いていたけれど、ここに移ってきたという。
「王宮は、悪意と嫉妬の巣窟よ。心身ともに病んでしまう。だから、ここでの仕事は最高なの」
わかるような気がする。
「ドミニク・ウォルフォード様は、どのような方ですか?」
「気になるわよね。なにせご主人様だから」
いえ、違うのです。ほんとうは、夫なのです。
やはり、ほんとうのことを言いにくい。
どんどん言いにくくなっていく。
「いまのうちに言っておくわ。すごくいい人よ。ご主人様としては申し分なし。だけど、そうね。ちょっととっつきにくいかしら。戦争で心身を病んでしまっていらっしゃるから、自分の殻に閉じこもっているというのかしらね。以前はまだそれほどではなかったけれど、この前の戦争でよりいっそうひどくなったみたい」
「そうですか……」
お気の毒に。
「それと、顔に傷があるの。とはいえ、そんなにたいしたものではないけれど。だけど、美しい顔なのに気の毒よね」
頷くしかない。
「あら?」
そのとき、彼女が顔を窓の方へ向けた。
「パーシヴァルさんたちが帰ってきたみたい」
馬車のギシギシと軋む音が微風に乗ってきた。
「ケイ、行きましょう。紹介するわ」
彼女は、立ち上がるなり駆けだした。
またまた慌てて追いかけなければならなかった。
「パーシヴァルさーん」
ステイシーのあとをついて行くと、厩舎にやって来た。
荷馬車から、三人の男性が様々な物資をおろしている。
「パーシヴァルさん、困るわ。新しい人が来るのなら、ちゃんと言ってくれなきゃ」
ステイシーは、大きく手を振りながら声を張り上げた。
三人の男性が手を止め、いっせいにこちらを見た。
三人の内の一人は、いわゆるシルバーグレイ。まるで書物から飛び出してきたような品のいい男性である。
きっとこの人ね。
ステイシーが真似をしている、「パーシヴァルさん」に違いない。