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元お姉様との永遠の別れ

(ドミニク様に触れないで)


 心の中で、元お姉様に向って何度も叫んだ。


(ドミニク様、どうか無視して下さい)


 そして、ドミニク様に向って心の中で叫ぶ。


「なるほど。濃厚なスキンシップで分かり合う、というわけだな」


 ドミニク様のその言葉にドキリとした。同時に、胸が苦しくなってきた。


 いままでよくあったような心臓がドキドキばくばくする痛みではない。


 心臓それがギューッとしぼられるような、そんな不快な痛みに襲われた。


(ドミニク様……)


 両腿の上の両手は、力いっぱい握りしめすぎていて痛いほどである。


「そうよ。充実かつ熱い時間をいっしょにすごすのよ」


 元お姉様は、両腕をドミニク様に伸ばし続けている。


 いままさに彼女の指先がドミニク様の傷のある美貌に触れようとした瞬間、「バシッ」と音がした。


「無礼者っ! おれに触れていいのは、この世にただ一人。それは、ケイだ。このおれに触れることができるのは、おれがこの世で一番愛するケイだけだ。これ以上ガマンがならない。レディに対して暴力をふるってしまう前に消え失せろ。トーマスッ!」


 先程の音は、ドミニク様が元お姉様の手をおもいっきり払いのけた音だった。


「なによもうっ! こんな『不義の結果』のどこがいいのよ」


 元お姉様は、半狂乱になった。


「すべてだ。彼女のすべてを愛している。彼女の素性も含めたすべてをな」


 すぐにドミニク様が冷静なまでの声音で応じる。


「ケイ、だったらあなたがどうにかしなさいよ。この野獣を説得して。ほんとうの姉妹ではないのに面倒をみてやったでしょう? 可愛がってあげたでしょう? わたしの身代わりをさせてあげたでしょう?」


 元お姉様は、つぎはわたしに目標を定めた。


「ケイ。だそうだが、どうする? きみの頼みなら、なんでもきくが」


 ドミニク様は、顔だけわたしに向けて言った。


 それに対して、口を引き結んで間を置いた。


 考えたり悩んだりする必要はない。


 元お姉様を見上げた。彼女と全力で睨み合う。


「元お姉様。わたしは、あなたに面倒をみてもらったことはありません。それから、可愛がってもらったこともありません」


 そこでいったん口を閉じた。


「ですが、元お姉様。ドミニク様同様、わたしもあなたにお礼を言います。身代わりをさせてくれてありがとうございます。身代わりをさせてくれたお蔭で、わたしはほんとうの家族を得ることが出来ました。愛する人と出会い、ほんとうの愛を知りました。なにより、愛する人と歩むというしあわせをつかむことが出来ました。ありがとうございます。心から感謝申し上げます。そして、さようなら。もう二度と会うことはないでしょう。会うつもりもありません。あなたがよりよき人生を歩めますよう、お祈り申し上げます」


 元お姉様に微笑んだつもりだけど、ちゃんと微笑めていたかしら?


 自分の言いたいことは、ちゃんと言えたと思う。


 ドミニク様が手を取ってくれて、いっしょに立ち上がった。


「わたしは、愛するドミニク様とあなたの分までしあわせになりますね」


 居間の扉に向いかけたが、顔だけ元お姉様に向けてとどめをさした。


 彼女は、まさかこのわたしがそんなことを言うとは想像していなかったに違いない。


 彼女の口をポカンと開けた姿は、滑稽でしかない。


 最後に笑った。いままでとは違い、嘲笑である。


 それは、元お姉様に勝利を宣言すると同時に、これまでの虐げられ蔑まれ続けたわたし自身への決別の意味をこめたもの。


 そのとき、居間の扉が勢いよく開いた。


「ケイ、やったわね」


 ステイシーだった。


 彼女は、居間内に入ってくると元お姉様を指さして笑った。


「控えめでやさしくて気遣い抜群でちょっぴり臆病で気弱すぎるケイのかわりに、そこの『嫌なレディ』に言っておくわ。『ざまぁみろ』ってね」


 そのあと、彼女は豪快に笑った。


「あー、スッキリした。ほんと、ききしに勝る『嫌なレディ』よね。あ、ごめんなさい。死者に鞭打つようなことを言ってはいけないわよね。わたしも『嫌なレディ』かしら? アハハハハハ!」


 ステイシー……。


 元お姉様は、まだ死んでいないわ。まだ、だけど。いまのところは、だけど。


「さぁドミニク様、ケイ。荷造りして王都に戻りましょう。先程のドミニク様の宣言通り、一刻も早く婚儀の準備をしなくては」


 そして、破天荒すぎるステイシーに急かされ、居間をあとにした。


 元お姉様は、トーマスやドミニク様の部下たちによって連れて行かれた。


 元お姉様は、わけの分からない言葉をずっと叫び続けていた。




 元お姉様は、ローリング帝国に送られた。


 同日の夕方、ドミニク様にそうきかされた。


 その後の彼女の詳細は知らない。


 ドミニク様は、部下の諜報員たちから元お姉様の情報を得ているはず。だけど、わたしからはなにも尋ねなかった。わたしが尋ねないから、ドミニク様も自分からは言いだせなかったのかもしれない。


 正直なところ、彼女がどうなろうと知ったことではない。


 知ろうとも思わない。


 彼女とは居間でけじめをつけることが出来た。


 わたしはそう信じている。


 それで充分なのではないか、と思う。


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