お姉様との再会 3
「ああ、そうそう。礼を言うのを忘れていた。元皇女、ケイをきみの身代わりによこしてくれてありがとう。このことだけは感謝してもしきれない。彼女は、もはやおれになくてはならぬ存在。きみのことが片付いたら、王都に戻って婚儀の準備に入ることになる。元皇女、ほんとうにありがとう」
ドミニク様の嘘に、お姉様はすぐに反応した。つまり、わたしを全力で睨みつけてきた。
『ケイも皇族よ。ケイも送り返すべきよ』
そんな言葉が、お姉様の官能的な唇から飛び出すかと思った。
お姉様の唇は、以前はまるで生き物の血肉を貪り食べているかのような口紅で真っ赤だった。だけど、いまは荒れてガサガサになっている。
お姉様は、全力で睨みつけてくる。睨みつけられ、怯みかけたけれど気圧されないよう耐えた。
「いいことを教えてあげる。その娘には穢れた血が流れているの。その娘は、皇女ではないの。皇族の高貴な血は一滴も流れていないのよ」
彼女の荒れて血色の悪い唇から飛び出してきたのは、まったく予想も想像もしていない言葉だった。
ドミニク様がわたしを見た。
「おあいにくさま。レストン王国の王子様、かしら? 将軍かしら? どちらだっていいけれど、とにかくローリング帝国の皇女と思い込んでいるその娘は、不義の子よ。サリンジャー家の血は流れていない」
お姉様は続ける。
「その娘は、お母様とサザーランド卿の子よ。だからその娘、髪と瞳が黒色なの。サザーランド卿と同じね。お母様もおもいきったことをしたものよ。不義の子であることを、お父様に隠し続けたのだから。でも、この髪と瞳ですもの。お父様も気がついていたに違いない。だけど、それを咎めれば皇家のスキャンダルになる。だからお父様は、気がついていないふりをしていたに違いないわ。発覚を恐れたお母様が画策し、お父様と現宰相をそそのかしてサザーランド卿を罠にはめた。お父様は、サザーランド卿から地位と名誉を奪った。それを考えれば、お母様はしたたかで怖ろしい存在というわけね」
彼女がペラペラと話してくれたお蔭で、わたしの正体が知れた。
すくなくとも、わたしは皇族の一員ではない。彼女の妹ではない。
うれしさが心の奥底から湧き上がってくる。
「サザーランド卿は、その娘を取り戻したがるわよ。なにせ、その娘は聖なる力を宿しているのだから」
お姉様は、まだ情報を披露したいらしい。
「わたしたち皇族が代々聖なる力を継いでいるというのは大嘘。だれもそんなもの持ってはいない。癒しの力だとか加護の力を持っているというのは、そう口に出せばだれでもそう信じるから。そういう力で国を護っていると言って祈るふりをすれば、バカな皇国民はありがたがって崇め讃える。一方、サザーランド公爵家は、もともとが高位聖職者だったのが公爵になった家柄。そのあとも隔世遺伝的に聖なる力を宿している者が何名かいる。この娘もそうというわけ。その証拠に、その娘が皇宮からいなくなった途端反乱が起こってこんなことになったわけ。こんなことになるのなら、違う役立たずをここに送るべきだった」
お姉様は、ひと通り話し終えたらしい。
満足げに溜息をついた。
というか、わたしが聖なる力を宿している?
無意識の内に、自分の体を見おろしていた。
「ケイに関して、言いたいことはそれだけか?」
ドミニク様の声にハッとした。
そうだった。聖なる力以前に、わたしは皇族ではなかった。しかも不義の子。
ドミニク様は、がっかりされたかしら?
サザーランド卿がわたしをどうしたいかはわからないけれど、皇族の生き残りとして引き渡すという心配はしなくてすむはず。
「わざわざ教えてあげたのよ。この情報料は高いわ。というよりか、もともとわたしと婚儀をあげるつもりだったのだから、予定通りそうしましょうよ。ほら、おたがいにちょっとした誤解はあるみたいだけれど、そのようなものは肌を合わせればすぐに解ける。そうでしょう?」
なんてことかしら。
お姉様、ではなくて、お姉様と思っていた元お姉様は、つぎはドミニク様に媚びを売り始めた。
ローリング帝国の高貴な皇族の誇りや意識は、完全に失われている。
お姉様は後ずさっていたのに考えをかえたのか、逆にこちらに近づいてきた。訂正。隣に座っているドミニク様に近づいてきた。
ドミニク様を見おろすと、両腕をドミニク様に伸ばす。
まるで誘うようなその仕草は、官能的すぎる。同性のわたしから見れば、あからさますぎて不愉快でしかない。
ドミニク様が穢れる、とさえ思う。