お姉様との再会 2
ドミニク様とパーシヴァルさんとトーマスといっしょに居間に入り、お姉様とは向かいの長椅子にドミニク様と並んで座った。
その間、伏し目がちにしている。
自分にしてはめずらしく、ドミニク様の前で強がってはみた。しかし、お姉様にいざ対面してみると決意や意気込みが萎えてしまう。
お姉様の悪意ある視線が突き刺さる。
途端に昔のことが脳裏に浮かんできた。あのときにはさほど感じなかったけれど、いまは違う。
ひとつひとつの言葉、態度、ときには暴力。
それらすべてが浮かんでくる。
背筋が凍る。ゾッとするというよりかは、体が硬直してしまうほどの恐怖がわき起こってくる。
その瞬間、膝の上に置いている両手にドミニク様の手が添えられた。
ローテーブルの下になるので、お姉様からは見えないはず。
武骨だけどあたたかい手は、臆病で気弱なわたしを勇気づけてくれた。元気を与えてくれた。
そのお蔭で、お姉様を見ることが出来た。
お姉様は、最後に会ったときとは見る影もない。それをいうなら、「大陸一の美妃」の面影など欠片もない。
その悲惨なまでの姿に、ショックを受けた。
ふと視線が合った。
「フンッ」
お姉様は、あからさまに鼻を鳴らした。
どのような姿になっても、気位は高い。それがお姉様なのである。
「噂ってあてにならないわね」
彼女の第一声がそれだった。
その声は、ガサガサしていてききとりにくかった。
「まぁまぁの顔じゃない。その傷、殺し合ったときのもの?」
お姉様は、男性しか、というかドミニク様しか興味がないらしい。
しかも初対面で暴言に値するようなことを言ってのけた。
(ステイシーもビックリね)
わが姉ながらある意味感心してしまう。
「きみの言う通りだ。噂とは、まったくあてにならない」
ドミニク様はわたしの方に顔を向け、にこやかに言った。
「『大陸一の美妃』、だったかな? そんなごたいそうなものとは縁遠いな」
それから、さわやかな笑声をあげた。
「なんですって、この野蛮人」
お姉様は、はやくも癇癪を起した。
これまでは、この癇癪でだれもが言うことをきいたり恐れ入ったりした。
「だまれ、元皇女。おっと、失礼。名を失念してしまった」
だけど、いまは違う。
ドミニク様は、いままでお姉様が接してきた男性たちとはまったく違うのである。
さすがのお姉様も、いままで接したことのないタイプの男性なので面食らっている。
「まあ、名を覚える気もないがね。それはともかく、この短いやり取りできみをどうするか決めたよ」
「ちょっと待って。どういうことよ?」
「サザーランド卿の使者がうるさくてね。彼は、行方不明の元皇女を捜しているらしい」
「まさか、わたしを引き渡すつもり?」
「へー、意外に察しはいいな。ああ、そうだ。このあと、部下に送らせるつもりだ。なんならリボンをかけてもいい」
「バカなことを言わないで。助けておきながら見捨てるの? そんなこと、人間のすることじゃないわ」
「ああ、そうだな。おれは、きみも知っての通り野獣だ。人間ではない。だから、見捨てるなど造作もない。わざわざ連れてこさせるまでもなかったようだ。時間のムダだった。トーマス、もういいぞ。彼女を送り届けるよう手配してくれ」
「閣下、承知いたしました。それで、何色にいたしましょうか?」
ドミニク様の命を受け、トーマスが一歩前に出て尋ねた。
一瞬、彼の質問の意味がわからなかった。
「ああ、リボンの色か。そうだな。灰色でいいのではないか? 彼女には、それがピッタリだ」
「灰色のリボン? そのようなもの、ありますかね」
「だから、待ちなさいって。わかったわ。ここから出て行く。それでいいでしょう?」
お姉様は立ち上がり、後ずさり始めた。
「ちょっとあなたたち、こいつらをどうにかしなさい。わたしをここから逃がして」
居間の片隅に佇む従者たちに向って叫ぶお姉様は、威厳も高貴さもまったくない。
「元皇女、ムダだ。そいつらは賞金稼ぎか、もしくは小悪党だ。いまは、きみにかかっている賞金がさらに上がるのを待っている。たとえいまきみが逃げたとしても、もう間もなく殺されるだろうな。サザーランド卿に持参するのは、きみの首だけで充分だろうから。いけすかない態度のきみを生かして連れて行くよりかは、首だけの方が楽だろう? なにせ首はいらないことを囀ったり、ヒステリックに叫んだりしないからな」
ドミニク様は、傷のある美貌に凄みのある笑みを浮かべた。
お姉様は、ゾッとしたらしい。
彼女のスタイルのいい体がブルッと震えたのがわかった。
その向こう側で、従者と名乗る悪人たちは両肩をすくめている。
彼らは、ドミニク様に見破られて開き直っている。