楽しい日々
一日中晴れた日、母屋の食堂でみんなではやめの夕食を食べていた。
正体がバレて以降、ドミニク様もいっしょに食事をとるようになった。
ドミニク様が、「じつはひとりで食事をとるのは寂しい」と言いだしたのである。
軍では、つねに将校たちと一緒に食事をとるらしい。ときには兵士たちとも。
それなら、ひとりでは寂しいはず。
というわけで、みんなでワイワイ食事をとるようになった。
夕食のメニューは、まずは畑で育てている野菜のサラダ。ドレッシングは、シンプルにフレンチ。それから、白身魚のフライとポテトのフライ。魚は、ドミニク様と「レッド・アップル」湖で釣ってきた魚。残念ながら、初めての魚釣りのときに釣りそこなった湖の主である大魚には再会出来ていない。
『まさか釣り針のせいで死んでしまったのでは?』
心配するわたしに、ドミニク様は苦笑する。
『心配いらないよ。湖の主は、小さな釣り針くらいで死にやしないから』
そう言ってくれた。いまでは、その言葉を信じている。
それはともかく、それ以外にはミートパイもある。
それは、ドミニク様たち男性陣の大好物なのだとか。
というか、このレストン王国の国民食のひとつらしい。それをいうなら、白身魚のフライもらしいけれど。
どちらも軍でよく出るらしい。
「白身魚のフライとミートパイ。このふたつがあれば最強だ。毎日でもいい」
トーマスは、そう断言する。
毎日って飽きないのかしら?
「それなら屋台で食べればおなかいっぱいになるし、なにより安上がり。家計にやさしいわ」
「じつに奥さん思いだろう? 手間暇いらない夫というわけだ」
ステイシーの言葉に、トーマスはフフンと鼻を鳴らす。
「だったら、いっそのことずっと軍の官舎にいればいいのよ。それこそが奥さんに対して思いやりがあるっていえるわ」
「なんだって? それは違うぞ。奥さんに寂しい思いをさせることになる」
「そんなのは、婚儀をあげてから最初の数日間よ。奥さんは、すぐに鬱陶しくなるわ」
「嘘、だろう? ステイシー、そんなことはきみだけだろう?」
可哀そうなトーマス。
可愛らしい顔を真っ赤にし、ショックを受けている。
たしかに、婚儀をあげてからたった数日で奥さんに飽きられたらショック以外のなにものではないわ。
「いやね。わたしも含めた世の中のすべてのレディよ」
「ちょっと待ってくれ。ステイシー。きみの理論からすると、ケイ、きみもそう思っているのか?」
「はい? ドミニク様。わたし、ですか?」
ドミニク様に突然問われ、面食らってしまった。
ステイシーの理論? 数日で夫に飽きるということ?
正直、ステイシーの謎理論を真面目に捉えたりするかしら、と思う。というか、わたしにそれについて尋ねるのかしら、と思う。
「さあ、デザートです」
そのとき、ウインストンさんがデザートを運んで来てくれた。
今夜のデザートは、チョコレートマフィンとシナモンティー。
「わたしも運びますね」
ちょうどいいタイミングにのっかることにした。
ドミニク様の問いに答えられそうになかったから。
厨房に入ったとき、複数の馬蹄の音がきこえてきた。
厨房の窓ガラスから外を見ると、暗闇から切り取られたかのように複数の影が現れた。
厨房から漏れる灯りの中に浮かんだのは、駐屯地にいる将校三人だった。
ドミニク様に紹介してもらい、何度か会っている。とても気持ちのいい青年たちで、いまでは世間話をしたりしている。
厨房にある扉を開けると、彼らはわたしに気がついた。
「ケイ様、こんばんは」
「こんばんは」
彼らはウマから降り、挨拶を交わした。
「乗馬のレッスンは進んでいますか?」
長身の将校が尋ねてきた。
最近、ドミニク様から乗馬のレッスンを受け始めた。
まだまだだけど、とても楽しんでいる。
「さあ、入って下さい。ドミニク様に知らせてきますね」
招き入れると、彼らはウマをそのままにして入って来た。
軍馬たちは、逃げださないらしい。訓練がいき届いている以上に、人馬の間に信頼関係があるからとか。
すぐにドミニク様に知らせに行った。
当然、ドミニク様はすぐに会った。
居間に場所を移し、ウインストンさんとステイシーと三人で三人分のお茶を追加で淹れ、チョコチップ入りのマフィンとともに居間に持って行った。
すでに三人の将校たちは、ドミニク様に報告を始めていた。
ローテーブルの上にお茶やマフィンを置くと、ステイシーといっしょに出て行こうとした。
「二人とも、いてくれてかまわない。とくにケイ、きみはいた方がいいだろう」
ドミニク様の許可に、ドキリとした。
わたしに関わることに違いない。
ローリング帝国からまたわたしのことで使者が来たのかもしれない。
不安でドキドキしながら、ステイシーとともに長椅子に座った。