目を覚ましなさい
「ドミニク様、まわりくどすぎます。勘のいいレディならそれでもいいかもしれません。ですが、ケイは違います。彼女は、勘がいいどころか鈍感すぎなのです。ですから、ドミニク様はもっとストレートに想いの丈をぶつけなければなりません」
「ステイシー、いい加減にしないか。と言いたいところですが、彼女の言う通りです。ドミニク様、ここまできたのです。はっきり言ってしまえばいいではないですか」
「ステイシー、パーシヴァル。わかっている。わかってはいるが、彼女もいまは混乱しているし、心配や
不安だらけだろう。とにかく、いまは落ち着いてまず休むことだ。それは、おれたちも同じだ。一睡もしていないのだから。とにかく、ケイ。ここにいて欲しい。とりあえず、いまは腹を満たしてひと眠りしよう。話はそれからだ」
ドミニク様に言われ、そこで頭がボーッとしていることに気がついた。
このような状態だと、いい考えが浮かぶわけがない。というか、考えることすら出来ない。
ここを出て行くにしても置いてもらうにしても、とりあえずいまは睡眠をとろう。
そうそう。その前になにか食べたい。
頭がボーッとしているだけではない。
お腹の虫が空腹を訴えている。
「クルルルル」
ちゃっかりしているお腹の虫が、控え目とはいえないほどの大きさで鳴り始めた。
「おっと、ウインストン。ケイの腹の虫が怒っている。ついでにおれの分も準備して欲しい」
「ドミニク様、承知いたしました。すぐに準備いたします」
「ケイ、卵と野菜を取りに行くわよ」
「ええ、ステイシー」
「ステイシー、だからケイ様に無礼だと……」
パーシヴァルさんのガミガミを背中でききながら、居間を飛び出していた。
いつものようにステイシーと卵と野菜を取りに行く為に……。
母屋、つまりドミニク様のいるログハウスに移ることになった。
二階のドミニク様の部屋の隣の部屋に。というよりか、ドミニク様が使っている主寝室と続き部屋になっている部屋ですごすことになったのである。
その部屋もまた、これまでの部屋と同様に素晴らしい。窓から臨む光景も素敵である。部屋の中は、寝台に机に椅子にドレッサーにクローゼットに本棚が配置されていて、シンプルかつ機能的にである。
これまでと違うのは、廊下側の扉とは別に主寝室へと続く扉があること。
「ケイ。きみがここから逃げださないよう、おれだけでなくみんなが見張るからそのつもりで」
ドミニク様はそう言うけれど、とくに見張られている感はなく、束縛されているということも感じられない。
あれだけ「ここから逃げなければ」、「姿を消さなければ」と考えていたけれど、いつの間にかその考えはなくなっていた。
それどころか、「ここにいたい」、「みんなと別れたくない」と思っている。
なにより、「ドミニク様にこのまま仕えたい」、「側に置いて欲しい」と望みさえしている自分がいる。
そのことに驚きを禁じ得ない。
そういう思いとは別に、いままで自分がすごしてきた環境が異常であったことに嫌でも気づかされた。
それは、ここでの素晴らしい毎日のことではない。ローリング帝国の皇宮で、ほんとうの家族とすごしてきた環境のことである。
とくにステイシーの意見はすごかった。わたしの基準からすると、だけれど。
歯に衣着せぬ彼女の言い方は、パーシヴァルさんの胃を引き裂いてしまいそうなほどひどいものである。しかし、そんなふうに捉えることが出来るのかと驚きの連続だった。
「ケイ、それは異常よ。そういうのは家族ではないわ。家族はけっしてそんなことは言わないし、ましてやさせたりしない。それは、ときには悪口を言い合ってケンカをするとか叱られることはある。母さんや父さんの手伝いだってさせられる。だけど、それはあくまでも親が子の為を思ってさせたりすることであって、虐めたり蔑んだりという悪意ある行為ではないの」
彼女は、ことあるごとにそう言う。
「ケイ、目を覚ましなさい。そいつらは、あなたを虐めて楽しんでいるだけ。あなたにひどい言葉を投げつけ、奴隷のような扱いをすることによって自分を満たしている。あなたは、その現実から目を背けている。それどころか、あなたはそれを肯定することでなかったことにしている。そのことに自分自身が気付かないかぎり、あなたは前に進めない。あなたは、そいつらのいう『残りカス皇女』なんかではない。容姿も性格も、最高最強の皇女よ。わたしは、何度でも言うわ。あなたは、もっと自分自身を可愛がらなければならない。気遣わなければならない。そして、自信を持たなければならない。さらには、すべてを認めて現実に立ち向かわなければならない」
そして、そんなことも言う。
何度かそう言われている内に、彼女の言うことに耳を傾け、信じはじめた。
わたしは、根が単純なのである。
ステイシーだけではない。
パーシヴァルさんとウインストンさんとトーマスも、遠まわしにだけど同じようなことを言う。
そして、ドミニク様も。