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ここから出て行こうとしていたわよね?

「ケイ。あなた、ここから出て行こうとしていたでしょう? あなたの部屋の扉が開きっぱなしになっていて、トランクが二個床に置いてあったわ。ウインストンさんから事情をきいて、出て行くつもりだったとすぐにわかった。ダメよ、ぜったいにダメ。だれがなんと言おうと、わたしが許さない。ドミニク様だって許すはずがない。ねぇ、ドミニク様?」


 ひとしきり笑った後、ステイシーが思い出したかのように言った。わたしの隣に座り、わたしの両肩をつかんで揺さぶりつつ。


「ステイシー……。ドミニク様やあなたたちに迷惑がかかってしまう。だから出て行こうかと……」

「バカね、ケイ。そんなことしなくても、もう遅いわ。というりか、ムダなことよ。だって、ローリング帝国の使者は、もともとあなたを引き渡すよう言ってきたんでしょう? あいつらが知らないのなら別だけど、知っている以上ここにいてもいなくてもドミニク様に迷惑かけるのは同じよ」

「ステイシー」

「ステイシー」

「ステイシー、この口悪レディ。やめろって」


 あいかわらずのステイシーに、パーシヴァルさんとウインストンさんとトーマスが叫んだ。トーマスにいたっては、呆れ返っている。というよりか、諦めているのかもしれない。


「ステイシー。正体を隠す必要がなくなったいま、以前のようにケイ様に接してはいけない」

「パーシヴァルさん、それはいいのです。ステイシーだけでなく、あなたたちも以前のままでいて下さい」

「しかし、ケイ様。やはり、それは……」

「パーシヴァルさん、本人がそう望んでいるのですもの。それはそれでいいではないですか。真面目すぎるのも感じ悪いですよ」

「ステイシーッ!」


 パーシヴァルさん、それでなくても胃痛持ちだというのに、胃に穴が開いてしまいます。だからそんなに真面目にしないで下さい。


 心の中で彼の胃のことを心配してしまう。


 そのパーシヴァルさんは、大きな溜息をついている。


「パーシヴァル、胃に悪いぞ」

「ドミニク様。軍ではあなたに、ここではステイシーに悩まされ、胃に穴が開いてもおかしくないのですがね。ですが、不思議とケイ様がここにいらっしゃってから、胃痛が嘘のようになくなったのです」

「そういえば、わたしも腰痛がなくなったな」

「ウインストンさんのあのひどい腰痛が? 厨房でずっと立ちっぱなしで重い鍋や釜を持ったり運んだりするから、すっかりダメになっていた腰がよくなったの?」

「ステイシー、きみにも腰を揉んでもらったり踏みつけてもらったが、いっこうによくならなかったあの腰が、だ」

「そういえば、わたしも真面目に働きすぎたせいで腕の関節が痛くてしょうがなかったけれど、痛くなくなっているわ」

「ああ、おれもおれも。脚の傷がすっかりよくなった」


 みんながいっせいにこちらを見た。


 その視線に耐えきれず、俯いてしまった。


「おれの気鬱の改善、それから完治までどの位かかるかわからないと言われていた肩の傷の完治。ケイ、きみは癒しの力があるのか?」

「ドミニク様、それは違います。サリンジャー家にはそういう力が受け継がれているのは確かですが、それは兄皇子たちや姉皇女たちに受け継がれています。わたしにはなんの力も受け継がれず、容姿もこういうのですので『残りカス皇女』と言われているのです。ドミニク様も含め、みなさん改善されたのはたまたまです。気候とか気分の持ちようとか、そういうものです」

「それは違うかもしれないぞ。きみには、癒しだけでなく守護の力もあるかもしれん。きみがローリング帝国を去った途端、皇族がとんでもないことになったのだから」

「それも偶然です」


 ドミニク様、いくらなんでもこじつけがすぎます。


 わたしにそのような力があるのなら、とっくの昔に認められていました。


 力が備わっていないからこそ、わたしはあらゆる場所を磨いたり掃いたりしていたのです。


「まあ、そのことはいずれわかるだろう。ケイ。それよりも、ここから出て行く必要はない。迷惑だなどということはない。きみは、いまは自分のことだけ考えるべきだ。他人のことではなく。皇帝と僭称する反逆者が諦めていなかったら、きみを追うだろう。ここにいれば、おれたちがきみを守ることが出来る」

「コホン」

「オホン」

「ウホン」


 パーシヴァルさんとウインストンさんとトーマスが同時に咳ばらいをした。


 室内が乾燥しているからかもしれない。


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