ドミニク様の真実
「あの、ドミニク様」
そう推測したと同時に立ち上がっていた。いてもたってもいられなくなったのである。
「ドミニク様、申し訳ありません。すべてわたしのせいなのです。パーシヴァルさんもトーマスも、ここにはいないウインストンさんもステイシーも、わたしがお願いして黙っていてもらったのです。ですから、どうかパーシヴァルさんたちを咎めないで下さい。お叱りは、わたしが受けます」
いっきに告げた。そうしないと、途中で言いにくくなってしまうから。
いっきに喋りすぎてしまい、肩で息をしなければならなかった。
「ケイ……」
「ケイ様」
「ケイ様」
三人がいっせいにこちらを向いた。
ドミニク様はパーシヴァルさんとトーマスに手で合図を送ると、こちらに近づいてきた。
「ケイ、落ち着いてくれ。座って欲しい」
彼は、向かい側の長椅子に腰をおろした。
パーシヴァルさんとトーマスは、ドミニク様の座る長椅子のうしろに立った。
「大丈夫。彼らをどうこうするつもりはいっさいない。もちろん、ステイシーもだ。それどころか、みんなの機転に感謝しているくらいだ。だから、安心して欲しい」
やさしい笑みが、傷のある美貌に浮かんでいる。
「ケイ。きみは、ほんとうに他人を思いやるのだな。自分のことより他人のことを心配したり気遣ったりなど、なかなか出来るものではない」
「ドミニク様、謝罪してもしきれません。あなたを、親切にしてくださったあなたをずっとだましていたのです」
「だます?」
ドミニク様は、驚いた表情をした。
「ああ、たしかにステイシーの遠い遠い遠い親戚というくだりはそうかもしれないな。それから、親類中をたらいまわしにされた、ということも。だが、きみは自分がローリング帝国の皇女ではないとは言っていないだろう?」
当然である。「ローリング帝国の皇女なのか?」と問われないかぎり、自分から皇女とかそうでないとかわざわざ話すことはない。
「それならば、だましたというのは違うな」
「コホン」
そのとき、パーシヴァルさんが咳ばらいをした。
「わかったわかった、パーシヴァル。まわりくどいことはやめておこう。ケイ。じつは、居住棟の居間で会ったときに気がついていたんだ。ステイシーがきみを紹介したときもだが、きみ自身もサリンジャーを名乗っただろう? ローリング帝国でその名を使えるのは、皇族とかぎられた上位貴族だけだということを知っていたんだ。ちょうどその前に王都から婚儀についてやかましく言ってきたところだから、無理矢理寄こしたのだとばかり思った。だが、きみを観察すると、どうもきいていた『大陸一の美妃』ではなさそうだ。いや、すまない。きみが美しくないとかではない。その、恰好や雰囲気がだ。例えばその手、荒れてしまっているだろう?」
指摘され、おもわず太腿の上で重ね合わせている自分の手を見おろしてしまった。
酷使された手は、見るに耐えない荒れ方をしている。
「嫁ぐとはいえ、結局は人質だ。だから、身代わりをよこしたのだと察した。その身代わりのきみをこのまま返せば、きみが処罰されるかもしれない。それから、パーシヴァルたちも必死になっていたから、このままだまされたふりをしよう。そう決意したわけだ」
「ケイ様。あなたと違い、他人を思いやるどころか人を食ったことばかりするドミニク様は、まんまとわたしたちを欺き返したわけです」
「おいおい、パーシヴァル。人聞きの悪いことを言うな」
「たしかに、人が悪すぎます」
「トーマス、きみまで言うのか? ああ、ああ。おれがすべて悪いよ。これでいいか?」
責められたドミニク様は、すねたように両肩をすくめた。
その子どもっぽい動作が可愛すぎた。笑う状況ではないにもかかわらず、小さく笑ってしまった。
「ケイ。やはり、きみは笑顔が一番いい」
すると、ドミニク様も笑った。
「ええ、ケイ様の笑顔は癒されます」
そして、パーシヴァルさんも。
「だれかさんの笑顔とはまったく違い、ほんとうに素敵な笑顔です」
トーマスまで、そんなお世辞を言って笑っている。
「ちょっと、だれかさんってだれのことよ」
そのとき、居間の扉が勢いよく開いた。
ステイシーとウインストンさんが立っている。
「ス、ステイシー? どうしておまえがここにいるんだ?」
「いたら悪い? もう夜明けよ。働き者のわたしは、起きてせっせと仕事をするのよ」
ステイシーはズカズカと入ってくると、小柄なトーマスの襟首をつかんだ。
それから、急に笑い始めた。
それが可笑しくて、さらに笑ってしまった。
みんなといっしょに。
しばらくの間、みんなで笑い続けた。