祖国からの使者 2
「ええ、閣下。その通りです」
「だが、『大陸一の美妃』の性格は最悪だときいている。これは、噂ではなく出所の信頼出来るたしかな情報だがな。彼女は、それにあてはまらない。そうだな、参謀?」
ドミニク様は、わたしを手で示した。
「ええ、閣下。仰せの通りです」
「ということは、処刑された皇帝はおれをたばかったということか? もしも彼女が『残りカス皇女』だとすれば、身代わりをよこしたことになる。だとすれば、それはそれで問題だ。たばかった罪もつぐなってもらわねばならない。ローリング帝国にな」
「そ、それは……」
ドミニク様の言い分はもっともな反面、使者たちにとっては言いがかりにすぎない。使者たちは戸惑っている。
「彼女がだれであれ、それは過去の話だ。いまは違う。いまはおれのメイドであり、おれの……」
ドミニク様は、体ごとこちらを向いた。
彼のその視線が必死すぎて、おもわず顔を上げて視線を合わせてしまった。
「おれの大切な人であることにかわりはない」
そのとき、ドミニク様の鋭い視線と表情がふっとやわらいだような気がした。
心臓が大きく飛び跳ねた。
「急使、国王陛下からの言伝を」
「はっ、閣下。陛下からのお言葉です。『思いのままにせよ。想う人を守ることこそが、男のなすべきこと。それがたとえ苦難に満ちようと、愛するレディを守り抜け』、とのことでございます。王妃殿下からも承っております。『愛するレディを手放すようなことをなさい。一生涯赦しませんよ』、と」
急使は、きっちり床に片膝をついて伝えた。
その内容を、わたしは他人事のようにきくしかない。
「承知した。もっとも、お言葉がなくともそうするがな」
ドミニク様は、使者たちに向き直る。
「ローリング帝国の使者ども、よくきけ。彼女がたとえ皇族の一員であったとしても、引き渡すつもりはいっさいない。ふたたび戦争になろうともだ。いや、戦争にはならぬな。これ以上とやかく言うようなら、個人的に訪問して決着をつけてやる。これ以上、ローリング帝国の民に迷惑をかけるつもりはないからな。おれの軍は最強だ。戦争になれば、結果は予想するまでもない。万が一とか奇蹟とかもいっさいなく、帝国を滅ぼすことが出来る。そのとき、まっさきに血祭りにあげられるのはだれか? 考えるまでもないだろう? さあ、さっさと行けっ! 駐屯地で拘束している残りの使者ともどもな。わが国から消えてなくなれ」
「待て、待ってくれ……」
「性急すぎる……」
「さあ、帰りはこちらだ」
「送るよ」
ローリング帝国の使者たちは、居間に招き入れられた駐屯地の兵たちによって連れだされた。
居間からではなく、このログハウスから。
彼らは、駐屯地にいる使者たちとともにレストン王国から追放されるのである。
そうして、居間に静けさが戻ってきた。
ドミニク様に長椅子に座るよう促されても、事態が把握出来ずにボーッとしていた。
「ケイ、大丈夫か? さあ、座って」
彼がさらに近づいてきて、わたしの手を取り長椅子に導いてくれた。
その手は、容姿に似合わず分厚くてタコだらけ。
これが誠の剣士の手なのね、とボーッとしている頭で思った。
「これを陛下に。きみたちも馬たちも充分休んでから出立するよう」
ドミニク様は、急使のひとりに手紙を託した。
「閣下、かしこましました」
託された急使は、恭しく受け取る。
「腹が減っているだろう。ケイ様がサンドイッチを準備して下さっている。それを食ってから仮眠を取るといい」
ウインストンさんが促すと、急使たちは驚いたようにこちらを見た。
「ありがたいことです。腹が減って死にそうでした」
「ありがとうごさいます」
二人して頭を下げるので、わたしも慌てて頭を下げた。
ウインストンさんの案内で、二人も居間を出て行った。
静寂が居間内に横たわっている。
頭の中は「どうしよう?」という焦りばかりが広がっていて、具体的にどうしたらいいという案は浮かんできそうにない。
謝罪しなくては。
ようやくそのことが頭に浮かんだ。
そうよ。まず謝罪しなくては。
とはいえ、その謝罪の言葉が出てこない。
そっと様子をうかがうと、ドミニク様とパーシヴァルさんとトーマスは、立ったまま小声で話をしている。というよりか、ドミニク様が一方的に話をしている。
パーシヴァルさんとトーマスの表情の変化を見ていると、わたしのことを黙っていたことや嘘をついていたことを咎められているようにうかがえる。