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祖国からの使者 1

 ふたたび母屋の居間へ行った。


 居間へ向かっている途中、パーシヴァルさんはなにも言わなかった。


 トランクを持つわたしの姿を見たにもかかわらず。


 二つのトランクは自室の床に置き、居間には手ぶらでいった。


 居間に入ると、全員が立っていた。


 その人数の多さに驚いてしまったけれど、ドミニク様はすぐにわかった。


 ただひとり、輝いているから。


 それは、見た目の美しさだけではない。


 人とは違うなにかが光っている。


「ケイ、呼び立ててすまない。じつは、ローリング帝国からの使者たちが、不可思議なことを言うのでな」


 ドミニク様は、わたしに近づいてきた。


 彼は、その左腰に剣を帯びている。


 無言で頷いた。緊張と不安でそうすることしか出来なかった。


 というよりか、よく立っていられるものだと自分でも感心する。


 とはいえ、堂々と前を向くことは出来ない。顔を伏せてしまうのが、癖になっている。


 美しい兄皇子たちや姉皇女たちに比べ、わたしはかなり劣っている。外見だけではない。わたしにはなんの力も才能もない。


 だからこそ、わたしは「残りカス皇女」なのだ。


 上目遣いで室内を見回すと、ウインストンさんにトーマス、それから先程エントランスに立っていた二人の急使がいる。トーマスは、見たことのない二人連れを牽制するかのように剣を片手に立っている。


 その二人連れが、祖国ローリング帝国からの使者だと推測した。


「おまえたち、彼女を見たことがあるか?」


 ドミニク様は、わたしからその二人連れに体ごと向いた。


 二人連れは、おたがいに顔を見合わせてから同時に首を振った。


 横に、である。


「もしも彼女が皇族なら、皇帝と名乗る人物の使者を務めるおまえたちでも一度は見たことがあるはずだ。たとえ遠くからでもな」


 ドミニク様は、いつもとは違って語気鋭く問う。


 心臓が飛び跳ねた。


 彼らがわたしを見る機会は、恐らくなかったはず。


 わたしは、一度も公の行事などに顔をだしたことはない。


 訂正。皇女としては、一度も公に出たことがない。


 家族の要望でパーティーや舞踏会などで働くことはあっても、家族のようにふつうに参加をしたことはなかった。


 もしも皇宮で働いているわたしを見たことがあったとしても、とても皇女とは思えない。


 いま、みずから皇帝と名乗っているのがサザーランド卿で、彼らがその手の人たちだとすれば、公の場で働いている姿でさえ見たことはないはず。


 なにせサザーランド卿は、大分と前に皇都を追われているのだから。


 だから、彼らもドミニク様に問われて否定するしかない。


「だろうな。彼女は、ローリング帝国の田舎の出身だそうだ。皇女などとは関係がない」

「だが、いっさい公に出たことのない皇女がいる。皇太子がそう言ったのだ。『残りカス皇女』と呼んでいる家族の恥がいる。それは、レストン王国の野獣と呼ばれる『氷の剣士』に人質として送りつけてやった。そのように白状したのだ」


 ひとりが叫ぶと、トーマスが剣をこれみよがしに振って脅した。


「無礼者がっ! 将軍閣下に対して……」

「副将軍、やめよ」

「ですが、閣下」

「おれが他国で野獣と呼ばれ、蔑まれているのはいまに始まったことではない。かえって、好都合だ。どんな蛮行も噂の通りであるとすませられるからな」


 ドミニク様は、悪意ある笑声をあげた。


 わたしには、ドミニク様が演じているのがわかる。トーマスもまた、同様である。彼も強面を演じている。


「おれのことはともかく、彼女のことだ。彼女は、おれのメイドだ。おまえたちが主張する皇女でなければ妻でもない。ましてや人質などではな。おれは、妻を迎えたことはない。いまのところは、だが。それを、難癖つけてくるとは、おまえたちの主も度胸があるな。それとも、ただの愚か者か? 戦時中から幾度もおれを、ひいてはわがレストン王国を何度もバカにしているのだぞ。自国を裏切り、皇帝を弑逆し、みずからを皇帝と称する。とても正義とは言えぬ方法と目的でな。おれがそのような男の要求に『承知しました』と応えると思うか? たとえ彼女が皇女であったとしても、引き渡すと思うか?」


 ドミニク様が形のいい唇を引き結ぶと、痛いほどの静寂がやってきた。


 祖国からの使者たちは、どちらも青い顔をして震えている。


 ドミニク様を知っているから、彼はいま「氷の剣士」と呼ばれる将軍を演じていることがわかっている。だからわたし自身はそうでもない。だけど、それを知らない使者たちは「氷の剣士」は噂通りの怖ろしい野獣将軍だと感じているに違いない。


「参謀、おれの妻になる皇女というのは、たしか「大陸一の美妃」と噂のある見た目をしているのではなかったのか?」


 ドミニク様は、視線をパーシヴァルさんに向けて尋ねた。



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