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窓の外にドミニク様が……

(だとすれば?)


 わたしは、いったいどうすればいいのかしら?


 いいえ。考えたり悩んだりする必要はない。


 居間で衝動的に行動に移そうとしたように、いますぐここから出て行けばいい。


 わたしがここからいなくなれば、だれがここにやってきたとしても、わたしがここにいるよりかはマシな結果になるはず。


 それならば、この夜のうちに出て行ったほうがいい。


 上半身を起こし、座った姿勢で窓を見つめた。


 頭の中で段取りを考える。


 灯火はつけないでおく。


 月光だけで充分だから。


 荷物をまとめ、そっと宿舎棟を出る。


 近くの町や村や街道や森や山のことは、ここですごすうちにある程度頭に入っている。


 どこに行くかは、歩きながら決めよう。


 最初にパーシヴァルさんと話し合ったとき、給金についても取り決めをした。当然、それだけの給金をもらっている。その給金は、衣食住に使うわけではない。いまのところ欲しい物もない。だから、手つかずのまま残っている。


 ささやかだけど貯えが尽きるまでに、この国を出てローリング帝国の手の届かない国に行きたい。


 そうしなければならない。


 とはいえ、とくに生き残ることに執着しているわけではない。


 この国で捕まりでもしたら、ドミニク様に累が及ぶかもしれない。それが心配でならないから、出来るだけ遠くへ行きたいと考えている。


(ダメダメ。ここでずっと考えていても仕方がないわ。こうしている間に、追手や使者が現れるかもしれない。とにかく、動かなくては)


 立ち上がろうと視線を下に向けた瞬間、室内が暗くなった。


(月が雲に隠れたのね)


 その瞬間、床に落ちている影が人影だということに気がついた。


(まさか、賞金稼ぎのような荒っぽい人?)


 書物に出てくるような悪人たちが脳裏をよぎる。


「コンコン」


 窓ガラスが控えめに叩かれた。静まり返っている室内に、それはやけに大きく響き渡った。


 恐る恐る窓に視線を向けてみた。


 すぐにでも部屋の外に出なければいけないのに、恐怖で体が動きそうにない。


「ドミニク様?」


 あざやかすぎる月光の中、窓の外にいるのはドミニク様だった。


 二階の窓の外に、彼の美貌が浮かびあがっている。




 母屋の厨房でホットチョコレートを作った。


 ドミニク様とわたしの分。


 わたしは、今夜これで二杯目である。


 ドミニク様の要望で、母屋の厨房に行った。ミルクとチョコレートが冷蔵室のわかりやすいところに並んで置かれてあったので、どちらも取り出した。


 ミルクを温め、そこに割ったチョコレートをすこしずつ投入してゆっくり溶かしていく。チョコレートの甘い香りが厨房内を広がり、ドミニク様とわたしの鼻をくすぐる。


 チョコレートが完全に溶けると、カップに移して出来上がり。


 カップの近くにマシュマロの瓶があったので、それぞれのホットチョコレートに三つずつ浮かべておいた。


 ドミニク様がトレイに乗せたホットチョコレートを運んでくれたので、そのまま居間に移動した。


 ローテーブルをはさみ、長椅子に向かい合わせで座り、ホットチョコレートを愉しんだ。


 ドミニク様は、それまでの間に説明してくれた。


 どうしてあんな奇抜すぎる登場の仕方をしたのか、を。


 ステイシーだった。


 彼女は、部屋の前でわたしと別れた後、母屋で休んでいるドミニク様のところに行ったらしい。


『ケイがパーシヴァルさんに虐められたか、あるいは叱られたらしいのです。ケイは、たいそう落ち込んでいます。ドミニク様、どうか彼女を慰めてあげてください。もちろん、パーシヴァルさんにみつからないようにです。みつかったら、たとえドミニク様でも叱られます』


 そのようなことを告げたらしい。


『王太子たるもの、このような時間にレディの部屋を訪れるようなだらしのないことはしてはいけません』


 しかも、彼女はお得意のパーシヴァルさんの真似まで披露したという。


『わかった。そうしよう』


 ドミニク様は、ステイシーに即答した。安心して宿舎棟に戻って行くステイシーの背を見送った後、ドミニク様は思案した。


 一番簡単なのは、正攻法でわたしの部屋の前に立って扉をノックすることである。だけど、パーシヴァルさんの部屋はわたしの部屋とのすぐ近く。しかも、パーシヴァルさんは神経質で眠りが浅いらしい。その方法では、気付かれてしまう可能性が高い。


 ドミニク様は、考えた末に昼間にわたしが使っていた脚立を利用することを思いついた。


 そして、実行に移した。というわけで、彼は窓の向こうに現れたのである。


 というか、夜遅くに部屋の扉をノックするより、窓から会おうとする方がよほど問題だと思うのだけれど。


(わたし、よく悲鳴をあげなかったわね)


 ホットチョコレートを飲みながら、自分で自分を褒めたくなった。


 が、それもすぐにこれからのことへと意識が向いた。



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