戦勝国へ
ありがたいことに、馬車で送ってもらった。
王都から離れることのなかったわたしにとって、窓外に流れていく景色のすべてが衝撃的だった。
訂正。王宮の門から出た瞬間から、想像を絶する景色にショックを受けた。
お姉様たちから「食べたいから買ってきなさい」とか「欲しいから買ってきなさい」とお願いされれば、いつだって買いに行った。王族御用達の商人ではなく、どうしてもわたしに買いに行って欲しいからと。お願いされれば張り切ってしまう。庭師や雑用係に馬車に乗せてもらい、よろこび勇んで街に行く。そのときに見た街の景色は、華やかでにぎやかだった。
でも、いまはあきらかに違う。荒れ果てているという表現が合っているのかもしれない。それは、王都外でも同じだった。
通過する町や村のほとんどが荒廃し、疲弊しきっていた。
世間知らずなわたしの目には、そのように映った。
馬車での旅行のドキドキやうきうきはなりを潜め、ただただ胸が痛んだ。
王宮内は、いまでも潤い満たされている。家族は贅を尽くし、ふんぞり返っている。
(こんなこと、いいのかしら?)
だけど、わたしにはなにも言えない。
なぜなら、わたしは「残りカス皇女」だから。家族たちと違い、わたしにはなんの能力もない。そんなわたしに、家族に意見することは出来ない。
だから、せめて祈らずにはいられない。
このローリング帝国の人々が、一日でもはやく日常を取り戻せますように。日々の糧と恵みを得られますように、と。
馬車の床に膝を折り、ずっと祈り続けた。途中、何度か停車したけれど、それでもずっと祈り続けた。
夜も同様に停車した馬車内で祈り続けた。食事はしなくても大丈夫。二日間くらいまでなら、食べなくても大丈夫だから。実際、これまでも何度も食べなかったことがある。お母様が、「役立たずにやる食事はない」とおっしゃったから。たしかに、お母様のおっしゃる通り。それ以降、食事は一日に一回鍋底に残っているスープをこそげ取り、硬くなったパンを食べる。それらがないときには、食べなくても大丈夫。倒れなければ、大丈夫だから。
だから、このときも大丈夫。ずっと祈り続けて大丈夫だった。
いつの間にか国境を越え、景色が一変していた。
そこでやっと祈るのをやめた。
そうして、目的地に到着した。
嫁ぎ先である「氷の剣士」のもとに。
レストン王国は、この大陸でも一、二位を争う大国らしい。
一番上のお姉様の代わりに嫁ぐことになった相手は、その大国の王子様の一人。彼は、わたしたちとの国との戦争でも陣頭で指揮を執っていたという。
「氷の剣士」という二つ名は、彼が相当な剣の遣い手というだけでなく、氷よりも冷たく陰気な性格だかららしい。それだけでなく、戦いで顔が傷ついていて、ずいぶんと醜い容姿だという。
という話を、一番上のお姉様と二番目のお姉様がしていた。
(いったいどのような方なのでしょう)
家族をはじめ、皇宮にいる人や訪れる人しか知らないわたしにとって、前線で指揮を執って大活躍している王子様というのは、書物の中でしか見たことがない。だから、実際にそんな人がいるのだと驚いてしまった。
お父様やお兄様たちは、前線どころか戦時中でも宮殿で贅のかぎりを尽くしている。前線からもたらされる報告もきかないし、激励の言葉を送ったり、ましてや陣中見舞いに前線を訪れるなだということはない。
支配者階級とは、そういうものだと思っていた。
だからこそ、書物に出てくるようなそんな英雄に会えることが楽しみでならない。
馬車から降り立つと、お礼を言う暇もなく去ってしまった。
そんなに急いで大丈夫かしら?
馬たちも疲れているでしょう。それなのに休憩もせず、全速力で去ってしまった。
いっさい言葉を発さず、顎と目線だけでコミュニケーションをとっていた馭者だった。
どうか盗賊に襲われたり事故に遭わずにすみますように。
無事に帰国してくれることを祈らずにはいられない。