ドミニク様の吐露
「ドミニク様、けっしてそのようなことはありません。ドミニク様は、やさしい方です。他人の痛みをよくわかっていらっしゃいます。戦争で人を殺したり傷つけたりすることは、だれだって怖かったり恐ろしかったりします。かえってそれらを感じず、感覚が麻痺してしまうことの方が怖ろしいことなのだと思います。申し訳ありません。正直なところ、わたしにはドミニク様の恐怖や不安はわかりません。それなのに、こんな知ったようなことを申し上げて……」
「ケイ。きみは、怖くなかったのか? たしか、ステイシーはきみの引き取り先の家が燃えたと言っていたと記憶しているが。おれたちの軍が間近まで迫って来て、怖かっただろう?」
「そ、それは……」
わたしは、戦火にまみれたことなどまったくない。敵軍が間近にまで迫って来たとか、その姿を目の当たりにしたとかも。それどころか、遠く離れた皇宮で家族ともども安穏とすごしていた。
だから、他国に攻め入られた人々の気持ちがわかるはずがない。
ドミニク様の気持ちどころか、同国民の気持ちもわからないでいる。
そのとき、ドミニク様にほんとうのことを告げたい衝動にかられた。
「わたしは、姉の代わりにあなたに嫁ぎに来ました。だから、攻め入られた人々の気持ちはなにひとつわからないのです」
そのように。
だけど、ドミニク様をだましていることがバレることで、パーシヴァルさんやステイシーたちが咎められることになるかもしれない。
わたし一人の気持ちで勝手に告げていいものではない。
「ドミニク様……」
口を開きかけたけれど、真実を告げることは出来なかった。
「申し訳ありません。そのとき、わたしは用事を言いつけられてその家を離れておりました。実際、家が消失したときにはいなかったのです」
「そうだったのか。それで、その引き取り先の家族は? 無事だったのか? 攻め入っておいてこんなことを尋ねるのは偽善にすぎないだろうが……」
「無事でした。ご心配いただき、ありがとうございます」
嘘を重ねる自分が嫌になる。
「ドミニク様、ドミニク様、どこにいらっしゃるのですか?」
そのとき、パーシヴァルさんがドミニク様を呼ぶ声がきこえた。
「ケイ、みっともないところをみせてすまなかった。いまの醜態は黙っていてくれないか? 彼らにこれ以上心配をかけたくない。きみだからかな? つい弱音を吐いてしまった」
「もちろんですとも。ご心配なく」
わかるような気がする。
わたしは部外者で、しかもレディだから言いやすいのかもしれない。
「ケイ、感謝する。よければ、また話をしないか? 弱音は吐かない。愚痴も言わない。ただ、きみのことをもっと知りたいんだ」
「ドミニク様……」
ドミニク様の申し出は、困惑しかない。
「ドミニク様、このようなところでなにを?」
そのタイミングでパーシヴァルさんがやって来た。
「見てわからないのか? ケイの手伝いだ。ちょうど終わったところだ。どうだ? 窓ガラス、ピカピカだろう? 先の雨で汚れていたのが、こんなにきれいになった。ここだけではない。どの窓もだ」
「ドミニク様。自慢はするのはよろしいですが、ピカピカにしたのはケイであってドミニク様ではないですよね?」
パーシヴァルさんの冷静なまでに指摘に、おもわず笑ってしまった。
その笑いは、二人にも即座に伝染した。
三人でしばらく笑い続けた。