窓拭き
数日の間、めずらしく雨の日が続いた。その雨もやんで晴れの日が続くようになったけれど、窓ガラスが汚れてしまっている。
まずは内側をきれいにした。一枚一枚丁寧に磨き上げると、窓ガラスがよろこんでくれる。
が、外側が汚れている。当然、内側だけを磨いただけではきれいにはならない。
というわけで、今日は朝から外側をきれいに磨くことにした。
二階から始めた。
窓は、すべて外開きである。窓を開いた状態で内側から腕を伸ばして出来る範囲で磨くしかない。
高い位置は踏み台の上に乗り、窓枠にしがみつくようにして磨いた。
二階の最後の一枚というとき、お客様がやって来た。
将校服姿の軍人が五人。いずれも馬に乗り、颯爽と現れた。
パーシヴァルさんが出迎え、すぐに招き入れられた。
それを二階から見るともなしに見ていた。
お客様にお茶をというわけで、ちょうど二階の分は終わったので厨房に行ってみた。
ステイシーがお茶を出してくれると言ってくれたので、一階の窓ガラスを磨くことにした。
一階は、窓ガラスだけでなくガラス扉もある。
脚立を借りようと、トーマスを探したけれど見つからなかった。
だから、納屋に取りに行った。
勝手に借りてもいいわよねと自問自答しつつ、背負いつつ運んだ。
ドミニク様の執務室の辺りを通りかかると、窓ガラス越しにお客人たちとドミニク様とパーシヴァルさんとトーマスが見えた。
お客人たちは立ったままで、ずいぶんと熱心に話し込んでいる。
(軍関係の話に違いないわね)
そういう話は、秘密のはず。
だから執務室の窓ガラスは、お客様が帰ってからに磨くことにした。
居間のガラス扉から始め、食堂のガラス扉、それから図書室や厨房やその他の部屋を終えた。
「ここも終了ね」
納戸として使っている部屋の窓ガラスを磨き終わったタイミングで、ウマたちの嘶きがきこえ、そのすぐ後に馬蹄の響きが遠ざかっていた。
お客様が帰ったに違いない。
執務室の様子を見て、執務室の窓ガラスを磨こう。
脚立を背負うようにし、ひきずるようにして執務室の窓まで運んだ。
のぞいてみると、だれもいない。
ドミニク様は、お客様を見送ってから自室に行ったのかしら? もしくは、図書室に行ったのかも。
(いまのうちね)
というわけで、執務室の窓ガラスを外側からせっせと磨き始めた。
窓ガラスの下側はそのまま磨けるけれど、上の方は脚立に登らないととても手が届かない。
脚立に足をかけた途端、バランスが悪い気がした。脚のどれかが小石か何かの上に乗ってしまっているのかもしれない。
(大丈夫)
さほど大きく動くわけではない。
窓ガラスを磨くくらいで倒れてしまう、なんてことはないはず。
さして気にせず、そのまま六段ある梯子を登って磨いた。
「これでどのガラスもピッカピカよ」
窓ガラスもよろこんでいる。
達成感に満たされた瞬間、グラッときた。
一瞬地震かと思ったけれど、違った。
脚立が傾いたことによる、揺れだった。
「キャッ!」
自分の迂闊さを悔やんだり呆れ返る暇があるわけがない。ジッとしていれば大きくは揺れなかったかもしれないのに、雑巾を放り投げて両腕をブンブン振り回してしまった。
脚立は、その勢いでさらに大きく揺れた。というよりか、ぐらついた。
そうして、ゆっくり倒れ始めた。
打ち身ですむかしら? それとも骨折? もしかして、頭を強く打って死んでしまう?
よりによって背中から落ちてゆく。
雨の後だから、空がいつも以上に青く感じられる。
(ああ、きれいな青い空。まるでドミニク様の瞳みたい)
背中から落ちながら、青い空を見てドミニク様の瞳と重ねていた。
もう衝撃がくるわね。
その大きな衝撃に耐える為、ギュッと瞼を閉じた瞬間……。
「ケイッ!」
呼ばれたと同時に、衝撃があった。
だけどその衝撃は、地面に背中を打ちつけたものではなかった。
おそるおそる瞼を開けると、つい先程脳裏に思い浮かべたドミニク様の青い瞳が目に飛び込んできた。
つまり、わたしの体に加わった衝撃は、ドミニク様に抱きとめてもらったときのものだった。
「ケイ、大丈夫か?」
(ドミニク様の瞳は、まるで真夏の空見たい……)
目に染みるような真夏の青い空。彼の瞳の色は、まさしくその色。
それを認識した途端、またしても胸のあたりが痛くなってきた。心臓がドキドキばくばくし、胸全体がキューッと痛みだした。