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逃した魚は大きい?

 眼下に広がる光景は、控えめに言っても素晴らしすぎる。


 その光景とサンドイッチを、心いくまで堪能した。


「ウインストンのサンドイッチは最高だ」


 ドミニク様は、いまは上機嫌である。


「申し訳ありません。じつは、ドミニク様のサンドイッチはわたしが作ったのです」

「ケイ、きみが?」


 ドミニク様は、サンドイッチとわたしを交互に見た。


「サンドイッチだけではありません。最近のドミニク様のお食事は、わたしが。ウインストンさんに教えてもらいながらですが」

「そうだったのか。いや、だからわずかでも味に変化があったのか。てっきり味覚がおかしくなったかなと思っていたが、きみが作ってくれていたのか」

「お許しください。ドミニク様のお口に合わないものをお出しして」

「なにを言っているんだ。どれもすごくうまいよ。ウインストンにきいていないか? ずっと食欲がなくてね。作ってくれている彼に申し訳がないから、無理して食っていたんだ。まぁ彼は勘がいいし、ずっといっしょにいてくれているから、気がついていただろうが。しかし、きみが来てから食欲が増してね。食事も美味く感じられるようになった。なにより、きみに給仕をしてもらいながら食うのが楽しくてならない。きっときみの心のこもった料理のお蔭だよ」


(ドミニク様……)


 不味い料理をそのように持ち上げて下さって、感謝します。


 心から感謝せずにはいられない。


 景色とサンドイッチを楽しみながら、いろいろな話をした。とはいえ、ドミニク様の質問に答えていたので、わたしがほとんど話をした。


 ドミニク様は、わたしがこれまでどういうふうにすごしたのかを知りたがった。だから、引き取り先でひたすら家事をしていたこと。一応、親類をたらいまわしにされたけれど、あまり親密ではなかったこと。そういうもろもろのことを正体がバレないよう気をつけつつ話した。


 ドミニク様はときおり質問をしたけれど、黙ってわたしのつまらない話を辛抱強くきいていた。


 食事の後、古木の太くて大きな枝の上で読書をした。


 とはいえ、まったく集中出来なかった。


 図書室でドミニク様が推薦してくれた恋愛物の小説に目を落とすも、一文字も読めない。いいえ。一応目で文字は追っている。が、頭の中に入ってこない。まるで文字が急に読めなくなったかのように。


 ドミニク様をそっとうかがうと、いつものようにひょうひょうとした感じで本の頁をくっている。


 しばらくそうしてすごし、みんなのいるところに戻ることにした。


 その間、ずっとドキドキばくばくはおさまらなかった。だけど、表現することが難しい気分も味わった。



 みんなのところに戻ってみると、みんな魚釣りやボートに乗りに行っていた。


「ケイ、魚釣りをしたことがあるかい?」

「いえ、一度もありません」

「教えよう。地味だが、結構面白いんだ」


 というわけで、本を置いて魚釣りを教えてもらった。


 夕食がかかっているからと、ドミニク様に教えてもらってから湖の岩場に行って二人並んで座り、釣りを開始した。


(初めてだし、釣れるわけないわよね)


 などと考えているのも束の間、突然湖に引き摺り込まれそうになった。


「ドミニク様、すごい力です」


 ピンと張っている糸は、水面をあちらこちらに動きまわっている。竿はおもいきりしなっていて、よく折れないものだと感心してしまう。


「これは大物だぞ、ケイ」


 すぐにドミニク様が助けてくれた。二人して竿を握り、水中を狂ったように泳ぐ大物が疲れるのを待つ。


「バシャーン」


 その大物が湖面から跳ね飛んだ。


 それはもう大きな大きな魚で、わたしたちが見惚れているほんのわずかな間、ゆっくりと宙を舞っていた。


 そして、また水しぶきと大きな音がし、大きな魚は消え去ってしまった。


 永遠に。

 糸が切れてしまったのである。


 夕方、みんなで例の古木のところに行って真っ赤に輝く湖を眺めた。


 燃えるような赤色は、「レッド・アップル」というよりは燃えているように感じる。その激しい美しさに感動したのはいうまでもない。


 みんなでその光景を心ゆくまで堪能した。



「はいはい、わかっていますよ。逃した魚は大きいですからね」

「パーシヴァル、信じていないだろう? ほんとうに大きかったんだ。魚釣り初体験のケイが、超大物を釣ったんだ。すごいだろう、ええ?」

「あー、ドミニク様。釣れた、わけではないですよね? 結局、糸を切られたのですから」

「あのなあ、トーマス。物は考えようだろう?」

「ドミニク様、焼けましたよ。ケイが釣り上げられなかったのは残念ですが、またいつでもリベンジ出来ます。おそらく、その魚はこの湖の主でしょう。だとすれば、一度や二度の挑戦では勝てませんよ」


 結局、パーシヴァルさんとウインストンさんとトーマスとステイシーが、人数分以上の魚を釣ってくれた。


 それらをウインストンさんが下ごしらえし、豪快に焼いてくれたのである。


「ああ、まあな。ウインストンの言う通りかもしれない。ケイ、この次こそは勝とう」


 ドミニク様はウインストンさんから焼き魚を受け取り、機嫌を直したみたい。


「はい、ドミニク様。ですが、湖の主に悪いことをしました。針が刺さっているか、あるいはひっかかっているかのままですよね? きっと痛かったり邪魔だったりしているでしょうから」


 気になっていることを、つい言ってしまった。


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