「がんばってぇぇぇぇぇっ!」
湖の名前は、「レッド・アップル」というらしい。
形はさることながら、夕方の光景が圧巻だそう。
湖面が真っ赤に染まるというのだからすごいと思う。
今日は一日すごすので、その光景を見ることが出来るはず。いまでもキラキラ光っていてきれいなのに、真っ赤に染まるとどうなるのだろう、と楽しみでならない。
到着したのはちょうどランチタイムだったので、さっそくランチにすることにした。
ランチは、ウインストンさんとわたしが作ったサンドイッチとフルーツと葡萄ジュース。葡萄酒を持って来ているけれど、それははやめの夕食時に魚といっしょに飲むらしい。だから、みんないつもはだいたい赤葡萄酒を飲んでいるけれど、今日持参しているのは白葡萄酒。
なにがなんでも魚を釣ってもらわないと、夕食抜きになってしまう。
「よければ、もっと眺めのいい場所があるんだ。そこで食わないか? 食ってからしばらく読書をしよう。そのあと、魚釣りをしてもいいしボートに乗ってもいい」
「ドミニク様、それはいい考えです」
わたしが口を開くよりもはやく、ステイシーが答えていた。しかも、手を打ち合わせるというジェスチャーまで添えて。
「ケイ、行ってらっしゃい。ほら、はやく」
そして、彼女はボーッと立っているわたしの背中を全力で押した。
「ドミニク様、二人分のランチです」
ウインストンさんがドミニク様にバスケットを渡した。
「ドミニク様、われわれから離れすぎないように願います」
「わかっているよ、パーシヴァル」
みんなに見送られ、ドミニク様といっしょに歩き始めた。
だけど、痛いほどの視線を感じた。そっとうしろを振り返ると、パーシヴァルさんとウインストンさんとトーマスが全身でジェスチャーをし、なにかを伝えようとしている。
(なにかしら?)
がんばって読み取ろうとしたその瞬間だった。
「ケイ――――ッ! がんばってぇぇぇぇっ」
ステイシーの叫び声が、静寂満ちる湖畔に響き渡った。
「がんばるってなにをがんばるのかな?」
いつの間にか足が止まっていて、すぐ隣にドミニク様が立っていた。
「さあ、わかりません」
正直に答えた。
なにをがんばればいいのか、ほんとうにわからないから。
「読書をがんばる? そんなわけはないな。さあ、行こう」
「はい」
また歩き始めたけれど、ステイシーの「がんばって」の意味はわかりそうにない。
ドミニク様は、獣道を歩いて行く。緩やかだったり急だったりと勾配がある。こういう道を歩くことはなかった。皇宮にも森はあったので、夜半散歩をしたりした。だけど、平坦な道でいまほどきつくはない。
「ケイ、大丈夫?」
ドミニク様は、ときおり振り向いては声をかけてくれた。
「もうすこしだ。苔で滑りやすいから気をつけて」
足元を見おろすと、小さな岩や倒木があり、一面苔だらけになっている。
忠告通り、一歩一歩気を付けて足を踏み出す。
「ほら、ここだ」
「うわあ」
大きな大きな古木。苔だらけだし穴が開いたり崩れかけたりしているけれど、まさしく木の神様という感じがする。
この辺りの主に違いない。
「登ろう。この上からの眺めが最高なんだ」
(登る? わたしに出来るかしら?)
そう思いつつ一歩を踏み出した瞬間、ツルッと滑ってしまった。
履いている靴が酷使しすぎていて、靴底がツルツルになってしまっている。苔だけでなく、それもあるに違いない。
「キャッ」
情けない悲鳴を上げつつ、自分が仰向けにひっくり返るのを他人事のように感じる。
青い空が目に飛び込んできた。それと、古木の枝葉も。
「おっと」
背中を岩か苔だらけの地面に打ちつける。
そう覚悟した瞬間、ドミニク様に抱きとめられていた。
「大丈夫か?」
見上げると、青空をバックにドミニク様の美貌がこちらをのぞきこんでいる。左頬の傷は、やけに白く光っている。
「は、はい。大丈夫です。申し訳ありません」
「いや。ほら、立てるか?」
彼に立たせてもらった。
心臓がドキドキばくばくしている。
ひっくり返りかけた影響に違いない。
ドミニク様に手伝ってもらいながら古木に登ることが出来た。