ドミニク様と…… 2
(わたし、いったいどうしてしまったのかしら?)
ドミニク様の美しい顔から目を離すことが出来ないでいる。息苦しさが増し、それに伴い心臓もドキドキばくばくがひどくなっていく。
二人で見つめ合っているけれど、メイドが王太子殿下と見つめ合うなんて不遜すぎるわよね。
畏れ多いと思いつつも、目はその美しい顔に釘付けになったままである。
そのとき、窓ガラスから射しこむ陽光の中、彼の顔が赤くなっていることに気がついた。
「まあっ! ドミニク様、大変」
驚きのあまり叫んでしまった。そのお蔭か、息苦しさと胸の痛み、それから心臓のドキドキばくばくがやわらいだ。
「お顔が真っ赤ですわ。陽にあたっているからかしら? もしかして、熱があるのではないですか?」
気がついたら、背伸びをしてドミニク様の額に自分の右手を添えていた。
悲しいことに、ドミニク様は長身でわたしは背が低い。だから、背伸びをしなければならない。
「い、いや、熱はない……」
「し、失礼いたしました」
またまた慌ててしまった。
よりにもよって勝手に体に触れるだなんて。メイドのすべきことではない。
すぐに彼から離れた。
結局、ドミニク様の熱はわからなかった。その形のいい額に触れたのは一瞬だけだったから。
短く刈り揃えた金髪の下、ドミニク様の美貌には困惑の表情が浮かんでいる。
「ほんとうに申しわけございません。熱があるかも、と勝手に額に触れてしまいました」
「いや、それは、いや、そうだな。熱はない。ほんとうだ。だが、気にしてくれてありがとう。ここ、暑くないか? そ、そうだ。暑い。ここは、すごく暑い」
ドミニク様はひとり言をつぶやきつつ、窓をおもいっきり開けた。
心地いい風がふんわりと入ってくる。
「気持ちのいい風ですね」
「ああ。馬で疾走したら、もっと気持ちいいのだ」
ドミニク様が馬で疾駆する姿は、想像するまでもなくカッコよすぎるでしょう。
「そうだ。ここから近くに読書するにはもってこいの場所があるんだ。湖の畔なんだが、そこに行って読書三昧なんてどうだろう? ウインストンにランチを作ってもらい、何冊か本を持って。ほんとうは、きみに乗馬を教えて遠乗りがてら行きたいところだが、一日や二日で乗れるようにはなれない。それまで待ちきれない。馬車で行こう」
「はい? ですが、わたしは……」
「きまりだ。あとでウインストンに頼んでおこう」
「でも、ドミニク様……」
勝手に決められてしまった。
ドミニク様の提案は困惑しかない。
いろいろな意味で「いいのかしら?」と思ってしまう。
「では、さっそく恋愛物を選んでみよう」
ドミニク様は、さっさと本棚に近づいて本を選びはじめた。そのドミニク様の横顔を見つめる。
困惑の中にも、どこか楽しみにしている自分がいることに驚きを禁じ得ない。
(わたし、いいのかしら?)
どんなことでも「大丈夫」で片付けてしまうわたしだけど、このときばかりは「大丈夫」と言いきかせる余裕がない。
うれしく、楽しみにしているという気持ち。そして、不安。
本を選ぶ彼の横顔を見つめつつ、心と頭の中はそれらでいっぱいだった。