ドミニク様にお仕えする
翌日から、ドミニク様のいる母屋を徹底的に磨いた。
とはいえ、ドミニク様は自分のことは自分でほとんどしてしまう。そして、ムダに汚したりしない。
正直なところ、わたしが磨かなくても充分きれいである。
だけど、もっとピカピカに出来るし、きれいにも出来る。
というわけで、母屋のいたるところを磨いたり掃いたり払ったりしてすごした。
ここでの生活は、楽しすぎる。
怖いくらいに。
朝、夜明けとともに起き、ステイシーとトーマスといっしょにニワトリの卵を集めたり牛の乳をしぼったり、ウマの手入れを手伝ったりする。それから、菜園に行って野菜の収穫や手入れを手伝う。
その後、ウインストンさんに料理を習いながら朝食づくり。
料理は出来るけれど、自己流だから見た目も味も人前に出せるものではない。ウインストンさんのようなプロに教えてもらったら、将来の役に立つ。だから、必死に習っている。
朝食の準備が終わると、ドミニク様の朝食の準備をする。
ドミニク様は、早朝剣の稽古をする。ときには、トーマスもいっしょに。
ドミニク様は、剣の稽古を終えると井戸で汗を拭き、それから朝食をとる。
ドミニク様の朝食の後片付けが終わると、わたしたちの朝食の時間。
焼き立てのパン、卵料理にカリカリベーコンやソーセージ、サラダにヨーグルト。あるいは、パンケーキにたっぷりハチミツをかけたり、ホイップを添えたもの。別棟の食堂でワイワイ話をしながら食べる。
それがまた楽しすぎる。
とくにステイシーとトーマスのやり取りが面白くて、いつも笑ってしまう。
朝食を終えると、母屋の掃除や洗濯にとりかかる。
昼食にはサンドイッチやサラダを食べ、お昼以降も母屋で作業を続ける。
ときには、ステイシーやパーシヴァルさんと近くの町や村に買い出しに行ったり、ベリーや果実やキノコ類を狩りに行ったりする。
夢中になって母屋の床を磨いていて、ドミニク様に驚かれることも一度や二度ではない。
そんなとき、ドミニク様は笑って「無理はしないよう」と言う。
「こうしているのが、わたしにとっていい気分転換なのです。すごく心が落ち着きます」
ほんとうのことだからそう告げると、ドミニク様は美しい顔にやさしい笑みを浮かべる。
(変わり者だと思っていらっしゃるわよね)
そんな美しくもあたたかい笑みに、そう確信してしまう。
だけど、床も窓ガラスも調度品もピカピカになるから、ドミニク様も「きれいになった」とよろこんでくれている。だから、多少変わり者だと思われても大丈夫。
ここでの生活にもすっかり慣れてしまうと、居心地がよすぎて不安になってきた。
いつか放り出されるかもしれない。
その不安につきまとわれ始めた。
これまでは、(大丈夫。放り出されたら、そのときにはどこかで働き口を見つけよう)とか、(どうにかなるから大丈夫)と考えていたけれど、ここ最近の贅沢な生活や、ステイシーたちとの触れ合いで、すっかり甘えが出てしまっているみたい。
そんな一日、この日は母屋にある図書室の床を磨いていた。
とはいえ、いくつもある本棚についつい気がそれてしまい、なかなか作業がはかどらない。
本棚には、当然様々なジャンルの書物がたくさん並んでいる。
書物が大好きなわたしにとって、それは抗いようのない誘惑である。
ついには、立ち上がって本棚を端から端まで見てしまっていた。
「きみは、書物が好きなのか?」
すぐうしろでドミニク様の声がしたときには、驚きのあまり飛び上がってしまった。
「は、はい。大好きです」
やめておけばいいのに、つい答えていた。
答えてから、「しまった」と気がついた。
ステイシーの遠い遠い遠い親戚のわたしが、書物を読んでいて大丈夫なのかしら、と。
このレストン王国の識字率はわからない。すくなくとも故国ローリング帝国のそれは、けっして高くはない。貴族の子弟のほとんどは、強制的に学校に通わされる。裕福な商人や実業家の子弟たちも同様である。
だけど、平民はそうはいかない。よほど裕福でないと学校に通ったり教師に習ったりということはしない。
ましてや地方ともなると、そういう機会すらほとんどない。
さらには、意識も低い。
文字など読み書きする必要はない。
そういう考え方が根強い。