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今の自分にできること


 タイガ様の召喚当初、もう一人召喚するはずだった人間が術式の妨害で魔王軍側に奪われたことが明らかになっていた。

 その瞬間の彼の『アイツもいるのか』と呟いたときの安堵の表情は今でも忘れられない。

 わたしは現在に至るまであれほどタイガ様を安心させられたことがないから。

 もう一人の転移者であるその人に若干のモヤついた感情を抱きはしたものの、わたしの目的は魔王の支配から解放したその転移者とタイガ様を再会させるというものに決まった。


 だが。

 結局、わたしには何もできなかった。

 導くことが──できなかったのだ。


 タイガ様はご自身の手でその親友を討たれた。

 辺境の山奥で勇者パーティの前に立ちふさがった彼──黒騎士の称号を与えられていた”タキガワ”という男を、勇者としてまるで情け容赦なく討伐した。

 あまりにも平然としていた。

 遺体を埋めたあと、まるで一仕事終えたときのような軽いため息すらついていた。

 わたしはタイガ様にとって”不要な守るべきもの”で、彼は本当に守るべきだった者をその手にかけてしまったのだ。

 

 壊れて当たり前だ。

 心が死んでしまっても何もおかしなことではない。

 親友を手にかけその後も不自然なほどいつも通りに振る舞う彼に、何も言えなかったのは悪手だった。

 ゆえに──遂に彼は我慢の限界を迎えた。


「…………わたしのせいです」


 動揺するエレナさんとシャルティア様のそばで、ぼそりと呟く。

 自分の罪は自分が最もよく理解している。



『ありがとう……ショウタロウ』



 誰もいない虚空に向かってまるで神に祈りを捧げるかのように跪くタイガ様。

 彼を、あれ以上放っておいてはいけない。

 平然とした顔の奥で誰よりも悲しみに耐え続けて、まさに薄氷の如く精神が壊れる寸前の彼の支えになれるのは、ずっとそばで戦い続けたわたししかいないはずだ。


「ま、待ちなさいってば、アイリス!」

「そうだ、今のタイガにしてやれることは、そっと──」


 振り返る。

 そうじゃない。

 お二人もタイガ様の理解者ではあるが、最も長い付き合いのわたしからすればそっとしておくのは得策ではないと分かるのだ。

 

「ダメです。いま、あのお方にはわたしが。──わたしたちが必要なのです」


 意を決し、再び歩みを進める。

 もうこれ以上は見過ごせない。

 多少無理やりでも他人が介在しなければ彼はさらに深淵へと落ちていってしまう。

 だから何とかする。

 方法は……えっと、まだ、なにも思いついてないけど。

 とりあえずかつて泣いていた幼少期に孤児院のシスターにやってもらった方法から試してみよう。

 

 タイガ様をこの胸に抱き留める。

 たとえ拒まれても怒りをぶつけられたとしてもわたしは決して怯まない。

 彼の痛みを、悲しみを、彼一人だけのものにしてはいけないのだ。

 

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