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アタシの勇者

 見知らぬ土地へ召喚され、死地へ赴くことを強制され、何も思わないはずがない。

 何も感じないはずがない。

 辺境の地で黒騎士を殺したあの日がきっと決定打だった。

 アイリス曰く黒騎士は彼と同じようにこの世界へ召喚されたかつての親友だったそうだ。


『どうしたらいいんだ親友ッ!! 教えてくれェッ!!!』


 その姿に強く絶望を感じた。

 彼にではなく自分自身に。

 勇者という幻想に、復讐と理想の妄執に囚われ過ぎて大切な人のことが何も見えていなかった自分に、心底殺意が湧いていた。

 

『──わたしたちが必要なのです』


 アイリスは迷わなかった。

 アタシよりも幼いはずの彼女は迷ったことを後悔して、今度は迷わないようにと覚悟を決めていた。

 アタシは変わらず、ただ悄然と立ち竦むばかりだった。

 許せない。

 こんなことではいけない。

 きっとアタシにもできることが、何か──



「ふっ。……最後の晩餐、か」



 ──あぁ、ダメだ。

 このままではきっと駄目だ。


「……? どうした、エレナ」


 彼の瞳の奥に、自らの生への諦観が映っている。

 親友を手にかけた自分への罪悪感と勇者という立場そのものの重圧に耐えかねて、何もかもを諦めようとしている。

 最後の晩餐だなんて言葉が、無意識に溢れてしまうほどに。


「……いえ、なんでもない。先に行くわね」


 もう迷っている暇はない。

 きっとアイリスだけでは足りないのだ。

 気持ちの問題ではなくまず彼自身を物理的に死なせないようにしなければならない。

 拘束魔法や催眠など、勇者が本気を出せば破れる枷はどれも無意味だ。

 

「死なせない。……絶対に、死なせたりしないんだから」


 階段を下りながら、今度こそ覚悟を決めて前を向いた。

 魔法を極めたアタシにしかできないことが、きっとあるはずなのだ。

 もう時間がない。急がないと何もかも終わってしまう。


 ほんの少しだけ待っていて──アタシの、勇者。

 

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