9 四匹目の俺
俺はどうしていつもこうなんだ。
自分の取った行動が仇となり、自ら勝手に不幸になる。
それは俺の前世からの悪いクセだった。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
鳴り響く轟音の中、俺の肉体を大質量の光線が蝕んでいる。
少女が指を振りかざした瞬間、天からレーザー光線のように俺のいる地点へと光が着弾したのだ。
なるほど、これが彼女の自信の源か。
天使の力などと言ってたっけ。
これは参った。
確かにこれじゃ一瞬と持たないうちに俺は文字通り消滅するだろう。
少女は俺より強い。俺の勝率は限りなくゼロ。何から何まで彼女の言う通りだったな。
それまでピンピンしていた俺の肉体はドロリと焼けただれ、溶けた瞬間また焼付き、そんなことを繰り返している。
当然服や靴などもとっくに燃え尽きている。
この調子だと、もう髪の毛も残っていないんじゃないだろうか。
……そうだ。俺なんて……
絶対に彼女に勝負など挑むべきじゃなかった。
今となれば痛いほど分かるが、俺の後悔はいつだって遅い。
思えば前世で死んだ時だってそうだ。
小さな子供からカードを取り上げ、そのバチが当たって死に至った。
なんてしょうもない人生なんだ。
どうしようもない過ちを犯し、後から間違いだって気づく。
自分が本当に情けないと心底思う。
ゴオオオ、というこれまで聞いたこともないような爆音が耳をつんざき続ける。
だがふとした瞬間それも徐々に小さくなっていった。
ついに耳までイカれてしまったか。
目も潰れ、前も見えず、熱も感じず皮膚の感覚すらない。
自分が立っているのか、座っているのか。
分からない。
分からないが一つ言えるのは俺は全人類の中で一番最悪の姿をしているだろうということ……
……ああ、死ぬまでが長い。
これならとっととくたばってしまった方がまだマシじゃないか。
――勝負にならないんだよ
――君の勝率は本当にゼロだったんだ
俺に勝ち目はないと言った彼女の言葉の数々は正しかった。
でも一つだけ間違いがある。
彼女は俺は思考の余地すらなく即死すると言った。
でも俺はこうして死に際について考えることができている。
もしかしたらこれが走馬灯ってやつなのだろうか、死ぬ直前の時間が何百倍にも引き伸ばされるってやつ。あるいは俺が攻撃を食らう直前、反射的に魔力で体全身を覆い抵抗を試みたことが彼女の計算を狂わせたのか。
だが何にせよどうでもいいことだ。それなりの魔力で固めたつもりだったが、こんなものこの光柱の膨大なエネルギーと比べてしまえば焼け石に水。
俺は一瞬後間違いなく死に至る。
何なら骨すら残らないんじゃないかな。
……ああ、ついに意識が朦朧としてきた。
なんだかもう疲れたな。
死ぬ理由はよく分からないけど、死ぬしかないよな。
こうなったのも自業自得だというのは覚えているから、きっとこうなる運命はこうだったんだきっと……ああ、思考が溶ける、もう、むり、だ……とにかく、パッとしない、人生、だった……
「――お主には特別救済措置として異世界に転生してもらおうと思う」
ふと、浮かんできた誰かの笑顔。
これは……かみ、さま?
はは、こんな時にどうして、
「――うむ、異世界で使える能力を一つだけ授けてやるから考えてみるとよい」
ああ、なんだ、俺の記憶の中か。
何だってこんな時に。
「――ほれ通ったぞ。良かったの」
蘇ってくる。
ひとりのおじいちゃんとの他愛もない会話。思い出。
「――実はワシには孫がおってな、その孫にお主がそっくりだったんじゃよ」
俺を、どうしようもない俺を異世界に送り出してくれた恩人。
「――だから重なった、ということなのかの、ほっとくわけにもいかないと……」
そんな神様の為に生きるって決めたんだっけ。
俺がこの世界で決めた目標、『世界最強』。
それは俺のためなんかじゃない。神様ただ一人のためにそうなりたいって思ったんだ。
でも、俺は今、そんな目標一つすら叶えることなく、この世を去ろうとしている。
……本当にそれでいいのか?
神様はもういない。
俺が死ねば、神様が生きていた証は、記憶は、永遠に失われてしまう。
俺が死ねば、全て消える。
そう、それは死ねばの話だ。
でも今はまだ生きている。
生きているのならば……やり返せる。
取り戻せる。
俺の思い出、神様と紡いだ、かけがえないない――親愛を
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
気づけば俺は吠えていた。
どこにそんな力が残されていたのか分からない。
でも俺は動いていた。
感情に、突き動かされていた。
「ぐがあああああああああああああああああああああああああッ!!」
叫ぶ。
力のある限りを、振り絞る。
激しい炎の奔流が、俺の周囲を渦巻き、やがてそれは俺を包み込む。
そして俺から巨大な太陽の如き眩い光が放たれ、俺の蝕んでいた光柱を、呑み込んだ。
バシュン。
過去と今が切り替わった音がした。
あるいはそんな気がしただけか。
俺の耳を潰していた大音量の騒音は鳴り止み。
新たにしんとした静けさが支配する。
光柱を消し飛ばし、炎に全身を包まれた俺は、その場に真っ直ぐと立っていた。
「なにッ!?」
目の前で少女が驚きに目を見張っているのが分かる。
「気づかなかったよ神様。俺が神様に抱いていた気持ち」
不死の炎で失っていた体の組織は全て完治。
灼熱の炎が内部から溢れ出し、俺の体を形作る。
自愛の炎が俺の心をも優しく包み込み、思考は至ってクリア、心も落ち着いて晴れやかだ。
「ああ神様。俺のこの気持ち――これは『恋』だったんだね」
俺は胸に手を当てほぅ、と吐息を吐く。
彼を思い出すと、他の全てを忘れてしまう。
心がぽかぽかと温かくなり、それだけで満たされる。
そうか知らなかった。
俺は知らずの内にあの神様に恋をしてしまってたんだ。
「な、なにをした! 私の、神の力は絶対のはずだ! なぜ、こんなことおかしい、それにその姿は……」
少女は我を失ったように取り乱していた。
そんな可愛い彼女に対し、俺は笑いかける。
「はは、気持ちはよく分かるよ。絶望するよね、でも大丈夫、おままごとはもう終わりだ。さて――俺のターンを始めようか」