64 エナジードリンク
茶髪の男が絶命した瞬間、おじさんは男の口へと飛び込んだ。
俺は慌てて手刀を引き抜き距離を取る。
え、そういう感じなんだ。吸い込まれるように入っていったけど……あれ、でもこれって憑依が成功したってことでいいのか?
男は確実に絶命しているが、倒れ込まずに立ち続けている。
ということは脳の制御で体の体幹を維持できているということであり、それはすなわち肉体に生命が宿っているということに他ならない。
なんだ、難しいとか言ってたけど案外簡単にできるんじゃん憑依。できないできない詐欺を受けちまったなぁ……って、ん?
俺がそう思うや否や、男は一回クラっとよろめいたかと思うと、直後、その口から巨大な何かを吐き出した。言わずもがな、それはおじさんだった。
「くはっ! やっぱ無理だぁ!」
やけに爽やかな感じで再登場したおじさん。なんだそれ。
「何してんの?」
「すまん、無理だった。肉体の質が違いすぎて融合できない」
「でも途中まではうまくいってそうだったし、大分惜しかったんじゃない? なんでやめたの?」
「そりゃ入り込むだけなら簡単だが、乗っ取るとなるとな……言葉じゃ難しいんだが、自分の心を相手の心にシンクロさせる作業みてぇな感じなんだ」
「なんだそれ」
まぁ何はともあれ無理だったということだ。
「流石に母体が若すぎたってこと?」
「俺もよく分かんねぇよ。同年代の方が惜しい気がするっつうだけで」
「なるほどね、というか胸に穴開けちゃったけどそれでも大丈夫だったのか、今更だけど」
「さぁ、憑依に成功したことがないからな。だがたぶんダメなんじゃねぇか? 普通に考えて胸に穴が空いて生きれるやつなんていねぇだろ」
それはそうだ。
「ごめん、迂闊だったね。じゃあその反省を生かして、次は……」
俺は残ったものたちに目を向ける。
そこにはいい感じに脂の乗ってそうな旬の男が二人いた。
すごく美味しそうじゃないか、おじさん的には。おじいちゃんの方はともかく、もう一人のおっさんの方はおじさんと年もそこそこ近そうだし。
「ひいっ!」
俺と目が合うと二人共腰を抜かし、後退りを始めた。
いや、腰は元々抜かしていたかもしれない。
「な、なんだお前らはあああ!!」
そしておじいちゃんの方が激昂した。
「このバケモノどもめ! こんなことやってられるかッ!!」
それだけ吐き捨てると、許可なく立ち上がり、背中を向けてどこかへ走り去ろうととした。
だが当然その速度は運動不足の年寄りそのものだ。いや、正直思っていたよりは速いかもしれない。
俺は魔力のムチで右足首を巻取り、引き戻した。
ムチの制御もかなり慣れてきて、気づけばこんな芸当もできるようになっていた。
「ぐはっ」
戻ってきた反動で、地面に叩きつけられるおじいちゃん。
ごめんね。
ああ、でもどうしよう、体を傷つけずに殺さないとダメなわけだろ? それって冷静に考えなくても相当むずくないか? 死ぬほどの目に合うから死ぬわけで、死なないように手加減すれば死ぬわけがない。あれか? ショック死とかさせればいいのか? 急に目の前に飛び出してびっくりさせてやろうかな。アホか、子供じゃないんだわ。どうしよう……
「まぁ締め付けてみるか」
結局俺は窒息死させることにした。
これなら空気が補給されなくて死ぬだけで、体のどこかが傷つくというわけではない……はずだ。俺はおじいちゃんにのしかかり身動きがとれない様にした後、両手で首を締め付けた。口から泡を吹いて苦しそうにするおじいちゃん。かなり暴れられたが、俺をはねのけれるほどの力は当然ながらなかった。おじいちゃんは白目を向きながら死んでいった。
「ここだ!」
再び意気揚々と死体に飛び込むおじさん。
……だったが、やはり一回ほど身じろぎするだけで、数秒後勢いよくでてきた。
「無理だこんちくしょう!」
やはり厳しいのか。今度は上に年が離れすぎてるのかな。
「じゃあ次はこの人で」
「あ」
残ったおっさんは、腰を抜かしたまま固まってしまっていた。
顔は恐怖を通り越して真顔になりかけている。
おっぴろげに開かれた又が、だんだん濡れていくのが分かる。
「候補としては一番可能性がありそうだよね?」
「傾向的にはまぁそうだが……こいつに憑依するのか」
なぜかおじさんは乗り気じゃなさそうだった。
「何渋ってんの? もしかして濡れてるのが嫌なの?」
「ま、まぁ別にいいんだが」
「飲もう!」
「なんでだ!」
そうして残った男で試してみることにした。
俺が近づいていくと男はそれだけで完全に失神してしまった。これからどうなるのか悟ったのだろう。一種の防衛本能によるものなのかもしれない。まぁ苦しい思いを体験しなくて済むという意味では間違ってない気はする。
俺は遠慮なく首を締め、呼吸を止める。
これで限りない仮死状態の完成。
そこへおじさんが潜り込む。
先程よりも長い間、身じろぎしていた。
三回ほどは身じろいだだろうか。
結局だめだとか言って出てきた。
いや無理なんかいー! おいおいおい!




