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55 グラグラ火山

「ありがとさん。いい加減けじめをつけないとな」


 幽霊化したおじさんは笑いながら告げてきた。

 霊として生き抜く道を諦めて、成仏してしまおうということなのだろう。

 霊になって五年って言ってたっけな、恐らくそれまでの期間俺が想像もできないような複雑な想いを抱きながら生きてきたんだろうな。中には辛いこともたくさんあっただろうし、そもそも村人たちを皆殺しにされた恨みで現世にしがみついているわけで、その心労は計り知れなかっただろう。

 だからこそ休ませて上げたいという気持ちもある。

 楽にさせてあげたいと、そんな甘く偽善的な思いが芽生えてくる。


「……いいの? そんなんで」


 でも、俺は悪い人間だ。

 そんなに簡単に諦めて欲しくないと思ってしまう自分がいるのだ。

 だって、諦めながら消える成仏なんて、絶対にハッピーなんかじゃないじゃん。

 人によってはそれをハッピーエンドで片付けてしまうこともあるのだろうが、それはあまりに短絡的で、あまりに欺瞞だ。もっと良い選択肢は絶対に存在するはずなのに、それを見ようともせず、現在の景色だけで決めてしまう。そんな騙しにまみれた笑顔なんて、俺は認めたくない。

 笑顔は心の底から、百パーセント笑える時に見せるものだ。

 そうであってほしい。

 だからこれは俺のただ単なるエゴだ。

 人の人生なんて人が決めればいいのに、それに干渉しようとする愚かな行為だ。でもその先に本物の笑顔が存在するというのなら、俺はエゴを貫きたい。嫌われ者になったっていい。俺は今、心の底からおじさんに幸せになってほしいと、思っているのだから。



「そんな簡単に諦めてもいいの?」


 俺の言葉におじさんの笑みは止まった。

 貼り付けたような仮面が取れ、そこに見えた顔は苦渋に満ちていた。


「おじさんの復讐はそんなに簡単に諦められることだったの? 村の人達にこれ以上呆れられたくない、人殺しなんかして悲しませたくないとか言ってたけど、本当にそうなのかな? いいように村のみんなが惨殺されて、その無念を晴らすためにおじさんはこの世に残ったんじゃないの? 村の皆の悔しさや恨みは、そんな簡単に諦めてもいいようなものなの?」


「いいわけ……」


 おじさんは下を向いて肩を震わせていた。


「いいわけ……ねぇよッ!!」


 おじさんは吠えた。

 これでもかという大きい声で吠えていた。


「みんな、普通に暮らしてたんだ……確かに少しばかり貧乏で、冬を越すときなんかは結構切羽詰まってたりもしてたけど……でもみんなで団結して乗り越えてきた。それ以上に楽しいことなんかもたくさんあって、日々が充実してた……みんな幸せだったんだよ……。それを……それを快楽目的だけの、訳の分からないやつらになぶり殺されて……そんなの、許せるわけない……許すわけにはいかねぇ……っ」


 おじさんは地面にパンチしながら男泣きしていた。

 口は震え、とめどなく涙があふれている。見ているだけで想いが伝わってきてしまう。


「俺なんてまだまだこうやって意識を保ててるからいい……でも、みんなは……あいつらは、もう何もできない……存在すら、世の中から消えちまった……悔しさは俺なんかの比じゃねぇはずだ。だからよ、だからこそ俺がキチッとしねぇといけねぇ。あいつらの分まで、俺が背負って、立ち向かっていかなくちゃならねぇ!」


 おじさんは涙を拭って立ち上がった。

 その顔は先程にも増して精悍さを帯びていた。


「わりぃな……あんちゃん。うっかり大事なことを見失うとこだった。結局は俺は逃げようとしてたんだ。楽になろうとしてた。そんな資格ありゃしねぇってのによ。俺はもう諦めねぇ。俺にできることは……あいつらの想いを背負って、ただひたむきに前を向いて生きていくことだ!」


 バーン! と仁王立ちを決めたおじさん。

 覚悟を決めた者の出で立ちだった。




 ……パチパチパチパチ。




 俺は自然と拍手をしていた。



「おじさん。俺はその言葉が聞きたかったんだ。その覚悟、素晴らしいよ。ようやく自分を取り戻せたんだね。感動させて貰いました」


 人は楽な道に逃げてしまうように出来ている。それは古来からの本能によるもので仕方のないことだ。でも逃げることが絶対に正しいことであるかと言えば、それは違うと思う。人間、勝負しなくてはならない瞬間というのは必ずある。それを教え、気づかせてあげるというのが、俺のようなプロフェッショナルがやるべき仕事だ。


「ああ、すまねぇ。みんなの想いを背負ってるってこと、すっかり忘れてた。これからはみんなに顔向けできるように、堂々と生きていくことにするわ」


 男はそう言ってニッとはにかんでくる。

 ああ、いい表情だ。とろけてしまいそうだ。


「まぁおじさんの旅だからね、やっぱり後悔がないように生きるのが一番だよ。それといきなりこんなことを言うのもアレなんですけどね、良かったら俺もその旅路、手伝ってあげましょうか」


「……え? おまえさんが……いいのか?」


 おじさんはシンプルに驚いていた。


「うん、こうやって出会ったのも運命だと思うし、話を聞いてて思うところもあったからね。俺も今はいない大切な人がいるんだけど、その人はすごく人に優しい親切な人でね。流石にここまで来て見て見ぬふりなんてしようものなら今後顔向けできなくなると思うし」


 乗りかかった船だ。それに急を要するようなものでもないし、何かのついでで進めていくこともできるだろう。そう負担にはならないはずだ。


「あ、ありがとう! 恩に着る! おまえさんみたいな戦力が味方になってくれるのは皆も喜んでくれるはずだ!」


 おじさんはまたもや涙を流しながら俺の手を掴み、ぶんぶん振ってきた。

 あーあ、またそんなに泣いちゃって。全く、折角男前で決まってたのにこれじゃブレブレだよ。はぁ、かわいいなぁ。


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