53 くるりんぱ
道中立ち寄った小屋にて。
俺は何故か一人の男の死体を発見してしまっていた。
「…………」
空気が凍るのを感じる。
見てはいけないものを見てしまった。
ああ、なるほど。映画とかで見てるだけではよくわからなかったけど、今ならわかる。人の家で殺人鬼と遭遇してしまった時の感覚って、こんな感じだったんだ。
「……見たな?」
背後にいる男の気配が強まる。
妙に静かな口調が不安をさらに掻き立ててくる。
「……いや、見たというか」
「だから言ったんだ。入るなって。俺もできるだけ殺さないようにはしてきたんだ。だが……こうなっちまったら仕方ねぇ」
後ろを振り向く。
「死んでくれええええええ!!」
おじさんが目を見開き、俺を押し倒さんとばかりに両手を伸ばしてきていた。
え、こわっ。
押し倒して首でも締めてくびり殺そうといういうことなのかな。
だがいかんせん、スピードがない。
森での修行でいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた俺からしてみればあくびの出るような攻撃速度だ。
こんなの避けてくださいと言ってるようなものなのだが。
俺は伸ばされた手を片手でパシッと掴んだ。
そしてその流れのまま相手の足を引っ掛け、宙を一回転させて地面に突き倒す。
「ぐばあッ!」
地面に叩きつけられたおじさんがくぐもった声を漏らす。
はぁ、なんなんだよ全く。
俺はおじさんの襲撃を一瞬にして制圧した。
……と思った。
だが俺がひねり上げていたおじさんの腕の感覚がふと無くなる。
なんだ?
あれ、確かに掴んでたんだが……ってすり抜けてるんですけど。え、どゆこと?
なぜかは知らないが、おじさんは地面から離れ宙に浮いていた。
なに? そういう能力かなにかなの? 魔法にしては発動の形跡は見当たらなかったけど……
「くそっ! 何なんだあんたは! いきなり押し入ってきやがって! 台無しだこんちくしょう! ああ、また場所を変えないといけないのか。折角手間ひまかけて作ったのによぉ。はぁ、まぁいい。じゃあな、精々地獄に落ちやがれこんちくしょうが」
そう言い残し、壁をすり抜けて、どこかに去っていこうとしてしまう。
ええ、何意味わかんなすぎる。この世界にきて一番訳分かんなかったかもしれない。
そんなの俺の気が済むわけない。
逃がす? このまま逃がす? いや、逃さない。そんな甘い世の中じゃないんだよ、社会というものを教えてやるよ。
俺はおじさんが通過した壁を破って外に出る。
おじさんはまだその辺を浮遊し、移動していた。
「逃がすか!」
おじさんの元まで走りより再び手を掴もうとする。
だがまたもやするりとすり抜けるだけで、まるで感触がない。
「無駄だ、諦めろ」
おじさんが振り向き、悲しげな顔で言う。
なんでだ、何故掴めない? そこに確かにいるのに掴みどころがない。ゆらゆらと揺らめいて、これってまるで魔力のようで…………魔力?
「おじさん、ちょっと待ってよ」
俺はおじさんの後ろ姿を追いかけながら声を掛けた。
結構な速さで進んでいるが、俺からしたら小走りで全然追いつけるレベルの速度ではある。
「いいや、待てない。お前にバレてしまった以上もうここにはいられない」
「おじさん……人間の体がないんでしょ?」
俺の言葉に、ピタリ、と突如固まるおじさん。
「実体がない、ってことは今のおじさんはきっと不確定な状態だよね? 何となくだけどおじさんは人殺しなんて快楽的に犯すような人間じゃないと思うんだ。完全に俺の勘ではあるんだけどさ。だからきっと殺すのにも理由があるんだと思う」
俺を振り返って見てくるおじさん。
その顔は驚きに満ちた顔をしていた。
「な、なんで……なんでそんなことを、知ってるんだ?」
「え? 本当に何となくだけど……」
そんなに意外そうな顔をされても、どう反応していいのか分からない。
「人殺しを、攻めないのか?」
「何か事情があるんでしょう? ただの人殺しはそんなに良くない行為なのかもしれませんけど、意味のある人殺しなら絶対に悪とは言えないと思っています。そしておじさんは悪には見えない。だからちょっと話だけでも聞かせてもらえませんか? 流石にここまでされては気になっちゃうので……」
「…………」
俺の言葉におじさんは一瞬考え込む素振りをみせた。そして、
「……俺は……本当は死んでるんだよ」
ぽつりと語り始めた。
「そう、あれは五年前のこと……俺はとある村の狩猟班長を務めていた。ババル村ってんだがな。村とは言っても二百人あまりが住んでるそれなりの規模んところだ。俺はそれなりに認められていたし、頼られてもいた。俺自身も村の皆や、村自体が大好きだった。このままこの村で骨を埋めてもいいとまで思ってた。だが、まさかこんなにも早く埋めることになっちまうとはな。……村が盗賊に襲われたんだ。俺たち狩猟班が留守中の出来事だった。村は荒らされ、食料は奪われた。男は殺され、女は連れ去られ壊される。メチャクチャだった。俺たちが駆けつけたころにはもう全てが終わったあとだった。その後死にものぐるいで盗賊たちを探し出し、追い詰めはしたんだが、後ちょっとのところで敗れた。俺たちババル村の村人は全滅した。涙しながら死に絶え、そして次に目が覚めた時、俺はなぜかこの状態になっていた。いろんなところの本を読んだりして調べた。俺はいわゆる『霊』という存在らしい。本来なら天に召されるはずの魂が、強い未練によって現世に留まっている状態なんだとよ。だから俺は果たさないといけない。この世に置き忘れた未練を、復讐を、何としても……」




