36 夏シャワー
話し合いが終わり、一度長老の家から出てきた俺たち。
その後門の付近くらいまでやってきた所で、俺は口を開く。
「で、結局どうやって中央までいくんだ?」
確か俺の記憶によれば、何とか便などというこの世界特有の乗り物があるとか言っていた気がする。何便なのかということは完膚なきまでに忘れてしまったが。あーあこういう時に思い出せる記憶力を手に入れたいな、脳トレ、始めますか。
「そのことですが、長老さんに足を手配していただけることになっていますわ。ですわよね?」
「ええ、マフマカ便でも構わないかと思いますが、それよりも早い交通手段を持っている者が里におりますので、その者に頼んでみようかと」
あっ、そうだマフマカ便だ! それそれピンと来たわ。何かの魔物とか言っていた気がする。はー、この程度だったら頑張れば思い出せた気がするな。今思えば思い出し切る前にもう無理だと思って早く諦めすぎた気がする。くそ、もう少し粘っていれば……! でももう終わったことだし、仕方ないな。切り替えていきますよ。
「先程使いの者を出しましたので、時間的にももうそろそろ知らせが届く頃合いかと思うのですが……」
その言葉が引き金となったのか。
長老がそう言うやいなや、「ちょうろおおおおおおーーー!!」という男の叫び声が遠くから聞こえてきた。なんだと思い見てみれば、すごい土煙を上げながら誰かが猛烈なスピードで走ってきていた。え、誰?
「お、噂をすればというやつですな」
そしてその人物は俺たちの目の前までくると急ブレーキで停止する。
「はははは、とーちゃーく! 長老すみません、要請をいただたいたというのに到着が遅れしまいましたこの通り! 筋トレに熱中してしまいましてついつい時間が……どうかお許しを!」
その男は長老に向かって土下座していた。
そいつは赤い髪のエルフだった。年は二十代前後といったところか。第一印象は暑苦しい、だった。
「いや、全く遅れてなどおらんから安心しなさい。むしろ丁度いいくらいだ」
「ま、真でございますか!?」
「うむ、そんなことより使いの者から聞いたかと思うが、お前の能力でこの方たちを中央までお連れして貰いたいのだが」
「は! 勿論伺っております! こちらのお方……たちですよね?」
男が俺と少女の方を見てきた。
「初めましてお客さん! 俺は筋トレ大好きガンチュルと申す者! どうぞお見知りおきを!」
男は丁寧に自己紹介してくれた。
……すごいな、こんなに暑苦しい人いるんだな。でも正直きらいじゃないかも、元気なのはすごく良いことだし。俺もこのくらい元気に行動すればすごく楽しい人生になる気がする。ポジティブに生きるのは大事だよな。
「ああ、僕はチュウエイと申します。よろしくお願いします」
「……私はニニデリアですわ。どうぞよろしく」
俺は普通に挨拶したが、少女に関しては思いっきり引いてるのが顔にでていた。おい、もうちょい内に包めよ、気持ちは分からないこともないけどさ。そしてこのタイミングで初の自己紹介成立。へーこの少女そんな名前だったのかよ、マジで今まで聞いたことなかったわ。これで少しは呼びやすくなるのかなお互い。
「うむ、では御仁方の準備が整われ次第出発するから、お主はしばらく待機しておるとよい」
「かっしこまりましたっ!」
男は元気に敬礼していた。いちいち言動が大げさなんだよな、嫌いじゃないけど。
「どうする? 準備とかすることあるか?」
俺はニニデリアさんに尋ねてみる。
「そう、ですわね、少し食料があれば後は特にいらないのではと思いますが」
「お召し物は簡単な携帯食料がありますので、それを用意させましょう。すぐに準備できるかと」
「だったらもう出発ってことでいいな。でも足って言ってたけど、どうやって移動するんだ?」
その部分を聞いてなかったので質問する。この人が運んでくれたりするのか? でも見た感じ手ぶらだし、何をできそうとい風にも見えないけど……。
「ああ、それでしたらガンチュルの能力で……頼めるか?」
「はい! お安い御用ですッ!!」
能力? どういうことだ?
俺が疑問に思っていると、ガンチュルなる男の雰囲気が明らかに一変したのを感じた。
男は静かに目を閉じる。
すると直後、ふわりとした蒸気が彼を包み、緑色のような黄色のような、輝く光りを纏いだした。
こ、これは……! 魔力! 俺もよく知ってるぞ、その蒸気のようなものは魔法を使う上での媒体となるもので、俺が勝手に魔力と呼んでるものだ。なぜか自由自在に操れて、俺の場合炎に変換して戦ったりするのだが。まさか俺以外にも使えるやつがいたとは……。あれなのか、この世界では魔法を使うやつはやっぱりあの蒸気を纏うのか? サンプルが少ないため何とも言えないが、何となくそんな気がする。すごいな、しかも俺じゃ出来ないような魔力の変え方をしてるし、魔法も奥が深いのかな。
そして男が先程の暑苦しさに見合わぬ落ち着きで手を前にかざすと、彼から放出された光が前に集まってくる。そして何かのシルエットを形作った。
光が晴れる。
そこに合ったのは一つの馬車だった。