32 頑張れは好きじゃない
「うーん、いい運動をしたな」
エルフの男二人を蹴散らした俺は、ふぅ、と汗を拭う仕草で悦に浸った。
手応え的には少し物足りなかったけど、やっぱり喋る奴っていうのは森の生き物よりも戦い甲斐があるよな。
「うぅ……うう……」
うめき声がしたので見てみると、自称お姫様の少女が苦しそうにしていた。
ああ、そう言えば元々はこの人を助けるために戦いに割って入ったんだっけ。すっかり忘れてたわ。
「おい、大丈夫か?」
俺は近づきながら声を掛けてみる。
「……あ、あの人……たちは……?」
「なんだ、見てなかったのかよ。勿論二人共倒したぞ」
折角華麗な美技を披露したというのに、ギャラリーがゼロだったとは。やっぱりファンの存在はありがたいものだよな。
「ほんと、ですか……ぐふ」
「何やってんだよ、ちょっと見せてみろ」
あまりに苦しそうなので、少女の様態を確かめてみる。
全体的に擦り傷ができていたが、特に左腕付近の傷が深そうだ。
ちょっと触ってみると、手に結構な血がついた。
こりゃ相当の深手だな。腕の骨がボロボロになってるんじゃないか。この子どんな攻撃食らったんだっけ? 普通にムチで撃たれただけだよな? あのムチってこんなに威力あったのかよ、当たったら俺もヤバかったのだろうか、そんな風には思えなかったけど……。
「なんか回復魔法とか使えないのか? さっき風魔法的なのは撃ってたみたいだけど」
「精霊の、助けで……ちょっとずつは回復いたしますわ……」
「ちょっとずつって全然変化なさそうだけど?」
ああこれは回復まで大分時間がかかるやつだな。てか複雑骨折とかって自然治癒したりするものなのか? 専門的な治療とか必要だったりしたりして。まぁその辺は良いように考えるしかないが、いずれにせよ時間が掛かるのは確かだ。はぁ、なんで俺がこんなに気をかけないといけないんだろうな、知り合って数時間ってとこだしほぼ赤の他人のはずなんだけど……。まぁ困っている人がいたら助けるのは当然のことか。でもやっぱりこうしてみると一人って気楽だったよな、自分のペースで生きられるって素晴らしいことだったんだ。
「とりあえずこんな所にいたって仕方ないし、その辺の民家でも借りて休もうぜ。ベッドの一つくらいあるだろ」
「おい! 何があったんだ!」
ふと、遠くから男の声が聞こえた。
肌が黒くフードを被っている。
ああ、さっきの奴らの仲間かな。まぁこれだけの数の捕虜を移送してれば、他にも付き添いは何人もいるか。
「分隊長、タンズがやられています」
そしてその男の元に、新たに別の男がやってきて報告していた。
遠くの方を見やると、伸びているさっきのムチの男の傍で誰かがひざまずいていた。
うーん、流石に戦闘音やら捕虜のエルフの反応とかで気づかれたんだろうな。まぁ別に隠す気もなかったしこうなって当然と言えば当然か。
「貴様がやったのか?」
分隊長と呼ばれていた男が少し高い位置から俺を見下ろしてくる。
なんかさっきの奴らよりも貫禄がある気がする。渋い男とでもいうのだろうか。強そうなのはいいことだな。
「まぁ、そんなとこだ。何か悪かったか?」
俺は詫び入れもせずに、堂々と言ってやった。
実際先程のひと悶着は、俺が攻撃を仕掛けられたからやり返しただけで、いわゆる正当防衛の形になっている。そっちから攻撃してきておいて、いざやられたら何してくれてるんだは都合が良すぎるんじゃないか。何をされても文句は言えないだろ。まぁ仮に仕掛けてこなかったとしても俺の方から行っちゃってただろうけどな!
「……何が目的だ。当然ただで済むとは思っていないのだろう?」
「目的か。しいて言うなら強いやつと戦いたいってことかな。お前もそれなりに自信があるんだろ? かかってこいよ」
とりあえず挑発しておいた。
まぁこうなってしまった以上俺も後には引けない。誤っても向こうから復讐の口実で攻撃されるだろうし。
逃げようと思えば逃げれるのかもしれないが、その必要もないよな。
正直さっきの奴らだけじゃ消化不良だったんだ。ようやくアップが終わったって感じか。俺はもっと強くならないといけない、強いやつは大歓迎というわけですわ。
「…………おい、コイツ恐らく手強いぞ。隊を一旦集結させろ」
「承知いたしました。分隊長は?」
「私は少し時間を稼いでおく」
何やら話し合いをしているぽかった。
作戦を考えてたりするのだろうか。俺も何か練ったほうがいいのか? まぁめんどくさいからいいか、とにかく目の前の相手を倒していけばいずれ終わるだろ。早くこんな一件終わらせて先へと移動しないといけないんだ、サクッと終わらせてしまおう。
タン!
俺は分隊長と呼ばれた男に向かい踏み込んだ。
一直線に飛んでいき、殴りにかかる。
男の目が見開くのが分かり、さっきのムチの男などよりよほど素早い動きで後方へ身を引く。
なるほど、いい動きだな。
だが俺が放ったのはタダの殴りではなく、魔力の爪をムチ状に伸ばした攻撃だった。
さっきの男の技を取り入れてみたのだ。
これが案外うまくいき、悪くない軌道でしなった魔力のムチは、そのまま男の元に吸い込まれ、首をスパンとちょん切った。ああ、さっきまで話してたのに。生命って儚いんだな。
その後、これ以上勿体ぶっても得るものがないと思った俺は、来た敵を片っ端から瞬殺していった。結局分隊長と呼ばれていた男より動きのいいやつはおらず、全員があっさり倒れていった。俺に向かって来なかったやつも、エルフの列を辿っていって見つけ出し全員やっつけた。そして気づいたときには俺の周囲に敵はいなくなっていた。