3 びっくり箱
ぱちりと目を開ける。
黄色い明かりが目に飛び込んできた。
「え? どこ!?」
俺は意味がわからず跳ね起きた。
黄色い明かりは天井にぶら下がるランプの明かりだったようで、それが複数天井に吊り下がっており、この部屋全体を照らしている。
ちょ、ちょっと待てどこだよここ。なんか木造の小屋みたいな場所だけど……こんな場所来たか? やばいマジで忘れてる。確か俺はいつもの日課で、近所にある涼しいデパートの中をジョギングしてて、警備員の人に見つかったから同じデパート内にある服屋さんの試着室に逃げ込んで、ついでだから入ってきた人を驚かしてやろうとスタンバってて……あれ? 本当どうなったんだ? そのあと、えーと……
「あーっ、もうわかんねわかんねわかんねわかんね!」
「……何をしている?」
俺が頭を掻きむしっていると、そこに掛かる声があった。
びっくりしてバッと振り向いてみると、そこにはメガネを掛けた短髪の少女がいた。
「え? あなたは? もしかして俺を誘拐した人? だとしたら悪いことはしないので家に返していただけると助かります! どうか裸にするのだけはやめてください! 乳首にコンプレックスがあるんです!」
「はぁ、何を寝ぼけているのだ……まぁそういう転生もあったりするのか? まぁいい、とにかく私は誘拐犯でもなければ変質者でもない。ただの案内人だよ」
「案内人……?」
その眼鏡を掛けた少女を今一度よく観察してみる。
緑色の神に丸い眼鏡。身長はやや低めで、魔法使いのようなゆったりとしたコートを身にまとっている。そして何と言っても一つ一つの所作がやけに大人びていた。俺とそう年は変わらなそうなのに。
因みに俺はベッドの上で、少女は少し離れた椅子に座っている。
「君は教えられてないのか? 自分が転生者だってこと」
「転生者…………あっ」
お、思い出したぞ! そうだ、天国なる場所で神様と会ったんだった!
そうだそうだ、あのデパートの服屋さんの試着室に隠れた後、結局誰もこなくて暇だったからこっそり抜け出して暇な心を満たすためアミューズメントコーナーにある趣味のカンガルーキングをやってたんだ。そしたらそこで意識を失ったとかで、天国に行って……みたいな流れだったな確か。
「そうだ思い出した。で、神様に異世界に転生して貰えることになって、目が覚めたらこんなところに……あれ? 結局じゃあここはどこなんだ?」
「ここはこの世界に来る転生者が始めに訪れる場所、まぁ正式名等はないが始まりの場所なんて呼んでる者もいたか。とにかく転生してくる者は必ずここに送られ目覚めるようになっている。いきなり未知の世界で『はいどうぞ』というのもどうかという配慮ってわけだね」
そう少女は説明してくれる。
色々話しているのは分かるが、まずこいつが誰なのかが分からないためイマイチ話が入ってこない。
「あんたは誰だ? うさんくさいぞ」
「ふむ、もう少し察してくれるのかと思ったが。私は先程も言ったようにこの世界の案内人だ。そのままの通りここで転生者の案内をしている」
「ここで、って……よいしょおおお!」
俺はベッドからローリングスライドで華麗に床に着地すると、近くにあった窓から外を覗いてみる。
どうやらここは二階のようで、窓の向こうの景色は鬱蒼とした緑の森が見えるばかりだった。
「森……?」
「ああ、この場所は普通の者では立ち入りできないような深い森の中にある。ここで転生者を送り出している」
「こんなところで? なんでわざわざそんなことしてるの?」
「それは彼らが途方に暮れないためだよ。転生者も色々な理由を持ってここに転生してきている。その者たちの状況を把握して、適切なアドバイスを与えていいスタートダッシュを決めて貰う仕事というわけだ」
「転生者……って俺以外にもいるってことか?」
「勿論。そう多い頻度というわけではないけど神によってこの世界にやってくる者は一定数いる」
「ふーん」
てっきり俺がこの異世界に転生する初めての人間なんだと勝手に思ってたけど、どうやら今までに何人もここに来ている部外者はいるらしい。なんだよ、お下がりってわけか?
「というわけで早速君の案内に入ろうかと思うのだが、まずどういう命を受けて転生したんだ?」
「え、命? 命令っとこと? そんなの特にはないけどな」
俺は単に神様の温情で生き返らせてもらったってだけで、特に何をしろだとかは言われていない。まぁ別にあの神様のお願い事だったら一つや二つ聞いてあげても全然良かったんだけども。
「ないのか。何という神だ?」
「さぁ、名前までは聞いてなかったような。でも結構年だったかな」
「……ふむ。そういうことか。普通は人間を転生させるにしてもそこには必ず正当な理由が求められるんだが、老いた神だともうじき死ぬというところである程度の暴挙も可能なのだろう。まっ、無敵というやつだな。なるほど理解した」
なにやら納得している様子の少女。
それは良いんだけどなんかあの神様のことちょっとバカにしてないか? 普通にいい人だったし悪く言わないで欲しいんだが。
「つまり君は転生者の中でも奔放系というわけだ。そのタイプはなかなか珍しいが……そういうことなら私から説明することも殆どないだろう。あくまで私がここにいる一番の意義は転生した者が神に与えられたミッションをきちんとクリアするための補助にある。好きに生きるといい」
少女は興味をなくしたと言った感じで話を打ち切った。
え、なんか案内してくれるんじゃなかったのか? 出迎えてくれたのはいいけど、それだと結局なんだったのって感じなんだが。
まぁ別にこの人に何か期待してるわけでもないし無視して出ていってもいっか。俺はとっとと世界最強になって神様の存在を世に知らしめないといけないからな。こんなところで油を売っている場合ではない。あー、こうなると神様に名前聞いとくんだったな。後の祭りってやつか。
「じゃあもう出るから元気でな」
俺は普通に出ていくことにした。
あれ、そう言えばこの森ってどうやって出るの?
次話に続く