14 見えたよ、本当だよ
森の中、俺はただぐったりと地面に這いつくばっていた。
周囲は夕暮れ時なのか夜明けなのかは分からないが少し薄暗い。
のどが渇いた。
腹が減った。
全身に力が入らない。
思考がぼやける。
……あー、俺って何なんだっけ……何でこんな所で寝転がってるんだ……? もう無理だ、何も考えられない。とにかく今は楽になりたい。そう言えばずっと寝てないし、もう寝てもいいよね……変に生きなくても、いいよね…………
そんな半死半生の完全鬱状態の俺だったが、ふと、目の前に何かの足元が映った。
「グルゥゥ」
気づけば俺を見下ろすようにして巨大なティラノサウルスみたいな生き物がいた。
ギッシリと並んだ歯の隙間からヨダレがこぼれ出ている。
そう言えば度々生物の鳴き声が聞こえてきたのだ。
こんな奴がいてもおかしくはないのかもしれなかった。
俺は地面に滴っていたヨダレににじり寄り、何とか飲もうとする。
ティラノサウルスに咥え上げられた。
その後がじりと強大な顎でかみ砕かれそうになったが、反射的に魔力を身にまといガードした。
ああ、俺もまだ生きる気力が残ってたんだな。
でも恐竜の口の中って生暖かいな。
ヨダレでベトベトするのがちょっと癪だけど、意外と住まいとしては悪くないのかもしれないな。
俺はあまりの喉の乾きに口の中の粘膜を舐めてみた。
ベタッとした食感が俺の口に広がる。
おえええええええ!
とても飲めたものじゃなかった。これは人が口にするものではない。気分もますます悪くなった。
そんなことをしているうちにティラノサウルスは俺をかじることを諦めたのか、今度はそのまま丸呑みしてこようとしてきた。
口が完全に閉じられ、俺はティラノの喉を通っていく。
ああ、このまま俺はどこへ行くんだろう。
普通に考えるなら胃の中か。
胃ってことは消化されるんだよな。
てことはつまり、死ぬ、ってこと?
……それは……嫌だ。
俺が抗おうとするのと、耳元が『ごおおおおおお』と巨大な音に苛まれるのはほぼ同時だった。
俺は再びずるりと吐き出され、地面に転がる。
なんだと思い見てみれば、ティラノは体中に矢のようなものを食らい、悶絶していた。
周囲を見てみれば、謎の部族みたいなやつらがいた。
人のような姿をしているが、肌は大分黒い。
植物の葉か何かで作られたような粗末なもので身を包んでいた。
それがおよそ十人ほど。
「ブンボロボボボンボボー」
「ボボン! ボボボンボボー!」
何かを言いながらティラノへと次々と矢を投擲していた。
ティラノは地面へと転がり、のたうち回っている。
「ボボボ?」
部族のうちの一人が転がる俺の方に槍を向けながら、何かを尋ねてきた。
当然何を言っているのかは分からない。
だが俺はある一点に完全に目が釘付けになっていた。
その部族の腰に、ひょうたんのようなものが据え付けられていたのだ。
普通に考えればその中には水か、少なくとも水分補給できるものが入っているのだろう。
俺は反射的にそのひょうたんに手を伸ばした。
槍で手を弾かれてしまった。
炎の弾を男の顔に放つ。
圧縮して飛ばしたので、弾丸のようにシュンッと額を貫通していった。
男は脳の機能が停止したのか、白目を向き、そのまま天を見上げるように仰向けに倒れていく。
倒れた男の腰からひょうたんを奪い、コルクのような栓を開ける。
揺らしながら覗き込むと、ちゃぷん、と水が跳ねる音がした。
俺はたまらずひょうたんに口をつける。
――瞬間、俺の脳に電流が走った。
それまで凍っていた血液が、脳を始めとした全身に勢いよく流れ始めるかのようで。
エネルギーが体の節々にまで行き渡っていく感覚。
言ってしまえば、それはただのぬるい水だった。
しかしそれを飲んだ瞬間天にも召される感覚を覚えたのだ。
ああ、なにこれ……体の芯に効く! 染み渡る! 飲み物ってこんなに美味かったんだ。知らなかった。
――ごきゅっ、ごきゅっ。
飲み口から溢れ出てくる水を喉で絶え間なく受け続ける。
「ぶはっ」
そして俺は体感二秒ほどで、全ての水を飲み干してしまった。
勢い余って口からこぼれてしまった水を、腕で拭う。
う、うますぎだろ……やばい。水やばいわ。俺が今まで口にしたもののなかで間違いなく一番うまかった自信がある。
生き返るとは正にこのことだな。
俺は涙が出るほど感動してしまった。
そして今まで混濁していた思考も徐々にではあるが戻ってくる。
ああ、本当に死にかけてた……マジで水分って大事なんだな。人間水がないと生きていけないって知識では知ってたけども今身をもって実感したわ……。
ゴクリ。
まだ喉が鳴る。
これじゃ足りないと叫んでいる。
ああそりゃそうか、あんな五百ミリリットルのペットボトル一本分あるかないかくらいの水じゃ、完全に渇きは癒せないわな。
やはり冷静さを取り戻しつつある自分を嬉しく思いながらも、俺は周囲に目を配った。
残りの部族のやつらが槍を始めたとした各々の武器を構え、切っ先を俺へと向けてきていた。
全員が怒りのような怯えのような、まぁおおよそ負の感情を浮かべている。
それはまぁ仲間の命が急に奪われたとなればそうもなるのかもしれない。
だがそんなことはどうでもいい。
大事なことは、その残りの部族たちの腰元や太ももなどにも、先程と同様のひょうたんが括り付けられているということだった。
となれば俺のやることはもう決まったようなものだった。